23a 四季の鳥
このころドロノキやイタヤカエデの若葉には頚のいやに長いドロハマキチョッキリや
イタヤハマキチョッキリが群れて,その葉を巻物のようにくるくると巻いて中に産卵を
し,いわゆるカッコウの落文オトシブミをつくる。オオヤマザクラの小枝では卵で越冬した
メスアカミドリシジミの幼虫が孵化し,ミズナラの枝ではアイノミドリシジミやジョウ
ザンミドリシジミの幼虫が,カシワではウラジロミドリシジミやハヤシミドリシジミの
幼虫が,コナラの枝ではダイセンシジミやミズイロオナガシジミの幼虫が,オニグルミ
の枝ではオナガシジミの幼虫が,マンサクではウラグロシジミの幼虫が,ブナではフジ
ミドリシジミの幼虫が孵化し,若芽や若葉を食って育って行く。落葉の下に埋もれて越
冬したオオムラサキの褐色の四令幼虫もこのころエノキの幹にはい上がり,ついで五令
となって色も若々しい緑の体色と変化し,若葉を食ってもりもりと成育して行く。これ
らの幼虫類はカケスを初め多くの野鳥にとっては最高のご馳走で,見つかればたちまち
餌となる。このころ巣づくりを始めるアシナガバチやスズメバチもこれらの蝶の天敵で,
かみつかれ肉団子として巣に運ばれる。
山端の草原には,可憐なニリンソウの白花の大群落や,カタクリの紫紅色の優雅な花
が咲き乱れる。オキナグサの赤紫色のチューリップに似た花には白い綿毛が無数にある
が,花弁が散ればあとには白髪の老翁を思わす長い白毛のある種子が残る。三月ごろに
雪の下で早くも孵化し,ムラサキケマンの若葉を食って育ったウスバシロチョウの幼虫
は,このころ蛹から羽化して蝶となり,白く透きとおる翅で,春の女神のようになよな
よと草原の上を春風にのって舞っている。ミツバウツギの白い花には花の蜜を求めてシ
ラホシハナムグリ・コアオハナムグリなど色とりどりの甲虫類が集まる。このころ奥塩
原の大沼近くの湿地には流れのほとりに白い苞を飾ったミズバショウの花が群落で萌え,
草原にはマムシグサやウラシマソウが暗紫色を帯びた奇妙な形の仏焔苞を見せて萌え出
る。春も盛りを過ぎ,林間に源平合戦のころ侍たちが背に負った母衣ホロに似た花を飾る
クマガエソウやコアツモリソウの袋形の花が群落で咲いて,かの華やかだった熊谷と敦
盛との一の谷の戦記を偲ぶ。ナツグミの白い花もここかしこに咲き,この花には橙黄と
黒,白との鮮かな斑紋をもった翅で活発に飛ぶ昼行性の蛾のトラガが群れる。
山林のトチノキの花には,黄と黒との目立つ縞模様の翅をもったフジキオビが飛来し
て,その蜜を余念なく吸う。この蛾は山地性の極めて珍しい蛾である。林ではエゾハル
ゼミやコエゾゼミの声がしきりに聞こえる。林縁のノイバラやキイチゴの白い花には,
黄褐色のジョウカイボンや紅の鞘翅をもったアカハネムシ・ヘリグロベニカメムシなど
が群れるが,その中のいくつかは野鳥の餌として狙われる。ハバチ類も草原に多いが,
葉を食うハバチの幼虫はオオルリ・キビタキ・センダイムシクイなどの夏鳥がヒナを育
てるときの餌として格好のものである。
このころ杉林や広葉樹の密林中にはサンコウチョウが夏鳥として渡り,特徴ある「ツ
キ,ヒ,ホシ,ポイポイポイ,キャキャ」という声でさえずっている。やがて林の中の
小枝の二叉の所に,雌雄で深いコップ形の巣をつくり始める。巣材は樹皮がおもで苔も
用い,クモの糸で巧みにまとめていく。雄はからだよりも長い尾をひるがえして林間を
飛び,雌の巣づくりの手助けをする。雄は冠毛があり,頭は濃紺,体はエンジの美しい
色で,とちばしと眼の周囲の輪は鮮かなコバルト色でなかなか艶麗な鳥である。
クロツグミ・マミジロ・アカハラ・トラツグミなども山林で繁殖を始める。アカハラ
はキョロン,キョロン,チュリーと朗らかな声でさえずり,マミジロはキロイッーと一
声澄んだ声で鳴く。アカハラとマミジロは奥塩原の高原山一帯に多いが,クロツグミは
中塩原や山麓の那須野原でも繁殖している。このころはキョロッ,キョロッ,キョロッ
というクロツグミの特徴ある歌声が山林で賑やかになる。「焼酎一杯ぐいー」と鳴くセ
ンダイムシクイも,山麓の塩原や新湯あたりの山地の草原で,その草の茎でつくったド
ーム形の巣で抱卵中だ。
奇妙な触角をもち,黄色の後翅の目立つキバネツノトンボがたくさんに羽化して草原
の上を低く活発に飛び,ヒトスジサナエトンボやハキサナエトンボがセロハン様の柔ら
かい翅で弱々しく草原を飛ぶ。林の中ではアマガエルやアオガエルがキュキュキュと低
い声で鳴き,夕暮れともなれば水田ではトノサマガエルの愛の喧噪交響曲が高く低く夜
をこめて続けられる。山のモミ,スギなどの暗々した林の奥からは黄昏タソガレと共にコノ
ハズクのブッキョウ,ブッキョウといういわゆる声の仏法僧の声が盛んだが,その盛り
には真昼間にも鳴くことがある。
真赤な衣裳を装い,太くたくましい深紅のとちばしをもった華麗なアカショウビンは
このころ南から渡ってくるが,渡ると直ぐに林の中でキョロローという流れるように美
しいさえずりを始める。この鳥はアマガエルやアオガエルを好んで食い,また沢に多い
サワガニを好物にしている。林間の朽ち果てた幹にくちばしで孔を穿って巣とし,その
中に純白で光沢のある球形の卵を産む。青葉の林をすみ家とするこの鳥は,からだは光
の工合で赤紫の金属光沢を放ち,腰には翡翠ヒスイ色の宝石のような斑紋がある美しい鳥だ
が,青葉にかくれてその姿を見る機会は少ない。
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