15 森に棲む野鳥の生態学〈林業と野鳥の調和のために〉
 
       森に棲む野鳥の生態学〈林業と野鳥の調和のために〉 
 
林業と野鳥の調和のために〈調和のための指針〉
 
〈森林,林業の現況と未来〉
 世界の森林面積は40億haで陸地全体の30%です。その森林が年々2千万haの割合で消
滅しています。このうち5百万haは砂漠化が進行しています。
 野鳥を含め生物相の豊かな熱帯雨林の破壊は,遺伝資源の保全の面からも後世に大き
な悔いを残すことになります。
 わが国の国土に占める森林面積は67%ですが木材消費量も多く,木材重要の60〜70%
を輸入に頼っています。特に東南アジアの生態系の保全が問題になっており,伐採した
熱帯林地帯への造林技術対策について,技術者を派遣するなどして支援する必要があり
ます。
 わが国の森林政策については,間伐遅れの不健康な林を解消しつつ,国土保全,水資
源の確保,森林浴,探鳥会など森林のもつ公益的機能の維持向上を図り,広葉樹資源の
維持造成,自然保護に考慮する必要があります。経費と人材は,伐採・造林技術の開発
にのみ向けられるのではなく,いかに森林生態系を保全するかにも大きく配分されるべ
きです。
 
〈林業と野鳥との接点〉
 木を伐れば当然野鳥を含めてそこの生態系に何らかの影響を与えます。「鳥獣保護及
び狩猟に関する法律」による鳥獣保護区の義務づけ以外は,森林の野鳥の保護行政は行
われていません。
 どのような森林であっても野鳥を含めた動物が生息し,様々な生態系を構築していま
す。それが歪んでいれば害虫獣が発生したり,災害が起こります。
 このように森林と野鳥は相互依存的な関係にあり,両者が共存していくことが必要で
す。有用広葉樹が野鳥によって自然に生えてくる林,害虫獣が知らないうちに野鳥に退
治される林,農薬を撒かなくても済む林,都会の人が野鳥を楽しめる林,そしていつま
でも森林の恵みが人類に与えられる林,こうした林を造ることが人間なかんずく林業に
たずさわる人の希望ではないでしょうか。
 
〈保護管理の指針〉
 「あらゆる森林地域に豊かな鳥類群集を維持すること」です。
 これは,林業を行う地域では伐採に伴う鳥類群集への影響をできるだけ小さくし,育
成途上の林においても豊かな鳥類群集を維持するように様々の配慮を図ることを意味し
ます。また現存する森林だけでなく,砂漠化,都市化した地域にも緑を回復し,豊かな
鳥類群集を造成するのは勿論です。
 この指針は日本の森林だけでなく,世界の森林にも当てはめてゆくべきものと考えま
す。世界の森林はその地域地域で各々重要であるだけではなく,渡り鳥の繁殖地,越冬
地として相互に関係が深いです。世界中に多様性の高い緑の資源を維持造成し,豊かな
鳥類群集を形成することが,特に木材資源消費国たる日本の責任でありましょう。
 
 
林業と野鳥の調和のために〈広域的な保護対策〉
 
〈国際的な保護計画〉
 どの国においても,森林は環境保全上問題が生じないような取り扱いを,まず自国の
責任において行うことが必要です。野鳥の季節的な渡りを考えれば,自国の森林の豊か
な鳥類群集が生息できるように管理することは,諸外国に対する義務です。
 現在,日米,日豪,日中各国間で渡り鳥保護条約が結ばれ,さらに特殊鳥類の譲渡等
の規制に関する法律,希少動物の取り引きに関するワシントン条約,湿原生態系を守る
ラムサール条約などが発効しています。
 しかしわが国の多くの野鳥が渡ってゆく東南アジア諸国との渡り鳥条約はまだなく,
また森林の鳥類群集を保全するための取り決めや施策も,国際間でまったく行われてお
りません。
 
〈原生保護区域の設定〉
 わが国の典型的な自然鳥類群集を保護するためには,地域林相タイプ別に原生保護区
域を設定する必要があります。保護に必要な面積は,地域林相タイプによって異なりま
す。それは地方により林相により,そこに分布生息している鳥種の数が異なり,それが
異なれば種数面積曲線の関係から必要面積も変わってくるからです。たとえば東北地方
のブナ林では,繁殖期に推定57種ほどの野鳥が生息していますが,これに必要な最低面
積は7千haになります。
 原生保護区域は,理論的にも実際的にも団塊状にまとまって設定することが望ましい
です。
 
〈貴重種の保護〉
 日本特産種の中で個体数の少ないヤンバルクイナ,ノグチゲラなど,日本で数が少な
くなったシマフクロウ,イヌワシなど,地域的に数が少ない種(東北のクマゲラ)など
はその生息環境である森林とともに保護対策を進める必要があります。
 生息数の少ない鳥種の多くは,あちこちの山岳に孤立して生息しています。孤立化に
よる絶滅の確率を低めるために,各山岳を結びつける林の回廊を維持造成する必要があ
ります。
 
〈越冬地の保残,都市の緑化〉
 日本国内の森林の配置を野鳥の眼から眺めたとき,漂鳥や冬鳥が安心して越冬できる
好適な条件を持つ低地里山や暖地の林が不足しています。
 低地里山は傾斜が緩く気候も厳しくないので,スギ,ヒノキなどの単純人工林になっ
てしまいましたが,これからは針広樹林ないし針葉樹林のモザイク状の配置に導く必要
があります。また暖地では現存する天然林は極力保存し,広葉樹の導入,地域の潜在自
然植生に戻すことなどが必要です。
 都市においても豊かな鳥類群集を造るためには,繁殖,採餌,休息などの要件を満た
すものではなくてはならないし,その配置は線状,面状につながりと広さを確保しなけ
ればなりません。
[次へ進んで下さい]