03d こんにちは昆虫たちよ〈昆虫基礎〉
△集合と分散・移動
生息場所のなかでの個体の散らばり方を個体群の空間分布といいます。地球的ないし
地理的規模での種の存在域を問題にする地理的分布に対比して,これを特に生態的分布
ということもあります。空間的分布は個体群サイズとあいまって各個体が現実の生息の
場で直面する混みあいの度合いを規定する重要な個体群特性であり,生息場所を多数の
区画に分別して,区画ごとの生息個体数の度数分布の形で,その特性を定量的に解析す
るのが普通です。
昆虫の空中分布は,一般にランダムではなく多少とも集中的である場合が多く,その
特性は環境の構造とその中での個体の動きによって規定されます。個体の動きは,相互
間の間隔を狭める動き ― 集合 ― と広げる動き ― 分散 ― とに大別できます。集合
は過疎の効果を避ける上では有利であるが,行き過ぎれば過密の効果をもたらすことに
なります。分散はこの逆であって,昆虫の各種はそれぞれの生活環境の枠組みのなかで
この二つの動きを適度にバランスさせながら,固有の空間分布パターンを形成している
と考えられます。膜翅目のミツバチや多くのアリ類,等翅目のシロアリ類など,社会性
昆虫(social insects)と呼ばれる一群の昆虫は,摂食や生殖などの生活活動がすべて集
団を単位として行われ,個体だけでは生活が成り立たないという点で,集団傾向がその
極に達したものとみることができます。このほかにも,チャドクガ,オビカレハ,ホオ
ズキカメムシなどのように生活史の一時期(幼虫期)に集合生活をする昆虫は少なくな
く,これらは集合性昆虫(gregarious insects)と総称されます。
移動はやや規模の大きな,多少とも方向性をもった分散のことであり,多くは飛翔を
伴い,一般に不適になった場所からの脱出と新天地の開拓という生態的意義を持つ,し
たがって移動性昆虫(migratory insects)は時間・空間的に不安定な棲み場所とするも
のにその例が多く,その規模も,アブラムシ類の季節的寄生転換に伴う移動にように比
較的短距離のものから,アフリカをはじめ世界の各大陸にみられるワタリバッタ類やわ
が国における稲作の大害虫トビイロウンカ・セジロウンカのように気流に乗って数百km
を越えるおお移動を繰り返すものまで様々です。
これらの大移動はしばしば生息密度の極度の上昇 ― 大発生 ― に伴って起こるもの
で,その際個体の形態及び行動上の性質が定住性から移動性へと劇的な変化を示す場合
があります。古来災厄をもたらす大害虫として著名なワタリバッタ類に代表されますが,
これを相変異と呼びます。
△個体群の動態と生活系
昆虫の個体群は,このように時間的には再生産と死亡の,空間的には集合と分散のバ
ランスによって,絶えず変動しながら自らを維持し続けています。この変動の実態のこ
とを個体群の動態といいます。
昆虫の個体数変動は,環境条件の強い影響下にあって,しばしば激しく,また不規則
であることが多いですが,その振幅やパターンのいかんは種ごとに異なり,種個体群の
特性として大変重要な意味を持ちます。
個体数変動の機構は何世代かにわたって生命表(life table)を作製し,これを解析す
ることによって明らかになります。自然では沢山産まれる卵のうち成虫まで生き残るも
のはごく一部(平均的には1雌親当たり2頭)に過ぎません。その他の大多数は,それ
以前,それも多くはごく若い時期に,気象要因,天敵生物による捕食,寄生,疾病や飢
餓など,様々な死亡要因にために個体群から失われてしまいます。
ハマキガの生命表
齢期 当初の 死亡要因 死亡数 死亡率% 各齢期中の
生存虫数 生存率
卵 200 寄生者 18.0 9
捕食者 12.0 6
その他 8.0 1
(計) 38.0 19 0.81
1〜2齢幼虫 162 分散その他 132.8 82 0.18
3〜6齢幼虫 29.0 寄生者 11.7 40
病気 6.7 23
その他 6.7 23
(計) 25.1 86 0.14
蛹 4.10 寄生者 0.53 13
捕食者 0.16 4
その他 0.70 17
(計) 1.39 34 0.66
成虫 2.71 性化の偏り 0.19 7 0.93
雌成虫×2 2.52 産卵能力低下 0.50 20 0.80
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健全雌×2 2.02
世代全体 197.98 98.99 0.0101
〈昆虫の遺伝〉
△昆虫と遺伝学
メンデルの法則並びにその再発見は,エンドウ,オオマツヨイグサ,トウモロコシな
ど植物を材料として行われました。その後動物においてはまずカイコを用いて多くの研
究がなされました。カイコの染色体は56個(2n)と数が多く,形も相互に似ていて識別に
は熟練を要します。しかしながらカイコが賞用されるのは,それ自体の飼育が用意であ
ること,遺伝的形質の特徴が幼期間に明瞭に現れることなど,遺伝学研究の材料として
優れた性質を有することに加えて,カイコが古くから絹糸虫として産業上重要な位置に
あるため,生理・病理について多くの基礎的知見が蓄積されているという利点がありま
す。かつ品種改良がもたらす経済的効果が極めて大きいという必要性も見のがせません。
ついでショウジョウバエを材料として細胞遺伝学的研究や人為突然変異の研究がなされ,
遺伝学に飛躍的発展がもたらされました。さらにショウジョウバエは詳細な染色体地図
の作成,DNA,RNAの化学成分の検討や集団遺伝子学の研究材料として賞用され,
多くの成果を得ています。
△性の決定
ミツバチの女王は,働蜂の育つ巣室には受精卵を,雄蜂の育つ巣室には不受精卵を産
み分け,それぞれが雌及び雄に育ちます。女王蜂を失った群では働蜂が産卵を開始しま
すが,この場合には未交尾のため雄蜂しか産出されません。ミツバチのほかコマユバチ
その他の膜翅目昆虫に雌雄を産み分ける例が多く知られています。
両性生殖における性の決定は性染色体の組み合わせによります。この組み合わせには,
雄ヘテロ型(雄性2配偶子型)と雌ヘテロ型(雌性2配偶子型)のあることが明きらか
となっています。
受精しない卵が発達して完全な胚子を形成することを単為生殖といいますが,これに
は単数単為生殖と倍数単為生殖の2型があります。
△自滅的防除法
強力な誘引剤やその他の方法を用いて野外の雄を徹底的に除去すれば,雌は交尾がで
きなくなり,卵は不受精卵となって次世代虫の誕生が阻止されます。これを雄除去法と
いいます。
昆虫を不妊化することの可能性を最初に観察したのは,タバコシバンムシに多量のX
線照射による実験でした。
不妊防除の条件として,@雄の行動範囲が広く,処理雄が広範囲の雌と交尾すること,
A雌は1回しか交尾しないが雄は多数の雌と交尾する習性を有すること,B処理雄は精
子に悪影響を受けているだけで,雌を獲得し交尾する性行動では健全な雄に少しも劣ら
ないこと,C地域的に隔離されていて,他から健全虫の新たな進入がないこと,D対象
昆虫の大量な人工飼育が可能であることなどです。
引用 「新応用昆虫学 -改定版-」 朝倉書店発行
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