50b 資源植物〈資源植物学研究方法への誘い2〉
 
 △種子の貯蔵
 @種子の貯蔵の目的
 従来は作物の種子は次の播種期まで,又は食糧として保存しておくためでしたが,今
日では種子貯蔵の目的は多様化してきています。
 A 農場での作物再生産のための種子の貯蔵
   蒔き付け用の種子として,傷のないよく成熟した種子を集め,よく乾燥して,高
   温と湿気を避けて保存します。種子の寿命を1〜3年間維持できます。
 B 種子産業のための企業的貯蔵
   前記の場合より貯蔵機関が長かったり,種子の種類が多様にわたったりし,大抵
   の種子の場合,種子の含有水分が5〜8%で密閉していれば,特に高温でなけれ
   ば冷凍貯蔵庫は必要としないでしょう。
 C 研究用種子の貯蔵
   少量多数種,広範囲,貯蔵期間もまちまちですので,保有水分3〜5%にして防
   湿容器に密閉して常温(熱帯では冷蔵庫に入れて高温を避ける)で貯蔵します。
 D 生殖質保存のための種子の貯蔵
   資源植物の遺伝子保存という点から最も重要な目的をもった種子の保存です。比
   較的少量で膨大な数の種,品種について種子を保存し,いつ必要になるか分から
   ないという長期にわたる保存を必要とし,しかも,種子が生きていて発芽力と生
   長力を十分に保有しているという保証が必要です。
 E 非常時のための種子の貯蔵
   種子生産国に異常があり,種子の移入がうまくいかない場合のために,比較的少
   数の作物群の種子を大量に長期間保存し,定期的に発芽試験をするなどして,前
   項に準じた設備で貯蔵しておく必要があるでしょう。
 A種子銀行(seed bank)としての種子貯蔵研究所と貯蔵庫
 生殖質保存を最大の目的とした種子貯蔵庫(種子銀行)は,アメリカではコロラド州
など3ケ所,日本では筑波の農林水産省種子貯蔵管理室遺伝子源種子倉庫などの例があ
ります。
 B種子について
 保存すべき種子は,保存すべき資源植物のカテゴリーのものですが,栽培植物につい
ては,栽培されなくなった品種に重点をおく必要があります。また,作物のみでなく,
その母樹などの原植物や,それらに類縁関係のある植物群(遺伝子プール)の種子も保
存されるべきです。
 C種子の寿命
 種子の寿命とは,植物が「種子」という生活型を保って生きている期間をいいます。
そしてこの他に,その種子の発芽した幼植物が正常であり,かつ健全な生長を遂げるだ
けの生活力も併せて保持している必要があります。
 前述のように一定の環境下で保管することになりますが,密閉容器に窒素を入れるこ
とが有効とみられています。
 D温度と湿度が種子の寿命に与える影響
 種子は一般に低温で乾燥した環境では寿命が長く,高温で多湿の環境では寿命が短い
です。温度0〜50℃の間で種子の水分含有量が5〜14%の間の環境では,温度が5℃上
がるごとに,また種子の含有量が1%増すごとに,発芽力が半減するという報告があり
ます。
 現在は種子の冷凍貯蔵は温度-10〜-18℃,種子の含有水分は5%又はそれ以下に保た
れています。さらに超低温冷凍保存の研究も進められています。
 
 △植物の器官,組織,細胞の低温貯蔵
 @器官の低温保存
 地下茎で無性繁殖するものや,均一の子孫を得るための栄養生殖などの場合の,地下
茎,枝,小形植物などの器官とか植物体の保存について研究されています。温度0〜4
℃は植物を休眠状態にし,しかも菌類の発生を防げる温度です。湿度85〜90%は植物に
潅水をしないでも乾燥枯死しない湿度です。例えばユリの場合,このような環境に貯蔵
しておけば,取り出して温室に移すとすみやかに生長するという報告もあります。
 A植物の組織や細胞の冷凍保存
 カルスなどの培養細胞,葯,花粉,細胞原形質,茎頂分裂組織や不定胚のようなもの
の冷凍保存法が研究されています。ニンジン,サトウキビ,ナツメヤシ,アルファルフ
ァ,ゼニゴケでは,液体窒素(-196℃)に保存された培養細胞から正常な植物体が復元
できるとされています。
 
〈未開発及び開発中有用植物の例〉
 
 有用植物,つまり人間生活に直接間接的に利用可能な植物については古くから数多の
ものが知られていて,それらを集大成したものが「資源植物事典」であり,「マレー半
島産物事典」です。
 有用植物については,古くから全世界で少なくとも3千種以上のものが知られていま
すが,その中で普遍的に栽培されるに至った高度開発作物に発展した植物は150種以下
という極めて少数です。ということは,有用植物のすべてが必ずしも優秀な作物に開発
しうるものではない,ということです。それは,大半の有用植物は強い野生的性質を保
持していて,栽培型に導きうるような形質を示す変異を起こしません。他の理由として
は,有用部分の生産量があまりにも小さく,農林産物として不十分であるとか,特殊な
生態環境を要するため広く導入できない場合も往々にしてみられます。こういう障害は
農業育種法 ― 特にバイオテクノロジーの応用 ― の進展により次第に取り除かれ,将
来はさらに広いレンジにわたり有用植物が栽培作物化できることになるでしょう。そし
てまた,人類がその植物の利用を好むか,好まないかということです。
 果実のマンゴスチン,油科植物のババッスヤシ,不飽和蝋のとれるホホバなどは繁殖
が難しく,収量の多いシカクマメや果実のアマモは独特の臭いがある,といった欠点が
あります。
 一方,デンプン植物の食用カンナ,中国のオオクログワイ,熱帯のクズイモ,野菜の
ヨウサイ(アサガオナ),熱帯の多目的植物のパラミツのなどは,これといった欠点欠
点がみられません。
 
 △種粒植物
 本稿では,主としてアマモ,ヒユ類,アカザ科について述べてみます。
 @キノア アカザ科
 一年草,茎は高さ80〜150p,下部の径は12o,花は灰緑色,種子は裂開しません。
 南米アンデス山地のエクアドル,ペルー,ポリビアからチリ北部の海抜2,500〜4,000
mの高地に栽培されています。種子はタンパク質12〜19%,脂肪4〜5%,デンプン58
%,糖分5%の組成で,パンや菓子を焼きます。
 AChenopodium nuttaliae Safford アカザ科
 全体にアカザを大形にしたような形をしています。
 古くからメキシコの山地(1,200〜3,000m)でアステック・インディアンが栽培し,
若い花序や葉は野菜,熟した果実は穀粒として利用しています。
 Bカニウア アカザ科
 茎は高さ50p,下部からよく枝分かれします。
 ペルーとポリビアの標高4,000mくらいの高地にみられる半野生で,種子のタンパク質
含有量はキノアより多いといわれています。
 Cムラサキアカザ(モチソバ) アカザ科
 アカザより大形で茎の高さは70〜300p,枝分かれしません。
 中国南部(雲南,広西省)から台湾の山地に栽培され,若い果穂や葉は野菜,種子は
穀粒として炊飯したり,発酵させて酒精として用いています。
 D種粒ヒユ
 ヒモゲイトウは南米のペルー,ポリビア,アルゼンチン北部など,繁穂ヒユはメキシ
コ,インドのグジャラト州で栽培されています。繁穂ヒユにはタンパク質15%,炭水化
物63%を含んでいます。種子は粉にしてパンやビスケット,種子は炊飯又はオートミー
ルにします。
 Eアマモ(大葉藻) アマモ科
 海岸の浅い海水中に生える沈水生の海産顕花植物で多年草です。
 北半球の寒帯,温帯各地に広く分布しています。メキシコ西海岸に住むアメリカ・イ
ンディアンのセリ族は,果実を集めて炒り,粉にしてある種のパンを作って食べていま
す。
 Fワイルドライス(アメリカマコモ) イネ科
 日本のマコモに似た大形の一年草です。
 アメリカ東部,カナダ東部の河畔の湿地や沼地に生え,穀物として古くからアメリカ
ン・インディアンの採集食糧でした。七面鳥料理などにも用いられます。
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