12 森林の土を掌に〈土壌の化学的性質〉
 
        森林の土を掌に〈土壌の化学的性質〉
 
〈はじめに〉
 植物の必要とする養分が土壌中でどのような形で存在するのか,どのように変化した
り,移動したりするのか,というような土壌の肥沃度に関連した問題も土壌化学の大き
な分野です。
 このような観点から,種として窒素やリンなどに関連して,有機物の分解やこれら養
分の土壌中の変化にかかわるもの,また土壌動物や微生物の作用も含めて考えなければ
なりません。
 
〈林木の養分還元と養分循環〉
 △植物に必要な養分元素
 植物の生活に不可欠な元素は,以前は炭素,酸素,水素,窒素,リン,カリウム,カ
ルシウム,マグネシウム,硫黄,鉄の10元素であると考えられていましたが,その後マ
ンガン,ホウ素,銅,亜鉛,モリブデンが極めて微量であるが同様に不可欠な元素―微
量要素と呼ばれます―であることが明らかにされています。塩素も一部の植物には微量
要素であるとされています。
 酸素と水素は水として根から吸収され,炭素は緑葉の炭素同化作用によって空気中の
二酸化炭素から同化されます。その他の元素はすべて土壌から根を通じて吸収されます。
 一般に植物の栄養元素として扱っている元素は炭素,酸素,水素以外の根から吸収さ
れる養分元素です。
 窒素,リン,カリウムは肥料三要素と呼ばれて重視されていますが,これはこれらの
養分元素は可給態のものが土壌中で不足しやすいことによるものです。
 △林木と土壌との間の栄養循環
 森林土壌においては,落葉落枝,根の一部,草本類の遺体などの植物遺体は,土壌動
物や微生物によって分解され,その一部は同化されて自己の体組織を合成して増殖しま
す。その死滅による遺体は他の土壌動物や微生物によって分解されて,同様の変化の過
程をたどります。
 このような土壌と植物の間の,動物や微生物を介して行われる養分の循環系,すなわ
ち,                                     
 
  土壌 → 植物体 → 植物遺体 →(動物及び微生物体)→(同遺体)→ 土壌
 
という養分の循環系が,自然土壌である森林土壌の林木の養分の問題を考える場合の基
本となっています。
 
〈腐植〉
 土壌に還元された動植物遺体を構成している主要な有機成分は,次のような変化の過
程をたどります。
 ・窒素を含む有機物グループ:大部分がタンパク質で,他はポリペプタイド,アミノ
酸,アマイドです。タンパク質やポリペプタイドは微生物によって加水分解されてアミ
ノ酸に変化します。アミノ酸とアマイドはさらに分解されてアンモニア態窒素と二酸化
炭素及び水に変化します。
 ・窒素を含まない有機物グループ:微生物の分解に対する抵抗性の大小によって,次
の二つのグループに大別されます。
 ・・比較的容易に分解されやすいグループ:主にヘミセルローズ,セルローズと,少
量なものとしてデン粉,糖類などの炭水化物です。微生物によって加水分解されて糖と
なり,さらに有機酸,アルコール,アルデハイドなどとなり,完全に分解されますと二
酸化炭素と水になります。
 ・・比較的分解され難い有機物:主なものはリグニンで,その他少量なものとしてワ
ックス,樹脂,油脂,精油です。最終的には二酸化炭素と水になります。
 植物遺体に含まれている無機元素は遺体の分解に伴って土壌中に放出されます。
 このように,動植物遺体は最終的にはアンモニア,二酸化炭素及び水が生成されます
が,同時に黒色〜黒褐色の腐植と呼ばれる物質が生成されます。
 腐植は可溶部と不溶部とに分けられますが,不溶部はヒューミンと呼ばれます。
 腐植は微生物の分解作用に対して比較的安定していますが,徐々に分解されてアンモ
ニア,二酸化炭素,水等を生成します。このように腐植は可給態の無機態窒素をゆるや
かに放出するための,窒素の貯蔵物質としても重要な役割を果たしています。
 
〈窒素の循環〉
 窒素は肥料三要素のなかでは天然供給量が最も少なく,土壌の母材の岩石にも含まれ
ていません。また空気中の窒素を吸収同化することもできません。林木と土壌との循環
系には次の三つの経路があります。
 ・一部の植物の根に共生する空中窒素固定菌の作用:ニセアカシア,アカシア,エニ
シダ,ハギ,ネムノキなどマメ科植物の根に共生する根瘤菌コンリュウキンが空中窒素を固定
し,宿主の植物がこれを吸収利用します。これらのマメ科植物が枯死しますと,植物体
内に同化された窒素は植物遺体とともに土壌に還元されます。ハンノキ,ヤシャブシ,
ヤマモモなど非マメ科の林木も根瘤を着生し,特殊な放線菌の作用により空中窒素を固
定する機能を有します。
 ・土壌中の非共生窒素固定菌の作用:アゾトバクターという非共生型の空中窒素固定
菌は,酸性でない土壌において空中窒素を固定しますが,わが国の森林土壌ではこの菌
の分布は極めて少ないです。
 ・雨水による無機態窒素の供給:降雨には空気中の無機態窒素(アンモニア,硝酸態
窒素)が溶解されており,土壌に供給されます。
 年間降雨供給量3.5〜6.7s/ha ― 流出窒素量0.6〜3.0s/ha = 森林生態系供給量 
4〜5s/ha と推定されます。
 
〈リンの循環〉
 リンも窒素と同様に天然供給量が少なく,またリンは土壌中の鉄やアルミニウムと化
合して不可給態になりやすいので,植物の利用率は窒素やカリウムに比べると著しく低
いです。
 リンは土壌母材の一般の岩石にはリン灰石と呼ばれる鉱物として夾雑キョウザツします。
その他サンゴや有孔虫などの生物に由来する石灰石には,生物体起源のリンが多く含ま
れます。
 土壌中では,カルシウム型 → アルミニウム型 → 鉄型 → 難溶型の順にリンの形態
の変化がみられます。カルシウム型リンと一部のアルミニウム型及び鉄型リンは可給態
ですので,林木や下層植生に吸収され,一部は樹体内に蓄積されますが,多くの部分は
落枝葉,死根,草本類遺体として土壌に還元されます。この場合大部分は不可給態の有
機態リンで,この有機態リンは微生物によって分解され,無機態のカルシウム型リンに
変化し,続いてアルミニウム型 → 鉄型 → 難溶型の順に変化します。
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