49a 資源植物〈資源植物学研究方法への誘い1〉
 
 人類は1万年も前から,既に利用できる植物についてよく知っていました。現在用い
られている主要有用植物は,紀元前後までに大部分が出そろいました。その後は,新栽
培植物の開発はほとんど行われていません。今後21世紀に向かって,人口増,エネルギ
ー資源の減量・枯渇などにより,植物資源の需要は急増するといわれています。今後は
既存経済植物の改良を続けるとともに,未開発経済植物,経済植物の関連種や未利用有
用植物から新しい経済植物を開発することが,植物産業の原料植物を確保するために必
要があります。
 
 △遺伝子と遺伝子プール
 遺伝子とはDNA,つまりデオキシリボ核酸という生体高分子で,細胞核の中の染色
体の上にのっています。遺伝子は生物体の形態,成分,代謝その他のあらゆる生体機能
に関する形質の表現に関与しています。遺伝子は全く同じものを複製し,高等植物では
複製されたものが花粉と卵細胞内にあり,それが種子の中に入り,次代の植物の形質発
現をするため,次代の植物は親と同じものとなります。これが遺伝子現象です。また,
ゲノムとは染色体の一組で,一つのゲノムつまり一組の染色体の中に同じものが二つは
存在しませんので,この中の1個の染色体が欠けても生活機能に障害を起こすといわれ
ています。
 細胞遺伝学では,ゲノムを調べる研究をゲノム分析といいますが,種のゲノム型が判
明しますと,その種の起源とか,他種との近縁性や系統的関係を推測理解するのに非常
に役立ちます。ゲノム分析はまた,育種にも不可欠の資料を提供します。
 遺伝子は生体の一部であって,特にゲノムというような無数の複雑な遺伝子が組にな
っている状態で生体内で機能しています。植物の遺伝子プールとは,植物体自体のこと
です。遺伝子プールを所有する,ということは数多くの生きた植物の種を所有する,と
いうことです。
 
 △生殖質
 生殖質とは元来,分裂して再生と増殖の可能な細胞のことです。農学や資源植物学で
は拡大解釈して,すべての再生可能な生きた生物体,ときには生物の分類単位(種,変
種,品種など)の意味にすら用いられます。農学で植物生殖質というときには,胞子,
種子,根茎など,植物の増殖手段に使う植物の部分を総称的に指すことが多いです。
 
 △資源植物と農業育種及びバイオテクノロジーの関係
 植物の育種法には,種内変異の諸型から求める型を選抜し残りの型を除去していく選
抜淘汰法と,異なる植物の間で雑種を作り,双方に別々に存在していた好ましい形質を
同一植物に付与しようとする交雑法の二つがあります。突然変異による個体や,栽培型
になっているものからよい形質をもった個体を選択し育種する方法が選抜法です。
 @資源植物と農業育種
  バナナや,エンバク,オオクログワイ,サトウダイコンなどは野生種から選抜した
  ものです。
  イチゴ,パンコムギ,ワタの一種の海島綿などは交雑によります。交雑は多く耐病
  性品種の開発に利用され,ジャガイモ,トマトなどの例があります。
 A資源植物とバイオテクノロジー
  いわゆる組替えDNAとして,青枯病に強いナス,キャベツとハクサイの雑種のハ
  クランの例があります。
  ニューヨーク植物園では,病気に弱いアメリカニレの花粉と,シベリアニレの葉葉
  の細胞を細胞融合させて,耐病性のあるアメリカニレの雑種をつくること取り組ん
  でいます。
 
 △資源植物と遺伝子の喪失
 地球上の自然の生体系は,その環境に適したものができ,その構成要素である生物群
の相互作用によって形づくられています。長い地史的時間内に,環境の変化と生物間の
相互作用により変化し,複雑化してきました。この間,環境変化に適応できず,死滅し
た種も多いですが,一方,環境変化に応じて多くの種に分化したものも多いです。この
経過によって生物の種の数は増え,複雑化し,種の形質も,形成する遺伝子も,非常に
多様化してきたのです。人類はこうして長い地史的時間をかけて多様化した生物資源,
特に植物資源の恩恵を受け,衣食住に必要な物資を得ています。その貴重な資源植物を
失うということは,それを用いての生産品としての財をも失うことです。
 植物の自然種で絶滅の危険にさらされている種を3段階に分けますと,その危険の度
合いにより,絶滅の危険にさらされている植物,まれな植物,弱い植物の群に大別でき
ます。絶滅の危険にさらされている植物とは,環境破壊が現在のテンポで進行する数十
年以内に絶滅するくらいの危機にさらされているものであり,まれな植物というのは植
物地理でいう分布域の狭い固有種や広い隔離分布種であり,起源の古い種とか,特殊環
境に生育する種に多く,弱い植物とはその環境での適応性が少ないか,他種との生存競
争に弱いということです。
 栽培植物が喪失する原因は,栽培植物の種に関する需要の変化,農業形態の変化,寄
生菌・寄生虫などの植物病理学的理由などがその主たるものです。一般に農作物では常
に品種改良が進められていますので,古い品種は生産量の多い優良な新しい品種に置き
換えられて,いわゆる廃棄作物として失われていきます。
 例えばキョウナやミブナ,ホリカワゴボウなど,部族品種とか,地方品種などは,最
近の機械化農業,植物産業上利益の多い均一農業化などのために均一な新品種に置き換
えられて廃れてゆくのはもったいないことです。長年を費やして作り上げられた作物の
優良品種はいわば選り抜いて集められた優良遺伝子の集積であって,非常に貴重な遺伝
子プールです。こういう遺伝子プールである文化遺産を,種子産業発展の犠牲として失
うことは愚かなことです。種子産業が広がるほどに作物の多くの品種が失われてゆく現
象を遺伝子侵蝕と呼んでいます。
 主要作物が単作均一化し,遺伝子侵蝕により多様な品種が消滅してしまった後に,そ
の単作作物に重大な被害が生じたとしたら,それは多数の人間の生死の問題に直結しま
す。そのためにもあらゆる作物品種の系統保守は必要なのです。
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