51a 虫を詠める和歌
[蝦蟇カヘル・ヒキ・谷蟆タニグク]
足引の山田のそほづ打わびて 独かへるの音をぞ鳴ぬる
(後撰和歌集 十二恋 よみ人しらず)
ちかひしをおもひかへるの人しれず くちから物をおもふころ哉(清輔朝臣集 恋)
おほばこの神のたすけやなかりけん ちぎりしことをおもひかへるは
(蜻蛉日記 中ノ下)
山彦の 応へん極み 谷潜タニグクの さ渡る極み 国方クニガタを 見し賜ひて 冬ごもり
春さり行かば 飛鳥トブトリの 早く来キまさね(下略)(萬葉集 六雑歌)
あまがへる鳴や梢のしるべとて ぬれなんものを行やわがせこ(藤原長能集)
法の橋のしたに年ふるひきがへる 今ひとあがりとびあがらばや(今物語)
[河鹿カジカ・河蝦カハヅ]
三吉野ミヨシヌの 石本イハモトさらず 鳴く川津カハヅ 諾ウベも鳴きけり 河をさやけみ
神名火カミナビの 山下どよみ ゆく水に 川津鳴くなり 秋と云はむとや
草枕 客タビにも念ふ 吾が聞けば 夕かたまけて 鳴く川津かも
瀬を速み 落ちたぎちたる 白浪に 川津鳴くなり 朝夕アサヨヒ毎に
上瀬カミツセに 川津妻呼ぶ 暮ユフされば 衣手コロモデ寒み つままかむとか
(河蝦カハヅ考 万葉)
念ほえず 来ませる君を 佐保川の 河蝦カハヅ聞かせず 還しつるかも
(萬葉集 六雑歌)
河津鳴く 甘南備河カミナビガハに 陰カゲ見えて 今やさくらむ 山振ヤマブキの花
(萬葉集 八春雑歌)
朝霞 鹿火屋カビヤが下に 鳴く蝦カハヅ 声だに聞かば 吾れ恋ひめやも
(萬葉集 十秋相聞)
我やどにあひやどりしてすむかはず よるになればや物はかなしき
(後撰和歌集 十八雑 よみ人しらず)
みがくれてすだく蛙のもろ声に さはぎぞわたる井手のうき草
(後拾遺和歌集 二春 良暹法師)
あし曳の山吹の花散にけり 井手のかはづは今やなくらむ
(新古今和歌集 二春 藤原興風)
住よしの浜(蛙の浜のこと)の見るめもわすれねば かりにも人にまたとはれけり
(類聚名物考 和歌十)
[蛍]
ゆくほたる雲のうへまでいぬべくは 秋風ふくと雁につげこせ(伊勢物語 上)
なく声も聞えぬ虫の思ひだに 人のけつにはきゆる物かは(源氏物語 二十五蛍)
ものおもへば沢のほたるも我身より あくがれいづる玉かとぞみる
おく山にたぎりておつる滝津瀬の 玉ちるばかりものなおもひそ
(古今著聞集 五和歌)
あなてりやむしのしや尻に火のつきて こ人玉ともみえわたるぞ
(宇治拾遺物語 十二)
音もせでみさほにもゆる蛍こそ 鳴虫よりも哀成けれ
つゝめどもかくれぬ物は夏むしの 身よりあまれる思ひ成けり(今物語)
はるゝ夜の星かかはべのほたるかも わがすむ方のあまのたく火か(伊勢物語 下)
をともせで思ひにもゆる蛍こそ 鳴虫よりも哀なりけれ(源重之)
沢水に空なるほしのうつるかと みゆるは夜はのほたるなりけり(藤原良経朝臣)
(後拾遺和歌集 三夏)
[烏毛虫カハムシ]
うら山しはなやてふやといふめれど かはむしくさき世をもみるかな
冬くれば衣たのもしさむくとも かはむしおほく見ゆるあたりは(堤中納言物語)
[蓑虫ミノムシ]
雨ふれば梅の花がさあるものを 柳につけるみのむしのなぞ(和泉式部家集)
いかでかは露にもぬれん雨ふれど もらしがいその松のみのむし
(夫木和歌抄 二十七蓑虫 祐挙)
[蚕カヒコ・繭隠マユコモリ・桑子クハコ・ニヒグハマヨ]
足常タラチネノ 母の養子カフコの 眉隠マユコモリ 隠れる妹を 見るよしもかも(萬葉集 十一)
中々に 人と在らずば 桑子にも 成らましものを 玉の緒ばかり(萬葉集 十二)
筑波禰ツクバネの にひぐはまよの きぬはあれど きみがみけしゝ あやにきほしも
(萬葉集 十四)
[蝶テフ]
しるべある時にだにゆけ極楽の 道にまどへる世中の人
(大和名所図会 五高市群 新古今(金色の蝶))
うき世にはながらへじとぞおもへども しぬてふばかりかなしきはなし
(赤染上衛門集)
とこなつのあたりは風ものどかにて 散かふものはてふのいろいろ
(夫木和歌抄 二十七蝶 寂蓮法師)
はかなくもまねく尾花にたはむれて 暮行秋をしらぬてふ哉(源仲正家集)
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