13 森に棲む野鳥の生態学〈森を守る野鳥たち〉
 
        森に棲む野鳥の生態学〈森を守る野鳥たち〉
 
森を守る野鳥たち〈インフォメーション〉
 
 森に棲む野鳥は,その生息場所として種類ごとに好みの林相タイプを選び,餌をとり
営巣場所を定め,またねぐらや水浴び,ソングポスト,見張り場などその生活のすべて
を森林とその周辺に依存していることが前章から理解されました。
 なかでも餌の問題については,森林のあらゆる資源を分割利用し,その餌の量によっ
て生息数や繁殖生態が強く影響され,社会生活様式も適応分化していることも分かりま
した。それほど餌の量に大きく依存した生活をしているとすれば,逆に餌の方も野鳥の
摂食によってその数が強く影響されるものと考えられます。
 個体群生態学の立場からみれば,野鳥による捕食は餌となる「虫」の数を制御してい
るか,群集生態学的にみれば鳥類群集は森林生態系の維持にどう関与するか,さらに応
用動物学的にみれば,野鳥は害虫をコントロールできるか,野鳥は木の実の単なる消費
者なのでしょうか。これらの点を明らかにすること,つまり森林生態系における野鳥の
役割,機能が解明されれば,野鳥の保護管理への理解が深まり具体的指針も定まってく
ることになります。
 
 
森を守る野鳥たち〈害虫獣の天敵としての野鳥〉
 
〈天敵としての条件〉
 捕食率とは,野鳥がその林に生息している全部の昆虫を捕食する能力です。
 野鳥が害虫の生息密度をコントロールする能力を持つためには少なくとも,常時ある
一定レベル以上の捕食率を保ち,しかも害虫が密度を高めた場合にそれに集中して捕食
する,密度依存的な捕食機構を持っていなければなりません。寄生昆虫との相互作用も
含めてシミュレーションを行い,野鳥が害虫個体群の変動を制御するためには,通常の
捕食率が25〜35%程度なければならないと推察された例もあります。この通常の捕食率
が余りに高過ぎた場合には,寄生昆虫の絶滅を招きかえって良くありません。
 
〈マツカレハの捕食実験〉
 マツカレハはマツ類の主要な食葉性害虫で,多くの他の食葉性害虫と同じく普段はご
く低密度で生息してまするが,徐々に密度を高めある年に異常な大発生を起こします。
そのピークは2〜3年続きやがて病気や寄生虫,飢えなどによって消滅します。本種は
毒毛を持っていて小鳥はそれほど好んで食べません。
 岩手山麓のアカマツ林でのマツカレハの放虫実験調査によれば,マツカレハの幼虫の
密度の増加につれて野鳥の捕食率が上昇することが明きらかとなり,捕食の密度依存性
が検証されたといえます。またごく低密度放虫の調査においても30%近くが捕食される
点が重要であります。野鳥の種類はオナガ,カケス,カッコウ,ホトトギスの4種が確
認され,これら4種の鳥の生息密度と一日摂食量から試算したha当たりマツカレハ幼
虫捕食可能数は約1万頭となり,平年密度千頭の10倍までは制御が可能であると推定し
ました。
 
     カラマツ林の害虫の野鳥による捕食率
 
        カラマツツヅミノ           カラマツイトヒキマキハ
 
  ガ幼虫現存量   185 kg      ガ幼虫現存量   144 kg
  マヒワ延頭数  2,600 羽      マクドリ延頭数   700 羽
  延捕食量       15.71 kg      延捕食量       12.51 kg
  捕食率       8.49 %      捕食率       8.69 %
                                      
〈マイマイガでの実験〉
 マイマイガは世界中に分布し,針葉樹,広葉樹を問わず食害する害虫で突発的の大発
生を起こします。
 岩手県盛岡市などのカラマツ林の調査では,局所的に発生した害虫の場合,捕食鳥が
多ければ制圧できるのに対し,林にまんべんなく発生した場合はかなりの捕食鳥がいて
も食べ残しがでるので,カラスなどの集結による捕食だけでは完全制圧は難しいことを
示しました。
 天敵による密度依存的な餌動物の捕食は,天敵の集合,増殖による捕食作用(数量的
反応という)と,天敵1個体の一定時間当たりの捕食数の増加(機能的反応という)の
複合作用によります。マヒワ,ムクドリ,カラス等の集結は前者の反応です。
 またマイマイガの生息量が増えると,一定の捕食可能量当たりの実際の捕食量は高く
なりました。つまり捕食鳥類群集全体として機能的反応があったことを示しました。
 
〈マイマイガの潜伏発生期の捕食作用〉
 前記盛岡市付近ではマイマイガは7月下旬ころ,雌の成虫が木の幹に茶白色の綿毛で
覆われた卵塊を産みます。卵塊はそのまま越冬して5月上旬に幼虫がはい出して木を登
りますが,孵化したもののうち90%は風に乗って分散します。
 マイマイガの潜伏発生期の卵塊密度はha当たり60個であるといわれています。1卵
塊内に平均500卵とすると,分散したものの内の18%と,もともと木に登った10%,計
28%が三齢期初期まで生存していることになります。この場合,捕食率を30%とすると,
 60×500=30000 → 30000×28%=8400  → 8400÷30%=28000
つまり28,000頭の捕食能力があれば,マイマイガの潜伏発生個体群の上限は完全に制圧
できることになります。
[次へ進んで下さい]