27a 植物の世界「水草の適応戦略」
 
〈他家受粉の仕組みも発達〉
 多様な栄養繁殖手段が発達する一方において,水草における有性生殖の重要性も過小
評価出来ません。寧ろ,水中生活への最たる適応が見られますのは,有性生殖において
かも知れません。水草の中にも,花だけは水面上に出す種が多いことは前述しましたが,
スイレンやコウホネの仲間,アサザ,ガガブタなど美しい花を持つ種も多い。これらの
花は,祖先の陸上植物と同様に虫媒花であり,他家受粉のための仕組みを発達させてい
ます。
 例えば,日本在来のスイレンであるヒツジグサの花は,未ヒツジの刻コク(午後2時頃)
に満開になるのでその名がありますが,1個の花が2〜3日開花し続けます。開花1日
目は,雌蘂の柱頭チュウトウは成熟し花粉を受け付けられる状態になっているのに対し,雄蘂
はまだ固く閉じており,花粉の放出は起こりません。他の花の花粉を昆虫が運んで来る
のです。2日目になって漸く雄蘂が立ち上がり,花粉を放出します。しかし,このとき
には雌蘂の受粉は終わっていて,その花粉は他の花に運ばれることになります。このよ
うに雌性シセイ先熟センジュクと云う性質は,自家受粉を避けて確実な他家受粉を保証する仕組
みであり,コウホネの仲間,ジュンサイ,ハスなどにおいても見られます。
 
 他家受粉を保証するもう一つの仕組みは,ガガブタやアサザなどに見られる異形イケイ花
柱カチュウ性です。これらの種は,雌蘂が長く雄蘂の短い長花チョウカ柱花チユウカと,雌蘂が短く
雄蘂の方が長い短花タンカ柱花を持ちます。そして,長い雄蘂の花粉と短い雌蘂(或いはそ
の逆)においては,仮に受粉が起こったとしても受精には至りません。長い雄蘂の花粉
は長い雌蘂の柱頭に付いたときのみ,短い雄蘂の花粉は短い雌蘂の柱頭に付いたときの
み,受精して結実に至ります(適合受粉)。アサザには,雄蘂と雌蘂の長さが中間的な
第三のタイプの花が存在しますので,話はやや複雑になりますが,ガガブタやアサザの
結実が見られるのは,原則として異なったタイプの花が存在する群落だけです。陸上植
物において広く発達して来ました自家受粉を避ける仕組みが,このような水草にも引き
継がれています。
 
〈特殊化した受粉様式〉
 しかし一方において,自家受粉によって結実する種が幾つか知られます。タヌキモの
仲間のノタヌキモやイトタヌキモは,大変結実が良い。開花時に,雄蘂と雌蘂が密着し
て自家受粉をしている様が観察出来ます。美しい花を咲かせるオニバスも,自家受粉を
する水草です。8〜9月に開花する開放花から形成された果実は貧弱で,あまり種子が
出来ていません。では,どうやって種子を形成するのでしょうか。実は水面に姿を現す
ことのない閉鎖花が,水中において自家受粉して結実するのです。丸々と肥大した果実
は,閉鎖花から由来したものなのです。
 このような閉鎖花を形成する水草としては,ヒシモドキやフサタヌキモが知られます。
流れの中において花茎カケイを立てられないバイカモや,水中に没したままのコナギなどに
おいても,結実は良好です。完全に開花しないまま,自家受粉によって結実するのです。
自家受粉は,訪花昆虫の存在や天候などの不確定要素に左右されずに,確実に結実に至
る受粉様式です。最近の研究において,陸上植物の中にも自家受粉をする多数の種の存
在が明らかになっています。ですが,水草の場合はどのような要因が自家受粉を促すの
か,興味深い課題です。
 
 花弁のないヒルムシロ属の花穂カスイは,水草における風媒花の代表的な例ですが,同属
のリュウノヒゲモのように,花穂が水面に横たわり,水面を浮遊する花粉によって受粉
する例もあります。このように,水が花粉を運ぶ受粉様式を水媒スイバイと云います。水媒
には二つの場合があって,リュウノヒゲモは水面媒の一例です。水面媒には,クロモや
セキショウモ,海草のウミショウブのように,花粉ではなく雄花そのものが親植物から
離れて浮遊する例もあります。水面上にある雌花のところに近付きますと,表面張力に
よって雌花に吸い寄せられ,受粉が起こるのです。
 
 花粉が水面ではなく水中を漂って雌蘂に達する水中媒は,更に特殊化が進んだもので
す。花粉は一体どうやって雌花に辿り着くのかと不思議なものです。海草のアマモやス
ガモのように,花粉自体が長さ2〜3oと糸状に長いものや,ウミヒルモのように多数
の花粉がカエルの卵のように寒天質状の分泌物に包まれて連なっているのは,水に漂い
ながら雌蘂の柱頭に到達する確立を上昇させるためです。イトクズモは雌蘂の柱頭がラ
ッパ状になって,花粉を受け止める表面積を増やしています。
 淡水域において水中媒をするグループとしてはマツモやバラモミ科の植物などが挙げ
られます。
 
〈水辺の環境を大切に〉
 陸上生活から水中に舞い戻ると云う冒険を成功させ,新しい世界において生きてきた
水草の多くの種が,今,絶滅の危機に直面しています。生活史のいろいろな段階におい
て様々な適応を持つ水草ですが,その適応戦略も水環境が守られてこそ活かせるもので
す。私共人間の生活も,水辺の環境と切り離すことは出来ません。水草の運命は,私共
の運命にも繋がると云うのは大袈裟な言い方でしょうか。

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