23 四季の鳥
 
            四季の鳥「大自然に生きるもの」
 
                   「四季の鳥(保育社発行)」は昭和38年4月
                  の初版発行です。最近では絶滅したのではない
                  かと危惧される種類の野鳥も取材されています。
                   本稿では,この「四季の鳥」を参考に,著者
                  の清棲幸保キヨスユキヤス氏の「大自然に生きるもの」
                  を掲載しました。当時の自然の営みが偲ばれま
                  す。また,野鳥の鳴き声にも注目してみて下さ
                  い。本稿は原文を忠実に転記することに努めま
                  した。                SYSOP
 
 大自然に生きるもの〔塩原(栃木県)の自然をたずねて〕
 
【春】
 塩原の最高峯日留賀岳(1848m)の頂が,まだ冬姿のままで白銀の雪にきらめく三月,
冬の間小川のほとりの崖や人家の納屋の柴木シバキの下などできびしい寒さに堪えて来た
ミソサザイが,真先に春陽に輝く小滝の氷柱の間で,銀鈴を振るような細々とした声で
さえずり始める。渓流にすむカワガラスもこれに負けじとさえずり始め,ついでセグロ
セキレイも屋根の上や電線等で春の調べを口ずさみ始める。餌にとぼしいこのころは渓
谷にすむヤマドリも食を求めて雪の渓々を歩くが,朝夕は高い梢にあるヤドリギの実や
ツルマサキの実などに群れてこれをついばんでいる。冬枯れた梢には,ウソが群れて枝
わたりしつつ,ふくらみ始めた芽をついばみ,ときには地上でこぼれ落ちた木の実や落
葉などをあさる。シメやイカルもこのころ地上に群れて,落葉や木の実を盛んについば
む。山裾のヤマハンノキの梢にはマヒワの大群がとまってその花穂をついばみ,アトリ
・カシラダカなどの冬鳥たちもたけぼや草むらで餌あさりに余念がない。北に帰る前の
ツグミもたんぼでここかしこ歩みつづけて餌をあさる。
 めっきりと春めいた青空のもとに高々と枝を張るニレやミズナラの梢からはゴジュウ
カラのフィフィフィフィと続ける春告げるさえずりが,ゆったりと風にのって流れる。
シジュウカラ・ヒガラ・エナガなどは一群の集団で林から林へと餌をあさる。ヒガラは
特にアカマツやスギの種子を好んでついばみ,シジュウカラとヤマガラはツルマサキの
実に群れるが,ヒガラ・コガラ・エナガはこの実は好まない。やがて春の光が強くなっ
て林間の雪がとけ始めると,シジュウカラは大群となり,落葉をくちばしでつついてそ
の下にひそむ数々の越冬昆虫類を餌とする。
 三月の末から四月の初めごろには,夏鳥のイワツバメがまず姿を現わし,次いでツバ
メが飛来し,日一日とその数が多くなる。イワツバメは渡るとすぐに軒端の古巣を修理
し始めるが,巣材は川畔の湿地からくちばしで集めてくる土と草の茎である。親鳥は毎
日朝早くから夕べまで働きづめで,その巣を一週間ぐらいで完成させる。イワツバメは
ツバメとちがい集団で営巣する。キセキレイも冬の暖かい地から夏のすみ家に帰ってく
るが,雄ののどは早くも黒々とした夏羽になっている。この鳥は石垣の間や人家の軒下
などに巣づくりをする。湧水の豊富な水田には早くもアカガエルのゼリー状の卵塊がお
びただしく緑藻類の中に浮かび,澄んだ水面をコセアカアメンボが長い四肢を張り水輪
を描きつつ,ぴょんぴょんと活発にわたり歩く。竹薮中にはモズが巣をかけて,春のい
ろいろな虫を捕えてヒナを養う。暖かい日射しの日には越冬したスジボソヤマキチョウ
が弱々しく舞い出て,クロウメモドキの小枝の先に細く尖った白い小さな水晶の結晶の
ような卵を産みつける。
 山林ではキブシ・マンサク・フサザクラなどの木の花がひっそりと春を告げるかのよ
うに咲き,次いで赤紫色のアカヤシオツツジのあでやかで大柄な花が渓谷の崖を賑やか
に飾り立て,コブシの純白で清楚な花が梢を美しく彩って,ほのぼのとした香気があた
りに漂う。ミヤマセセリ・コツバメ・スギタニルリシジミなどの早春の蝶が早くも羽化
し,ヒオドシチョウ・アカタテハ・クジャクチョウ・キベリタテハなどの越年蝶が崖下
の越冬地から舞い出て,うらうらする春の光を浴びて地上で翅を広げて日光浴をし,と
きどき思い出したように翅をひるがえして低空を舞う。このころセセリチョウによく似
た蛾のヨツボシセセリモドキが舞い始める。山道の路傍には藍色光沢が強い鋼鉄色のオ
オツチハンミョウが見られる。
 やがてウグイスのホーホケキョの初音が聞こえ,ヤマザクラやオオヤマザクラの花が
咲き始め,ついでニハトコの白い小花やヤマブキの黄花が林縁のここかしこを飾り始め,
木々の新芽も萌え始める。オオモミジやハウチワカエデの小枝には若葉と共にその赤々
とした花が垂れ,花には終日トラマルハナバチやクロマルハナバチが群れて蜜をなめる
のに余念がない。キジバトがデデポーポーとのどかな声で鳴き,巣のある林に舞い戻る
際には,タカ類そのままの飛び方で舞いおりて行く。このタカの飛び方に似た擬態は自
然が弱者に与えた本能の一つだろう。
 林では早くもアオゲラがピョーピョーと鋭い叫ぶような声で鳴いて愛の告白をし,オ
オアカゲラやアカゲラはくちばしで幹を激しく叩いてカラカラカラーンという奇妙な音
を立てるが,これも雌雄が相互に交わす愛のシグナル音だ。毎年四月末から五月初めご
ろになるともろもろの夏鳥たちが渡り始め,オオルリ・キビタキ・コサメビタキや,セ
ンダイムシクイ・サンショウクイなどが一斉にやってくるが,オオルリは特にたくさん
で群れて渡る。渡って数日はほとんどさえずらないが,長旅の疲れを忘れるころには各
々がその繁殖地の縄張りや配偶をそれぞれ定め,歌い場所もほぼ定めて,それ以後は終
日さえずり続けることが多い。
 多くは雌雄が協力して巣をつくるが,巣をかける場所は鳥の種類によってちがう。オ
オルリは崖や朽ちた幹の凹みに蘚類コケルイで巣をつくり,キビタキは樹洞中に落葉で巣を
つくり,コサメビタキは枯枝の上に木の皮や蘚類で巣づくりをするが,これらはいずれ
も本能のする作業といえる。
 このころになると樹の洞の中や人工の巣箱などには,巣をつくるシジュウカラ・ヤマ
ガラ・コガラなどの出入りが頻繁で,ついで蘚で巣づくりにかかり,卵を産んで,抱卵
にはいる。山里では,さらに奥山に渡って行くエゾムシクイのシチピ,シチピというゆ
るやかなテンポの遅いさえずりが聞こえ,高山に行くメボソムシクイの声もする。
 山々に新緑が萌えるころともなれば,ツグミ・アトリ・マヒワ・ベニマシコなどの冬
鳥はいずれも北の国の遠い故郷に渡り去ってしまう。山や谷々を覆う若緑や濃い緑の配
色に明るく彩られたコナラ・ミズナラ・ブナ・ハンノキなどの広葉樹林からは,カッコ
ウ類で最も渡りの早いツツドリのフォン,フォン,フォンと太鼓の音に似た声が聞こえ,
ついでジュウイチのジヒシン,ジヒシンという激しい絶叫が聞こえる。春は山麓から始
まって次第に山頂に進むので,ときには渓谷の林の緑は濃いが,山腹は新緑,山頂は冬
枯れのままということもある。やがて森や林は日毎に緑の色が濃くなり,トチノキの梢
に手のひら形の大らかな若葉が開き,クリーム色の鉾ホコのような花が高く賑やかにこれ
を飾り立てる。林縁の山道にトラフシジミが青紫の翅で一つ二つ舞うころには,可憐な
ヒトリシズカの白い小花がややわびしげに群落で草原に装う。林の上をサンショウクイ
がヒリヒリン,ヒリヒリンと鈴音で鳴き,ヒヨドリがピーヨ,ピーヨとヤマザクラの梢
で鳴いてその漿果ショウカをついばむ。
 
                         参考:保育社発行「四季の鳥」
[次へ進んで下さい]