51 虫を詠める和歌
 
                       参考:吉川弘文館発行「古事類苑」
 
                    虫は、産の義にして、生化の多きより此の
                   名ありと云へり。また古く、虫をハフムシと
                   も称したるは、虫類の多くは匍匐ホフクするもの
                   なればなり。而して後世の本草書には、虫類
                   を、卵生、化生、湿生等に分ちたり。
                    上代には、虫害甚だ多かりしかば、大祓詞
                   オホハラヘノコトバには昆虫ハフムシの災と称して、是を
                   国津罪クニツツミの一に数へたり。また蝗害の事も
                   既に神代に見えたり。
                    我国養蚕の事は、天照大神の始め給ふ所に
                   して、古来国産の一として、最も重んぜられ
                   る。
                    後世松虫、鈴虫、促織ハタオリ、蟋蟀キリギリス等
                   の鳴声を愛するもの漸く多く、聴虫、撰虫、
                   放虫等の事、上下風流者の間に行はる。而し
                   て此等の昆虫を飼育する事も夙ハヤくより之れ
                   ありしものの如し。
                    虫類中、蛇に関する事蹟最も繁多なり、是
                   れ其の害毒夥オビタダしく、且つ其の性もまた
                   獰悪ドウアクにして、一種の霊異を有するものと
                   信ぜられたるに由るなり。
 
                    往古の人々は、この身近な虫を如何に詠ん
                   だのでしょうか。因みに「漢字」の世界では、
                   「虫」の付く動物は、いわゆる「昆虫ムシ」と
                   して扱います。          SYSOP
 
△虫総載
 
たくふらに あむかきつきつ そのあむを あきつはやくひ はふむしも おほきみに
まつらふ(下略)(日本書紀 十四雄略)
 
(中略)なつむしの ひむしのころも ふたへきて かくみやたりは あによくもあら
ず(日本書紀 十一仁徳)
 
勝牡鹿カツシカの まゝの手児奈テコナが(中略)望月の 満てる面輪オモワに 花のごと 笑エみ
て立てれば 夏虫の 火に入るがごと 水門ミナト入りに 船こぐ如く ゆきかくれ 人の
言ふ時(下略)(萬葉集 九雑歌)
 
夏虫のみをいたづらになす事も ひとつ思ひによりて成けり
                     (古今和歌集 十一恋 よみ人しらず)
 
つゝめどもかくれぬものは夏虫の 身よりあまれるおもひなりけり
                             (後撰和歌集 四夏)
 
八重葎ヤヘムグラしげきやどには夏虫の 声より外にとふ人もなし(後撰和歌集 四夏)
 
△虫篭
しめのうちの花の匂ひを鈴虫の をとにのみやは聞ふるすべき
                     (続千載和歌集 四秋 よみ人しらず)
 
君のみや千とせもあかず聞ふりむ 我神山の松虫のこゑ
                     (続千載和歌集 九神祇 従三位氏久)
 
△放虫
松虫のしきりにこゑの聞ゆるは 千世をかさぬるこゝろなりけり
                            (古今著聞集 五和歌)
 
△飼虫
はふはふもきみがあたりにしたがはん ながきこゝろのかぎりなき身は
                               (堤中納言物語)
 
[龍]
くちをしや雲井がくれに住たつも 思ふ人にはみゆなるものを
                      (夫木和歌抄 二十七雑 俊頼朝臣)
 
[蛟ミヅチ]
虎に乗り 古屋フルヤを越えて 青淵アヲブチに 鮫龍ミヅチ取り来コん 剣刀ツルギタチもが
                          (萬葉集 十六有由縁雑歌)
 
[蛇ヘミ・クチナハ・ヲロチ・オカ]
吾が崗の おかみに言ひて ふらせたる 雪の摧クダけし 彼所ソコのちりけむ
                              (萬葉集 二相聞)
 
[宮守イモリ・ヤモリ]
ぬぐくつのかさなることのかさなれば ゐもりのしるし今はあらじな(袖中抄 六)
 
忘るなよたぶさにつけし虫の色の あせなば人にいかにこたへむ
返し
あせぬとも我ぬりかへむもろこしの ゐもりもまもるかぎりこそあれ(袖中抄 六)
 
むしのちをつぶして身にはつけずとも 思ひそめつる色なたがへそ
かへし
むしならぬ心をだにもつぶさでは 何につけてかおもひそむべき(赤染衛門集)
 
ゐもりすむ山下水のあきの色は むすぶてにつくしるし也けり(寂蓮法師)
うたがひしゐもりの跡はそれながら 人の心のあせにけるかな(二条院讃岐)
                          (夫木和歌抄 二十七宮守)
[次へ進んで下さい]