26 植物の世界「油が採れる植物」
 
            植物の世界「油が採れる植物」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 現代人にとって油を欠いた食事は,耐え難いものの一つでしょう。朝食時のトースト
に付けるバターから始まり,サラダのドレッシングや夕食時の天麩羅テンプラまで,油はい
ろいろに用いられます。精進料理のゴマ油を始め菜食主義者の食事にも,油は欠かせま
せん。油を用いますと,食べられそうにもないモミジやキクの葉も,不思議なことに観
光料理として売り物になります。
 地球上においては,特徴的な作物の組み合わせを持った農耕文化が少なくとも四つは
生まれました。このような大きな農耕文化圏において栽培されている作物を調べてみま
すと,その中に油脂生産を担う植物が組み合わされていない文化圏は存在しないように
思われます。アフリカのサバナに起源を持つシコクビエやキビを澱粉源とした雑穀農耕
文化圏にはゴマにアブラヤシ,それにシアーバターノキが,地中海地域において始まっ
たコムギやオオムギを栽培するムギ農耕文化圏にはオリーブやアマが,東南アジアに起
源するヤマノイモ類やサトイモ類を栽培する根菜コンサイ農耕文化圏にはココヤシやククイ
ノキが,またこの根菜農耕文化圏を基層にして展開されたと考えられる稲作農耕文化圏
においてはダイズやアブラナが,そして新世界に起源するトウモロコシやサツマイモ,
キャッサバなどを栽培する農耕文化圏においてはラッカセイやカカオノキが,それぞれ
に油料作物として澱粉源作物と組み合わされて栽培されていました。このように,両方
の作物群を持たなかった農耕体系は,農耕文化圏としては成功しなかったのでしょう。
 
〈重要種のある科は限られる〉
 現在,栽培されている重要な油脂源植物の種数は,それ程多くはありません。主要な
ものにはアブラヤシ,ココヤシ,ダイズ,ワタ,トウモロコシ,アブラナ,ヒマワリ,
ベニバナ,オリーブなど10種程が挙げられます。
 しかし人は他にも多くの植物を食用油として利用して来ました。食用に限定せずに,
油脂を目的に利用された記録のある植物を拾い挙げますと,約500種に上ります。この数
は,食用に利用されている植物約1万種の5%と云う低い割合でしかありません。それ
は被子植物全種数の僅か0.3%以下です。また,植物のどの群にも油脂利用型の植物が見
られる訳ではなく,被子植物においては100科余りに限られ,科の総数の約4分の1を占
めるに過ぎません。貯蔵物質として専ら油脂を蓄積する植物を含む群は,それ程多くは
ないのです。
 
 どのような植物から人は油脂を得ているかを観るために,科毎の油脂利用植物の種数
を纏めてみました。その中において10種以上が利用されている科と,重要な油脂源植物
を含む科とを種数の順に下表にしました。
 
[油が利用される植物の科(種数の多い順)]
 
 ヤシ科
 アカテツ科
 トウダイグサ科
 マメ科
 ウルシ科
 
 アブラナ科
 ツバキ科
 ウリ科
 バラ科
 ニクズク科
 
 オトギリソウ科
 ミカン科
 カンラン科
 クスノキ科
 ムクロジ科
 
 センダン科
 クルミ科
 イイギリ科
 フタバガキ科
 キク科
 
 サガリバナ科
 アオイ科
 パンヤ科
 ボロボロノキ科
 バターナット科
 
 ケシ科
 オクナ科
 ゴマ科
 ワサビノキ科
 シソ科
 
 イネ科
 モクセイ科
 アマ科
 
 この結果から観ますと,人が重要な油脂源植物を見付け出しているのは,被子植物の
僅か10分の1程の科からだけです。そして,種子に高率で油脂を貯蔵していて利用率の
高いクルミ科やバターナット科においても,その科の精々20%の種が利用されているだ
けです。前述の10種程の最も重要な油脂源植物が所属する科での利用率は,ヤシ科では
2%余りであるものの,他はおしなべて1%以下であり,ヤシ科を除きますと利用率の
高い科から重要な油料作物が育成されたと云うことはないようです。
 
 また,油脂源植物として一つの科において20種以上が利用されているのは,ヤシ科,
アカテツ科,トウダイグサ科,マメ科,ウルシ科の五つの科であり,何れも木本性の植
物が優勢で,熱帯に多いか,熱帯に分布圏が限られる植物からなる科です。この中から,
熱帯のアブラヤシ,ココヤシ,それに原産地は温帯圏と考えられますが,ダイズと云う
重要な油料作物が生まれています。
 
〈種子と果肉に蓄積される油脂〉
 人は植物の何処から油脂を得ているのでしょうか。
 アブラヤシにおいては種子の胚乳ハイニュウ(カーネル油)と果実の果肉(パーム油)か
ら,ココヤシは胚乳外層部分(コプラ)から,ダイズは種子の子葉シヨウからですし,ワタ
とトウモロコシは種子,アブラナ,ヒマワリ,ベニバナは子葉,オリーブは果肉と種子
と,重要なものは全て,種子の貯蔵物質を蓄えている胚乳や子葉の部分か,それとも果
肉から油脂が得られています。他のマイナーな栽培或いは野生状態で利用される油脂源
植物においても同じで,それ以外の部分からと云う例は知られていません。精油や樹脂,
ゴムと云った成分が,植物の栄養体(茎や葉)から得られることが多いのと対照的です。
 
 植物の種子は,新しい胚の発育のために多くの貯蔵物質を蓄積しますが,その成分は
それぞれの植物群において特徴的なことが多い。例えばイネ科植物は,圧倒的に大量の
澱粉と少量の油脂や蛋白質を蓄積します。マメ科植物は澱粉も蓄えますが,蛋白質や油
脂の含有率が高い。ですから,イネ科の2倍程の種数のマメ科からは,総種数の約0.1%
の20種の油脂源植物が知られていますが,イネ科はトウモロコシ(コーンオイル)やイ
ネ(米糠コメヌカ油)など,総種数の0.03%の3種程と云う極僅かな種でしか油脂利用は知
られていない上に,それらは元々澱粉利用の穀物から転用されたものです。
 イネ科の例からも分かりますように,種子の貯蔵物質に澱粉だけ,或いは油脂だけと
云うものはありません。澱粉を主体にするものにおいても,油脂や蛋白質を化学合成系
を植物は持っているのです。ですから,トウモロコシのように油脂含有率の高い系統を
選抜して油料作物を育て上げる例が出て来ます。しかしこれは,極最近の出来事です。
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