07 森林の土を掌に〈地形と土壌〉
 
         森林モリの土を掌テノヒラに〈地形と土壌〉
                                       
〈土壌形成者としての地形の役割〉
 土壌の生成に,母材,気候,生物,地形及び時間がかかわっていることは既に述べま
した。これらの生成因子のうち,次元の異なる時間因子は別格とし,他の4因子と土壌
の生成との関係をみると,母材,気候及び生物の3因子は,物質あるいはエネルギーと
して土壌と直接のかかわりを持っているといえます。
 これに対し,土壌生成への地形のかかわり方は,土壌物質の提供者,分解者あるいは
摂取者としてでもなく,またエネルギーの提供者としてでもありません。一体,土壌生
成において地形はどのような役割を果たしているかについて考えてみましょう。
                                       
 △気象条件の改変者としての地形
 例えば春先の山においては,北向き山腹ではやっとフキノトウが地面から顔をのぞか
せたばかりなのに,南向き山腹では既に大きく伸び,花も終わっています。これは方位
が土壌の温度状況の違いをもたらした例です。また凹形の斜面の土壌が湿っているのに
対し,隣接した凸形の斜面のそれがあまり湿っていません。
 このように土壌の温度状況と水分状況は,基本的には気候条件に支配されているもの
の,地形によって強く正確づけられています。この点,土壌生成にとって地形は気象条
件の改変者あるいは微気候の形成者といえましょう。
 ・土壌の温度状況と地形:土壌温度は,土壌が受け取る熱量と失う熱量,つまり熱の
収支と熱容量や熱伝導度など熱に対する土壌の物理性とに支配されます。熱の収支には,
日射によって地表面に達する熱のほか,天空から地表面へ,逆に地表面から天空へと放
射によって地表面を出入りする熱,及び地表面を往来する空気の流れによって地表面を
出入りする熱が大きく関与しています。また土壌水分の蒸発と凝結の際の熱の得失,あ
るいは微量とはいえ土壌中で進行するさまざまな化学的及び生物学的反応における熱の
得失も土壌温度にかかわっているのです。
 土壌にとって最大の熱源は日射量です。日射量は緯度,季節など太陽高度にかかわる
因子のほかに,太陽光線を弱める雲,霧,大気汚染なども日射量に関係します。また陽
光を受ける側の姿勢,すなわち方位と傾斜も日射量に大きくかかわっています。
 ・土壌の水分状況と地形:土壌の水湿状態は,その土壌が受け取る水分量と失う水分
量との収支及び保水性や透水性など水に対する土壌の物理性に支配されています。
 斜面の形状,傾斜角,斜面上の位置などに応じて,そこに落下した降水のほかに,上
部からの流水を余分に得,そして下部へ流出して一部を失うなどして,それぞれ特徴あ
る水分環境が形成され,その条件下でそれぞれ特徴ある土壌生成過程が進行します。
 ・大地形と気候及び土壌
 ・・気団の影響を多様化する地形:冬の季節風は,裏日本には大雪による湿潤,東日
本には乾燥をもたらすなど,気団が主要山脈を通過する際,気団の持つ水分と熱量が変
化します。このため全国の気候区の多くは主要分水嶺に沿って区画されています。
 ・・海抜高と山地の気候:一般に海抜高100m当たり0.6℃の温度差(逓減率)がある
といわれています。例えば温暖湿潤条件下で生成される褐色森林土はブナ帯及びそれ以
下に,また寒冷湿潤条件下で生成されやすいポドゾルはシラベ帯及びそれより高い部分
に主たる分布域を持っています。多くの山地には雲霧帯と呼ばれる海抜高範囲があり,
霧が林木に触れて樹雨が発生します。この現象も暗色褐色森林土の生成に大きく関与し
ているものと考えられます。
 ・・風の影響を多様化する地形:地形によって発生する海風や陸風,また山風や谷風
も土壌生成に影響を与えます。例えば海岸に直面した山地では,堅果状構造のよく発達
した土壌が広く分布します。
 △土壌体の安定と地形
 地表面では,絶えず表層物質の削剥,移動及び堆積が行われています。削剥にはシー
トエロージョン,リルエロージョン,ガリエロージョン,風触などのような土壌侵触か
ら,崩壊や地滑りなどのような大規模なものまであります。削剥の結果,土壌体に欠損
が生じます。崩壊や地滑りでは土壌体は根こそぎ失われ,跡には基岩層あるいは母材層
が裸出するため,そこに成熟した土壌が再び形成されるには極めて長い年月を必要とし
ます。また土壌侵触の結果,削剥の強弱に応じて層位の欠損程度のさまざまな受触土が
そこに残されます。
 地形は土壌体そのものの欠損や土壌粒子の移動と再堆積に大きく関与しており,急斜
面に富み,かつ雨の多い日本の山地を見る場合,このような面での地形の役割を忘れて
はなりません。
                                                                             
〈各種地形と土壌〉
 地形とは地殻表面の形態であり,それは内因的,外因的両作用によって形成されたも
のです。内因的作用とは隆起,沈降などの地殻運動,あるいは火山活動など地球内部の
エネルギー(内力)の作用のことで,これによって地殻表面に高低が生じ,海陸に分か
れたり,山脈や盆地などが生まれます。外因的作用とは破壊(風化,侵触など),運搬,
堆積など地殻表面に加わる外力の作用のことで,内力によって生まれた土地に作用し,
陸地の表面を低く平らにならそうとしています、その担い手として重力,流水,氷河,
風,波浪などがあげられます。日本の山地では流水及び重力の作用が最も大きいです。
 日本の地形は,その成因,構造,形態,起伏にどによって山地,火山地,丘陵地,台
地,及び低地に大別できます。
 これらはその特徴によって例えば山地では,地累山地,壮年期山地,大起伏山地など
に区分されます。このような区分を大地形と呼びます。
 大地形をさらに細分し,例えば尾根や沢,山腹の凹凸のひだや緩急など,細部の形態,
その成因,形成過程などによって区分できる単位の地形面を小地形と呼びます。
                                       
 △山地の地形と土壌
 ・急斜面と出現土壌:凹形急斜面は主として崩壊や地滑りなど山腹で発生した重力侵
触の結果生じたくぼみで,凹形の断面形を呈し,等高線は凹形を示すことが多いです。
これに対し凸形急斜面はこれに侵触に抵抗して取り残されたもので,凸形の断面形を呈
し,その多くは等高線も凸形を示しています。等斉斜面は直線状の断面形を呈し,等高
線の凹凸も小さいです。この典型的なものは丘陵地,特にケスタ地形を呈する第三系の
丘陵地に見られることから,この形成には地層の特性が強く反映しているようです。凝
圏谷は,分水嶺に近い谷頭部に摺鉢を半分にしたような凹形急斜面に現れ,理化学性に
優れた崩積土を持っています。
 ・緩斜面と出現土壌:ここでいう緩斜面は,山地や丘陵地の基盤岩層が平らに侵触さ
れたものです。
 山頂(山稜)の緩斜面は,山地あるいは丘陵地において,現輪廻ゲンリンネの侵食が直接
及んでいない部分に見られます。地盤の隆起によって上昇した原地形は侵触を受け,幼
年期,壮年期,老年期の各年期の各段階を経て平らな終地形に達します。この一連の過
程を地形輪廻(侵触輪廻)といいます。これらの緩斜面は前輪廻の侵触面の名残であり,
当然山頂や稜線部など現在の河川よりも高くて遠い位置にあります。開析の進んでいな
い山地では,緩斜面が広くかつ連続しています。開析が進むにつれて緩斜面は減少し,
小さい面に分断されていきます。しかし個々の面は安高性を保っています。一般に風化
のよく進んだち密な残積土があります。
 山腹の緩斜面は,何回かの隆起によって辺縁準平原の形成が繰り返され,その都度準
平原の一部が山腹に取り残されてできたものです。準平原が中央部で大きく周辺部で小
さく隆起します。削剥は低い方から進むため,周辺部に新しい準平原が形成され,中央
部に古い準平原が一段高く残されます。周辺部にできたこの準平原を辺縁準平原と呼び
ます。このようにして生じた山腹緩斜面の配列状態(例えば海抜高)には法則性がみら
れ,その緩斜面及びそこの土壌は,山腹緩斜面におけるのと同様に古いです。山腹緩斜
面に硬岩層があると,それが侵触に抵抗して棚地形ができます。普通褐色森林土あるい
は黒色土が見られます。
 山麓部の緩斜面とは,山体が削られた侵触面としての緩斜面のことですが,日本では
それほど多くは見られません。大陸の内陸部の山麓にペディメントと呼ばれる緩斜面が
見られます。
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