14 森に棲む野鳥の生態学〈森林の鳥類群集の生息実態〉
 
       森に棲む野鳥の生態学〈森林の鳥類群集の生息実態〉
 
森林の鳥類群集の生息実態〈鳥類群集の成り立ち〉
 
〈鳥類群集とは〉
 野鳥の個々の種類は,各々地史的,生態的な経過を得て獲得した一定の天然分布範囲
内の選好する環境に生活しています。森林に棲む野鳥は,森林の構造,水平的,垂直的
(ここでは標高を指す)配置に応じて選択的に生息しています。つまり棲み分けている
のです。季節的な移動はあっても,各々の場面でやはり種の選好する森林環境に依拠し
て生活を続けています。
 したがってある季節にある一つの林をとってみれば,そこの地理的位置及び森林構造
又は環境容量に対応して,ある程度定まった鳥類及び個体数密度が存在するといえます。
そこである時期にある地域なり林に生息する鳥類及び個体数を合わせたものを,鳥類群
集と呼ぶことにします。これは何も森林に限ったことではなく,都市,村落,耕地,草
地,湿地,河川,湖沼,海洋など,地球上のあらゆる環境に各々独特の鳥類群集が存在
するのです。またそこに存在するすべての鳥を指す場合のほか,昼行性鳥類群集とか,
補食者群集など,一部分を取り出して指すこともあります。
 これらは鳥類群集の組成を表すが,鳥類群集は,種社会を営む個々の鳥種ごとの種内
関係と,天敵関係を含む鳥類の種間関係の二つが,環境全体と対応して有機的な社会関
係を保っています。そして鳥類群集は動物全体からみれば,その部分社会を構成します。
社会といっても,地域の野鳥すべてが一体となって,何かの目的を持って社会生活をし
ているというわけてはありません。またすべての鳥種間に争いや協調の社会関係がある
わけでもなく,関係グループ(輪)は部分的に途切れてグループ単位に分かれていると
見た方が良いでしょう。しかし鳥類間での餌資源の分割利用など,地域の鳥類群集が地
域の様々の環境資源の総体をめぐって,競合分割の生活をしていることを,一つの社会
関係と見なすことはできるでしょう。
 次に鳥類群集の広がりの範囲ですが,これは特に限定はありません。つまり日本全体
の森林の鳥類群集とか,日本の鳥類群集といった言い方もありますし,岩手山の鳥類群
集とか村の鎮守の森の鳥類群集,果ては1本の柿の木にくる鳥類群集という捉え方もで
きるのです。しかし,本稿ではこれらを扱う鳥類群集の単位は,一応一続きにまとまっ
た同じタイプの林の中の鳥類群集とします。ただし必ずしも同一の樹種の林というわけ
でもなく,例えば若齢人工林,壮齢人工林の鳥類群集など,樹種の違いを問わないよう
な扱い方も含めます。はじめに鳥類群集組成の成り立ちに違いを生ずる一つの原因とし
ての,野鳥の分布や棲み分けの実態を見てみましょう。
 
〈キツツキ類の分布〉
 日本で記録のあるキツツキ類は,オオアカゲラ,コゲラ,ヤマゲラ,コアカゲラ,ア
カゲラ,クマゲラ,アリスイ,アオゲラ,ノグチゲラと北海道のミユビゲラ,長崎県対
馬のキタタキの11種ですが,ミユビゲラとキタタキは日本国内ではすでに絶滅したと考
えられます。残り9種のキツツキ類は,ノグチゲラを除き北に多く分布しています。こ
の傾向はホオジロ科,アトリ科,ムシクイ科,ツグミ属,小型ツグミ類,モズ属など,
シジュウカラ類,ヒタキ類を除く多くのスズメ目の小鳥でもみられます。南で少ない原
因は,分布の周辺性によるのか,暖地の開発が昔から続いてきた結果なのか,他の理由
かはまだ分かっていません。北海道と本州以南,及び九州と奄美・沖縄の間ではキツツ
キ類をはじめ,多くの生息鳥種に違いがあります。これは海峡の形成に伴う地史的な隔
離条件の違いに基づいています。
 本土周辺の島々に棲むキツツキ類は,本土から離れるに従って小型化しています。ま
たオオアカゲラとアオゲラ,オオアカゲラとアカゲラは一緒に生息する例はなく,これ
は両種の生態が良く似ているので共存が回避されているためとの報告があります。
 本土四島と他の小島は面積に応じて,それが広くなるほど棲みつくキツツキ類の種類
数が増えるとの報告があります。これはいわゆる種数面積曲線の関係で,植物でも動物
でも一般的にみられる現象です。
 このように森林構造の違いによらない鳥類の分布や構成種数の違いは,地史的要因,
面積による環境容量の絶対的差異,分布の中心性と周辺性,その種の移動力,種間競合
などによってもたらされた結果です。
 
〈垂直分布〉
 岩手県早池峰山での標高による分布では,その生息種数は山頂からブナ帯下部へ向け
て徐々に増加し,以降減少に向かっています。山岳の中腹部で種数が最も多く,上下に
向かうにつれ減少する傾向は,日本アルプスや富士山など日本各地で広くみられる現象
で,これは野鳥にとっての生息環境の好適性,多様性ないし人為の影響を反映したもの
と考えられます。
 つまり山頂へ向かうと気象条件の厳しさとそれを反映した植生の単純化,低木化又は
裸地化があり,山麓に向かえば森林の伐採,人工林化や村落耕地の形成が起こるのです。
もう一つは山頂部に比べ山麓の方が面積が広いので,種数面積曲線の関係が影響してい
るのです。その点からみると,クリ・コナラ林帯以下の種数の減少は人為の影響が強く
現れていて,日本各地の里山の森林は,とっくに本来の自然の鳥類群集ではなくなって
いることを示唆しています。
 種類別の分布を見ると,本来塊で優占するメボソムシクイ,ヒガラをはじめ,ウグイ
ス,ミソサザイ,ハシブトガラス,ハリオアマツバメなどが広く上から下まで生息して
います。
 高さによる日本の記録では富士山でハシブトガラス3000m,イワヒバリ3400mという例
があります。ヒマヤラでキバシガラスが8000mまで生息します。ペルーのアンデスでは
261種の野鳥のうち,その50%は生理的制約で分布標高が定まり,残り31%は棲み分け,
19%は植生条件で決まるといわれています。
 生理的制約条件とは,一つは選好する植生,林相構造であり,もう一つは種間競合で
す。植生要因は例えば林内のヒタキ空間といわれる場所で餌をとるヒタキ類は,低木状
のハイマツ林には棲めないということです。種間競合要因はいわゆる標高的棲み分けで
近縁種間に多いようです。キツツキ類,サメビタキ類,ホオジロ類,キジ類,ヒバリセ
キレイ類などでも棲み分けが存在すると考えられます。
 早池峰山では餌生産量の予測可能量の差により,標高的棲み分けがかなり重なってい
ます。これに対して熱帯山地では,例えばニューギニア本土の2種のメジロは標高1200
mで棲み分け,1種しかいない島では1600mまで上昇分布しているといわれています。熱
帯では餌が年間を通じてほぼコンスタントで,それだけ種間競合が厳しいということで
しょう。
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