26a 植物の世界「油が採れる植物」
〈熱帯,木本,大きな果実〉
かつて人は,種子や果実に元々油脂含有量の多い植物群から油脂を食用に利用して来
ました。ビワモドキ亜綱のツバキ目(アトギリソウ科,ツバキ科,バターナット科,フ
タバガキ科,オクナ科など)は木本植物で,熱帯に多く,多くの種の種子が油脂を蓄積
しますので,その中から幾つかの油脂源植物が選び出されています。
近縁なアオイ目(アオイ科,パンヤ科,アオギリ科など)も同様で,ワタのように重
要な油料作物を生み出しています。サガリバナ目もそうです。また,この亜綱にはアブ
ラナ類やワサビノキを含むフウチョウソウ目や,熱帯の木本植物,カキノキ目のアカテ
ツ科も所属しています。アカテツ科は多くの種が油脂源植物として記録されていますが,
シアーバターノキが熱帯アフリカにおいて栽培されています。
バラ亜綱にはウルシ科,カンラン科,ムクロジ科と云う熱帯系の木本性の一群(ムク
ロジ目)やマメ類(マメ目)があります。キク亜綱にはヒマワリやベニバナで有名なキ
ク科があります。キク科は子葉に養分を蓄え,多くのもので油脂成分の含有量が多い。
しかし利用しているのは2万種を超える種のうち僅か10種程で,科としては0.04%程の
種が油脂源植物にされているに過ぎません。
ゴマ科(キク亜綱)のゴマは油料作物としては特異な種で,その小さな種子は高い油
脂含有率を誇り,栽培化された最初から油料作物であったらしい。ゴマは油料作物とし
て栽培される一年生草本植物で,そのような経歴を持つものはゴマ位でしょう。マンサ
ク亜綱には,温帯系の木本植物で油脂を生産するクルミ科とブナ科が知られています。
モクレン亜綱には,熱帯系で矢張り木本性のクスノキ科,ニクズク科が目立ちます。こ
のように観て来ますと,本来的な油脂源植物は圧倒的に木本性植物に多い。
草本性の油料作物は,ゴマを除きますと,ダイズ,アブラナ,ヒマワリ,ベニバナな
どの有名なのものも,アマやケシのようなものも,本来は別の目的に栽培されていた植
物が,たまたま種子や果実の油脂含有率が高かったために改良が重ねられ,油料作物と
しても利用されるようになってものです。ですから小さな種子のものが多い。
双子葉植物においても,乾燥環境に適応して草本の方向に進化したナデシコ亜綱には
油料作物がなく,同様に草本に専ら進化した単子葉植物においても,油脂が利用されて
いる種は酷ヒドく少ない。ヤシ科を除きますと,知られる例は5種しかありません。とこ
ろがヤシ科は被子植物の中においては,飛び抜けて油脂源として利用されている種数が
多い。ヤシ科が2500種を超える大きな科ですから,利用率は2.1%の55種程度ですが,重
要な油料作物のアブラヤシとココヤシを含んでいます。そしてヤシ科は,単子葉植物の
中においては特異的な木本型です。同じように木本化するタコノキ科にも,果実の油を
食用にする種がニューギニア島に存在します。
〈ヤシ科は"天性"の油脂源〉
単子葉植物の中においては,ヤシ科だけが油脂利用植物として特異な重要性を示して
いますが,その多くは果実の果肉に含まれる油脂が利用されています。ヤシ科植物の種
子には胚乳組織がよく発達し,多くはブドウ糖が重合したヘミセルロースや澱粉が貯蔵
されます。ココヤシの仲間などにおいては,胚乳に大量の油脂を蓄積します。
ヤシ科はまた,大型の果実や種子を作る植物でもあります。地球上において最も大き
な種子を持つ植物はオオミヤシですが,ココヤシもそれに劣らず大きな種子を付けます。
シュロやピガフェッタのように小さな果実(それでも米粒よりは大きい)は例外と云え
ます。その果実の油脂含有率が高ければ,大きな果実ですので採集の効率はよく,人は
そのような種を油脂源として利用して来たのです。
ヤシ科からニクズク科まで,油脂利用種数の多い科の上位10位までは温帯系で,元来
は野菜として利用されていましたアブラナ類を二次的な転用として除外しますと,種子
や果実が比較的大型で木本性の植物が多い群によって占められています。それ以下の順
位の群の中にも,一次的油脂利用植物の多くは木本で,大型の果実や種子を持っていま
す。種子の貯蔵養分を,芽生えた若い植物体に急速に転流して,素早く生長する方向に
進化した多くの草本植物においては,澱粉の形態で養分を貯蔵するのがよかったのかも
知れません。しかし,初期生長がゆっくりしていて稚苗が大型になる方向に進化した木
本性の植物群においては,濃縮されたエネルギー効率のよい油脂の形で養分を蓄える方
が,少しでも種子サイズを小さくし,効果的な散布をするのに適応的であったのかも知
れません。また,大型化した種子を何とか鳥類や哺乳類に散布して貰うためには,果肉
の油脂含有率を高め,より魅力的になるのが有効であったのかも知れません。何かヤシ
科は,そのような進化の方向を選んでしまった植物のように思えます。
〈技術の進歩で転身したダイズ〉
食用としての植物性油脂を人がいろいろに利用するには,油が漏れない加熱容器が必
要になります。また,油を搾る技術体系(粉砕,圧搾,濾過ロカ,ときには加熱や抽出の
システム)がなければ,液体の油脂を植物から得ることは出来ません。狩猟採集時代か
ら,油脂を含む多くの果実や種子が採集され,食用に利用されて来たでしょうが,液体
の油を食用に利用する技術体系が作り出されますのは,農耕が開始されたからでしょう。
また,多くの植物が栽培作物になったとき,その種子に油脂を含有しているワタやブ
ドウのように,繊維やワインを目的に栽培されながらも,搾油や抽出の技術革新によっ
て廃棄物の種子が油脂源として利用されていると云う,転用が起こりました。果汁を搾
った後のブドウの種子から採った油を用いた料理は,筆者(堀田満氏)は未だ食べたこ
とはありませんが,ブドウの種子からも油が採れます。
ダイズのような硬くて油脂の含有率の低い種子からは,圧搾の技術においては殆ど油
を採取することは出来ません。しかし,ベンジンなどの溶剤を使用しますとこのような
種子も利用出来ます。近代になって抽出と云う技術が開発され,利用の転用や品種改良
が進められ,人が利用出来る油脂源植物の範囲は更に広がりました。熱帯のココヤシや
アブラヤシのプランテーション,北アメリカのダイズの栽培農場など,油料作物の大規
模な栽培が展開されるようになるのは20世紀になってからです。アブラナは最近になっ
てからカナダに導入されて,新しい品種群が育成され,どうやら欧米においても重要な
油料作物になる気配です。
石油物質の代わりに油脂や精油を利用することが考えられています。しかし,植物の
中において,石油と同じ炭化水素系の物質を含有している種は,トウダイグサ科に知ら
れる程度で,極限られています。また,前述のように油脂を生産する植物は比較的限ら
れた植物群に集中しており,しかもそれは専ら種子や果実に貯蔵されています。精油も
限られた植物群において作られていますが,それは主に栄養体や花弁に含有されていま
す。このような植物の部分を集めて油脂や精油を採り出しても,それはエネルギー効率
の甚だ低いものにならざるを得ません。
人の食べ物としての油脂の重要性は,澱粉と共に衰えることはないでしょう。しかし,
何時かやって来る石油の枯渇時代には,油脂源植物の化学合成のための代替原料物質と
して重い荷を担うことにもなるでしょう。最も古い化学工業と云えるものは,油脂を原
料とした石鹸製造でした。
パプアニューギニアにおいては,サゴ・デンプンに油脂分を多く含んだタコノキ属の果
実を混ぜ合わせて,地炉(ウム)で加熱調理して食用にしています。搾油技術も調理用
の容器もなかった時代の植物性油脂の食用利用の一形態です。現在知られています熱帯
の多くの木本性油脂利用植物は,容器や臼ウスや梃子テコ,濾過用の織物がなかった農耕文
化の始まる以前の時代には,液体状の食用油としてではなく,果実や種子がそのまま食
用として利用されていました。その時代から人が蓄積して来た植物利用の膨大な知識に,
新しい油脂源植物の探索の方向を学ばなければならない時代に,私共は生きています。
果実や種子に油脂を大量に蓄積する植物は比較的限定されており,殆ど利用されて来
なかった藻類は別として,今まで知られています油脂利用植物が所属する植物群以外の
群から,突如として有望な植物が発見されるとは思えません。しかも有望な油脂源植物
は,熱帯の木本性の植物から出現する可能性があります。例えばヤシ科のように多くの
種が利用されている群においても,その種や近縁種についての私共の知識はあまりにも
限定された不完全なもので,現在のスピードで熱帯林の伐採が進みますと,その利用の
実体が解明される前に,幾つかの種は絶滅を迎える可能性があり,人は貴重な自然の贈
り物を貰い損なうことになりかねません。
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