03c こんにちは昆虫たちよ〈昆虫基礎〉
△成長と変態
卵から成長に至るこのような発育段階の推移は,遺伝的に定められたプログラムに従
って精緻な内分泌機構の支配の下に整然と進行します。幼虫から成虫への推移の過程は
一般に形態や生活様式の著しい変化を伴うのでこれを変態と称します。この変態のあり
方によって昆虫を3群に大別することができます。幼虫→蛹→成虫の経過をとる完全変
態昆虫(コクゾウなど),蛹期を持たない不完全変態昆虫(カメムシなど),及び蛹期
を欠くばかりでなく成虫も無翅で幼虫とか外形上の差異がほとんどない無変態昆虫(ミ
ズトビムシなど)の3群です。完全変態群(内翅群)は系統学的にも最も進んだグルー
プとされ,種数で他の2群を大きく圧倒しています。
変態という特性の獲得によって昆虫が得たメリットの最大のものは,翅を得たことに
よる移動能力の飛躍的増大です。昆虫の今日の繁栄はこの生活的基礎の上に築かれたと
いっても過言ではありません。
発育の量的な側面は成長と呼ばれます。昆虫の成長は主に幼虫期に外界からの摂食の
結果として達成されます。幼虫が老熟するまでには数回の脱皮を行って外皮の更新を行
うのが普通です。
△摂食
昆虫の食餌はもちろん種ごとに異なり,その生活の多様性を反映して極めて多岐にわ
たっていますが,餌の種類(食性)の面からみると,昆虫は,@肉食者,A植食者,B
腐食者,C雑食者の4群に大別できます。肉食者は生きた動物を食うもので,カマキリ
類,サシガメ類,トンボ類,テントウムシ類などのように直接餌を捕獲して食い殺す捕
食者(predator),ヤドリバエ類,コバチ類,ヒメバチ類,コマユバチ類などのように成
虫が餌動物の体内又はその付近に産卵し幼虫がそれに寄生し食い殺して出る捕食寄生者,
及びカ類,ノミ類,シラミ類などのように寄主を殺すことなく血液を吸うなどして片利
共生型の生活をする真の寄生者がこれに含まれます。植食者は生きた植物を食うグルー
プで種類が最も多く,葉を食うもの(ヨトウガ,モンシロチョウ,ハバチ類,ハムシ類
など),果実や種子を食うもの(ナシヒメシンクイ,クリシギゾウムシ,コクゾウムシ,
ミバエ類など),花を食うもの(ウラナミシジミ,ミカンツボミタマバエなど),根を
食うもの(コガネムシ類,コメツキムシ類など),茎や木部の食入するもの(ニカメイ
ガ,ブドウスカシバ,カミキリ類など),吸汁性のもの(ウンカ・ヨコバイ類,カメム
シ類,アブラムシ類,カイガラムシ類など),菌類を食うもの(キノコバエ類,ショウ
ジョウバエ類など)など,多種多様です。腐食者は動植物の死体や分解物,排泄物を食
うものの総称で,食糞性コガネムシ類,ハエ類,死体を食うシデムシやオサムシ類,土
壌中の有機物を食うトビムシ類,コガネムシ類,衣服や羽毛,食品などを害するカツオ
ブシムシ類,イガ,コナチャタテムシ,木材を食うシロアリ類やヒラタキクイムシなど
がこれに入ります。雑食者は1種で上の3者の二つ以上を兼ねるもので,ゴキブリ類や
アリ類はその代表といえます。
植食者や肉食者の場合には,餌となる生物の種類数が単一のものは単食性に区分され,
トビイロウンカ(イネ),カイコ(カワ),ベダリアテントウ(イセリアカイガラムシ
)などがあげられます。餌の種類数が少数のものは狭食性に区分され,モンシロチョウ
(アブラナ科),ツマグロヨコバイ(イネ科),ナミテントウ(アブラムシ科)などの
ように餌生物が単一の属ないし科に限られる程度のものを狭食者と呼び,それより食性
の広いものを広食者に区分し,ヤサイゾウムシ,マメコガネ,オオミノガ,カマキリな
どが該当します。
植食者のなかには季節的に寄生植物を変えるものがあり,寄生転換の例として,複雑
な生活環境を持つアブラムシ類などがあります。
△生殖
一般に昆虫においては雌雄の交尾によって雌体内に注入された精子は一旦雌体内の受
精嚢に貯えられ,雌は産卵の直前にこれを小出しして各卵に受精させることになります。
すなわち授精と受精の間に時間のずれがあって,受精が雌のコントロール下におかれる
のが昆虫の生殖の特徴です。
しかし時には処女雌が生殖に至る場合があります。これを単為生殖といい,これには
雌ばかりを産む産雌単為生殖と雄ばかりを産む産雄単為生殖の二つのタイプがあります。
△生活環と気候
四季の移り変わりに伴う環境諸条件の変化が変温動物である昆虫の生活に及ぼす影響
は極めて大きく,昆虫は気候のこの激しいが規則的な季節変動の枠に合わせて自らの種
固有の生活プログラム(生活環 life cycle)を組み立てているのが通例です。このサ
イクルのなかで1年間に繰り返す世代の数(化性)も種と生息地域によりほぼ定まって
おり,1世代のものを1化性昆虫(コバネイナゴ,クリタマバチ,マイマイガなど),
2世代以上のものを多化性昆虫(2化(ニカ)メイガ,3化(サンカ)メイガ,ツマグロヨコバ
イ(4〜5化),ヤノネカイガラムシ(2〜3化)ほか)といいます。
昆虫の化性を決めている主な要因には二つあり,一つは前述の積算温度法則に代表さ
れる温度と発育の関係,今一つは休眠です。休眠とは内分泌機構の支配による自律的な
発育休止状態のことをいい,低温など外界要因の直接の作用による単なる休止とは明確
に区別されます。したがって休眠期間においては積算温度の法則は成立しません。休眠
は,温帯や寒帯に棲む昆虫には広くみられる現象で,主として冬の厳しい条件を耐え忍
ぶための一つの積極的な適応戦略とみなされます。温帯にみられる昆虫でも亜熱帯,熱
帯を起源とするもののなかにはトビイロウンカやハスモンヨトウ,ウラナミシジミなど,
明確な休眠を持たない種も少なくありませんが,これらのものでは厳寒期に絶滅ないし
それに近いロスを被るのが通例です。
△個体群の生長と密度
ある生息場所に棲む同一種の全個体の集団を個体群といいます。個体群はいわば自然
における生物の種というものの具体的な存在様式であり,個体数又は単位面積当たりの
生息密度で示される大きさはその種のそこでの繁栄度そのものを表すことになります。
世代から世代への個体群生長における内的な繁殖能力は産卵能力によって規定されま
す。昆虫の1雌当たりの産卵数は普通数十から数百,なかには数千以上に達するものま
であり,種や生活様式により変異が大きいです。作物害虫の多くのように不安定,不確
実な環境に棲むものでは産卵能力が高いのが通例で,例えばトビイロウンカでは約1,00
0,アワヨトウでは約1,500にも達します。しかし,勿論現実にはこれらの卵の大部分は
成虫に至らずに死んでしまいます。昆虫の個体数は平均的には種ごとに一定のレベルを
保っているので,卵から成虫までの自然生存率の長期的な平均値はほぼ 2/F (Fは
交尾雌当たりの産卵数,性比は0.5とする),すなわち産卵数が多いほどそれに反比例
して生存率が低いことになります。
潜在増殖能力を決めるいま一つの要因は世代期間の長さです。発育の早い昆虫は好適
な条件下では非常な速度でネズミ算増殖をすることができます。イエバエや夏の増殖期
のアブラムシ類などがその好例です。ただし,発育の早さは個体群にとっていわば両刃
の剣であり,いったん条件が悪化すればその衰退を著しく早める結果ともなります。
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