03b こんにちは昆虫たちよ〈昆虫基礎〉
 
 △同胞種
 昆虫の種分化の有り様は実に多様です。例えばギフチョウと呼ばれる蝶は世界中にわ
ずか4種しか生息していません(東アジア)。この4種は分類学的にはLuehdorfiaとい
う1属にまとめられます。これに反してヒメハナバチ(姫花蜂)はと呼ばれる花蜂は世
界中(全北区のみ)に1500種以上もいて,わが国にも約80種,福岡市郊外だけでも約30
種が生息しています。これらはすべてAndrenaという1属にまとめられています。
 福岡市郊外のヒメハナバチをよく調べてみると,形態的な差が顕著に認められる種,
それほど差が明きらかでない種,かなり似ている種,非常に似ていて区別が難しい種な
どがあって,形態的な種間の差が多様であることが分かります。形態的にはほとんど差
がないけれども交雑しない二つ以上の種を「同胞種(姉妹種,sibling species)」と
いいます。
 前記のギフチョウ4種(ギフチョウ,ヒメギフチョウ,シナギフチョウ,オナガギフ
チョウ)は同胞種です。この4種は互いに分布地域を異にするので異所的種(allopatri
c species)と呼ばれます。福岡市郊外のヒメハナバチのように同じ地域に生活するもの
を同所的種(sympatric species)と呼ばれます。エンマコオロギ同胞種群は同所的種の
著明な例です。
 △種以下のカテゴリー
 種以下のカテゴリーでは,分類学上命名の対象となる亜種(subspecies)だけです。亜
種は地理的隔離によって派生した個体群で,原亜種とは形態的差異が認められるが,ま
だ生殖的隔離機構まではでき上がっていないものをいいます。
 例えばミカドアゲハは日本の西南暖地以南東洋熱帯に広く分布しますが,これらの地
域で11の亜種に分けられています。このように亜種が分化したものを多型種(polytypic
 species)といいます。日本の国蝶であるオオムラサキは中国大陸まで分布しています
が,地方的変化をとげていないません。このような種を単型種(monotypic species)と
いいます。
 種の中には環境要因の影響をうけて形態の相違が地域的に移行してゆく場合のことを
クライン(cline)といいます。
 植物や動物の中には,生息地に対する生理的,生態的な適応的変化が遺伝的に安定し
ているものがあります。これを植物学では生態型(ecotype),動物学では生態品種(ecol
ogical race)と呼んでいます。害虫では深谷が見いだしたニカメイガの庄内系(寒地型
)と関西系(暖地型)などの例があります。寄生蜂の中には同一種でありながら同一宿
主に対する寄生種を異にする集団が認められています。これを地方品種(local race)と
か生態種(biological race)などと呼んでいます。トビイロウンカの中には,ウンカ抵抗
性として育成され実用に供されていたイネの品種に,突然たやすく加害する集団が現れ
ます。これをバイオタイプ(biotype)と呼んでいます。
 チョウ,テントウムシ,カメムシなどの仲間のなかに,色彩・班紋を顕著に異にする
ものがあります。これらを型(form)として識別されることがあります。
 
〈命名規約と学名〉
 △命名法
 動物の命名とは分類の結果認定される各々のタクソンに対して特定の名称を与えるこ
とであり,分類の必然的な結果です。そのような特定の名称を学名(scientific name)
といいます。例えば学名「Papilio machaon」は生物に与えられた正式な名称ですが,
これに対して和名「キアゲハ」や英名「the swallow-tail」などは通俗名といわれます。
動物の学名は国際動物命名規約(International Code of Zoological Nomenclature)に
よって規定されています。
 動物の学名はラテン語として扱われます。種は二名式,亜種は三名式,属以上のタク
ソンは一名式で表現されます。属名はすべて単数主格の名詞であり,したがって男・女
・中性があります。また,科名の語尾は -idae,亜科名は -inse,族名は -iniに終わ
り,いずれも複数形です。
 学名の安定と普及を図るため,ある一つの種に対する学名,ある一つの属に対する学
名,ある一つの科に対する学名はそれぞれ一つしか認められていません。しかし現実的
には例外があります。同一タクソンに別な学名を与えられるとを同物異名(単に異名 s
ynonym),別のタクソンに同じ学名を与えられることを異物同名(単に同名 homonym)
といいます。これらはすべて先取権の法則(Law of Priority)によって整理されます。
 △種名
 種名(species name 又は name of a species)は属名(generic name)と種名(species 
name)を組み合わせた二名式(binomen)によって表される。
 セイヨウミツバチの学名は
 
     属名 種名      命名者名
        Apis mellifera Linnaeus
 
てす。学名(属名と種名)は通常イタリック体で表示されます。命名者は付記してもし
なくてもいいです。
 亜種名を表示したい場合は属名と種名の間にカッコを用いて示します。例えば東南ア
ジアのオオミツバチは
 
     属名 亜種名    種名    命名者名
     Apis (Megapis) dorsata Fabricius
 
です。この表示は二名式です。
 亜種名を示すときは種名の次に亜種名を書きます。これが三名式です。例えばわが国
のムネアカアシヒメハナバチの学名は
 
     属名  種名       亜種名    命名者名
     Andrena haemorrhoa japonibia Hirashima
 
ですが,本種はヨーロッパ産の Andrena haemorrhor (Fabricius)の亜種です。
△タイプの概念とタイプ標本
 タイプとは学名を適用する基準となるものをいいます。学名には科群名(科名,亜科
名,族名),属群名(属名,亜属名),種群名(種名,亜種名)などかあります。科の
タイプは一つの属ですし,属のタイプは一つの種ですし,種のタイプは(1個)の標本
です。
 
〈昆虫の生態〉
 △生活史の成り立ち
 生まれ,発育し,子を遺して死ぬーーーすべての生物はこの過程を果てしなく繰り返す
ことによって自らの種族を維持しています。この経過,つまり個体の一生の内訳のこと
を生活史(life history)といい,これを明らかにすることが種の生態(ecology),すな
わち生存への努力の種々相を解明するための第一歩となります。
 個体としての生活は卵の授精とともに始まり,卵殻内での胚発生を経て,幼虫の孵化
という一つの節目を迎えます。幼虫期の生活史上の役割は,外界から食物を摂って同化
と成長を遂げることにあり,翅を欠くので移動力は小さいのが普通です。この孵化後の
発育のことを後胚発生といいます。無翅亜綱(シミなど)や有翅亜綱の不完全変態群(
トンボなど)に属する昆虫では幼虫の発育完了後,直接成虫羽化に至りますが,完全変
態類(コガネムシなど)では一旦蛹化して一定の蛹の期間を経た後に成虫となります。
蛹期は生理的には劇的な変革期にあたりますが,生態的には一般に活動休止期であって
摂食や移動はこの間全く行いません。
 成虫は雌雄の別が明確で生殖機能を具え,無翅亜綱及び有翅亜綱のうち翅が二次的に
退化した一部のグループ(隠翅目など)を除いて翅を持っていて移動能力が高いのが特
徴です。生活史上成長に課せられた使命は,その高い運動能力を利用しつつ効率的に交
尾を行い,また適切な場所に産卵して子孫の繁栄の基盤を確保,拡充していくことにあ
り,成虫の産卵によって規定された枠のなかでの食物資源の利用,同化という幼虫の果
たす役割とは著しい対象をなしています。摂食活動を成虫期にも行う種は多いが,それ
によって得たエネルギーは,ここでは卵巣発育や上記の活動のために利用されることに
なります。
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