10 こんにちは昆虫たちよ〈有用昆虫〉
昆虫の人間に対する有用性は,@昆虫自体の利用,A昆虫の生産物の利用,B昆虫の
習性の利用の三つに大別されます。
〈昆虫自体の利用〉
△医薬用
古来種々の昆虫が医薬に使われてきましたが,現在でも中国ではコウモリガ,ボクト
ウガ,マツカレハの幼虫をはじめ各種の昆虫,あるいはコウモリガやセミに担子菌類が
発生してできる冬虫夏草が漢方薬に重用されています。
△食用
アフリカのザイール地方では大型甲虫の幼虫,ベトナムやタイではタガメが食べられ
ていますが,日本で最も一般的に食べられるのは東北地方を中心に産するイナゴでしょ
う。その採取量は年に約200tとされ,さらに韓国から十数tを輸入しているといわれて
います。また,長野県には伊那地方のトビケラ,カワゲラなど水生昆虫の幼虫を煮たざ
ざむしや,クロスズメバチ幼虫を煮た蜂の子などが有名食品です。
△染料用
メキシコのサボテンにつくコチニールカイガラムシの雌は体に多量の紅色色素を含み,
染料に用いられます。食紅の原料として輸入が増加してきています。
△釣餌用
キンバエ類の幼虫はさし又はさばむしとして特別に養殖され,ユスリカ類幼虫はあか
むしとして,またブドウの害虫ブドウスカシバ幼虫は野外ではエビヅルに寄生しえびづ
るむしとして,いずれも釣の餌に重用されます。また各種の水生昆虫幼虫も渓流釣の重
要な餌に使われ,天然でも水生昆虫類が淡水魚の重要な食物となっています。
△その他
昆虫には美麗な色彩斑紋に富むものが多く,昔から美術工芸品に利用されてきました
が,タマムシの翅鞘をちりばめた法隆寺の玉虫厨子は有名です。またハムシ,タマムシ
などはネクタイピンなどの装身具に使用されています。
一方,ホタルの光は古来人々を文芸の世界に誘い,キリギリス,クツワムシ,スズム
シ,マツムシ,クサヒバリ,カネタタキ,カンタンなどの直翅目は秋の鳴く虫として飼
育され鳴き声が楽しまれています。
さらに昆虫は,カイコ,ショウジョウバエ,ゴキブリなどのように材料の豊富さ,採
集飼育の容易さ,一世代の短いことなどから,遺伝学,生理学,発生学など生物学の研
究教育材料に使用されています。
法医学の面でも人間の死体に集まる昆虫の種類と発育状況から死後の経過時間の推定
に役立ちますし,欧米の博物館や解剖学の研究室では動物の骨格標本の作成に,骨以外
の肉質蛋白質を食べるカツオブシムシやホシカムシの類が標本仕上げに活躍していると
いわれています。
〈昆虫の生産物の利用〉
△蜂蜜,花粉,密ろう
ミツバチが集める蜂蜜は先史時代から利用されてきましたが,古代エジプト王朝でも
蜂蜜が薬用として貴重品扱いされていたようです。本格的なミツバチの研究は17世紀
オランダではじまり,19世紀の初めフランスで今日の養蜂の基礎が築かれました。一方,
日本では皇極天皇(641〜645)のころ百済から伝わり,徳川時代には紀州で盛んに飼育
されましたが,明治になりヨーロッパ,アフリカを原産とするセイヨウミツバチが輸入
され,近代的な養蜂が開始されました。ミツバチの社会は1匹の女王蜂と数千から数万
匹の働き蜂及び2〜3千匹の雄蜂とからなります。働き蜂(外勤蜂)の1回の吸密量は
40〜85mgに達し,これを密胃に貯えて帰巣し,内勤蜂に口移しします。内勤蜂は口吻を
伸展収縮し,密を外気に触れさせて水分の蒸発を図り,糖濃度は花密の30%前後から60
%以上に濃縮され,さらに巣内の乾いた空気に触れて水分が減少します。蜂蜜の約70%
は糖類で,ミツバチのサッカラーゼの作用によりショ糖は少なく,ブドウ糖,果糖に富
みます。その他蜂蜜は各種の有機酸,ミネラル,酵素を含み,pHはほとんど4以下です。
なお,女王蜂が育つ王台中の密はローヤルゼリーといわれ保健食品とされています。
蜂蜜の成分と性状
水分 17.20 @グルコン酸,クエン酸,コハク酸,リンゴ酸,
糖分 79.59 酪酸,アミノ酸など
果糖 38.19 AK,Na,Ca,Mg,Cl,SO4,PO4,Si
ブドウ糖 31.28 など
ショ糖 1.31 B酵素類:サッカラーゼ,ジアスターゼ,グルコ
麦芽糖 7.31 ースオキシダーゼ,フォスファターゼ,カタラ
その他の糖 1.50 ーゼ
有機酸 0.57 C色素(カロチノイド),芳香物質(テルペン類,
灰分 0.17 アルデヒド,エステル),マンニトール,タン
タンパク質 0.26 ニン,アセチルコリン,ビタミン類
その他 2.21
比重(20℃):1.4225 カロリー:303kcal/100g 432kcal/100ml
屈折率(20℃):1.4935 蒸気圧(20℃):60% R,H, 相当
甘味度:ショ糖に対し 1.25(容量比では 1.67)
全世界の蜂蜜年間生産量は約90万tとみられ,そのうち旧ソ連が19万t,中国10万t,
米国9.3万tとそれぞれ上3位を占め,日本は7千t前後を産し,約3万tを輸入(1985)
しています。
なお,ミツバチが花密とともに集める花粉はタンパク質に富み,欧米では昔から,日
本では近時自然食品として利用されています。
また,働き蜂が腹部のワックス腺から分泌する巣材の密ろうは高級1価アルコール(
C24〜C36),脂肪酸(C12〜C34)を主成分とする高級なワックスで,日本では年間
約150tを産し,養蜂用巣材はもちろん,クリーム,口紅,整髪料などの化粧品,歯科用
のデンタルワックス,医薬品,ガムなど,直接人体に触れるものに重用されるほか,教
会用蝋燭(欧米),クレヨンなどの原料に使用されます。
△絹糸
中国ではすでに,殷の時代(BC1600〜1100)に養蚕が行われていたようですが,日本
へは古代に伝えられたと考えられます。弥生式時期にはすでに絹が用いられていたよう
です。それ以後,カイコの品種改良は進み,養蚕,製糸,染色技術も大いに進歩しまし
たが,カイコが幼虫から脱皮して蛹になるときに作る繭から糸を繰るという原理はまっ
たく変わっていません。合成繊維の発達で絹の用途は変わってきましたが,絹糸のもつ
独特な光沢と軽ろやかな感触は他の繊維に及ばないところで,今日主として東洋系,ラ
テン系民族を中心に世界三十数国で養蚕が行われています。
なお,カイコ以外に天蚕(ヤママユ),楓蚕(テグス蚕),ヒマ蚕(エリ蚕),柞蚕,
樗蚕(シンジュ蚕),樟蚕(栗毛蚕,白髪太郎)などの野蚕も日本の各地で少量ながら
飼育されています。
〈昆虫の習性の利用〉
△花粉媒介
昆虫は多くの虫蝶花の花粉媒介の役を果たし,特にミツバチ,ハナバチの類の働きは
大きいです。ハウス内でのミツバチによるイチゴの授粉,リンゴ産地におけるマメコバ
チ,ツツハナバチの花粉媒介など効果をあげています。ニュージーランドではマルハナ
バチを輸入して赤クローバー栽培を成功させて羊毛生産を増産させました。
△昆虫による牧野ボクヤの改良
オーストラリアでは3千万頭の牛が排出いる糞は1日3億個にも及びます。そこで乾
燥した牛糞を分解させる糞虫(アジア・アフリカ原産)を27万5千匹も養殖し,これを
放飼して成果をおさめています。
日本でも1千頭のシカのいる奈良公園では,45種の糞虫がシカから排出される年間
200tもの糞をせっせと処理して,公園の清潔保持の重要な役目を担っています。
引用 「新応用昆虫学 -改定版-」 朝倉書店発行
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