24a 植物の世界「木・草・蔓の進化学」
 
〈木から草へ,更に木へ〉
 裸子植物が有性な中,初期の被子植物はどのような生活をしていたのでしょうか。一
般に,先住者が居る処に後発のものが入り込んで行くのは極めて難しい。それが可能な
のは,先住者が利用していない空間です。裸子植物が利用していない空間とは,乾燥な
どにより植物の生活が難しい処,また山崩れや山火事などによって出来た不安定な立地,
そして裸子植物が十分に利用していない裸子植物の林の中などが考えられます。
 初期の被子植物の木は,そうした生育不適地や不安定な立地の先駆植物として生存を
図り,勢力を蓄えました。一方,破壊された土地への早期進出や林内環境への適応にお
いて,草が現れ始めました。これらの草は,道管や篩管を作る一方,厚壁コウヘキ組織や厚
角コウカク組織と云った植物体を支持する細胞組織を別個に発達させることで,長持ちはし
ないけれど速くて丈夫な生長を実現しました。その結果,重厚長大で不器用な裸子植物
がもたもたしている間に,さっと侵入して生活を展開する身軽さが,これら草で初めて
可能となりました。
 
 このように,被子植物の木から最初の草が現れ,それらが進化しながら裸子植物が利
用しない空間にどんどん進出して行ったのが白亜紀の後期です。その終わり(約6500万
年前)には,現在見られます被子植物の殆どの科が出揃い,裸子植物にとって代わって,
地球を緑で覆うようになりました。
 草のグループは,以後それぞれの系統群の中において分化発展して行きますが,被子
植物の進化の初期に草となったグループが,分類学的には単子葉植物であり,双子葉植
物ではキンポウゲ目やキク科など,殆ど草だけで占められているグループです。そのほ
かタデ科,ウリ科,また水生植物,寄生植物,食虫植物の仲間など,多くの草一辺倒の
分類群があります。
 草のグループはそれ以降,草としてずっと生きて来ましたが,中には再び木になるも
のも出て来ました。しかし,遥か昔に木として肥大成長するメカニズムの形成層を失っ
てしまった単子葉植物においては,植物体を大きくする工夫はしたものの,形成層を再
び体得することが出来なかったタケなどや,それを再体得したものの,双子葉植物とは
全く異なったシステムのものであるヤシ類やユッカ類,リュウゼツラン類など,様々な
です。
 
 それに対して,双子葉植物の草は,まだ形成層を完全に失っていませんでしたので,
それを再度活性化して幹を太らせるようになりました。しかし,ずっと木を続けて来た
グループのようなしっかりとした太い幹を作ることはなく,草の延長としての低木か,
ある程度大きくなるとしても,組織がスカスカの,軟らかいか或いは脆モロい材しか作りませ
ん。
 これに対して,木のままで進化して来たものも多い。大きな木になるグループは殆ど
がそれで,ブナ科,クルミ科など尾状ビジョウ花序群と云われるグループ,モクレン目や
マンサク目など原始的双子葉類と云われるグループ,そのほかフタバガキ科,アオギリ
科,カエデ科など多岐に亘っています。
 これらの多くは高木になりますが,中には草に極めて近い形態のミズキ科のゴゼンタ
チバナや,シナノキ科のラセンソウ,アオギリ科のノジアオイなど,草の生活形を執る
ものもあります。このようなものは,木のグループの中において,新しく草に進化した
ものと云えます。
 
 その一方において,バラ科,マメ科,アカネ科,トウダイグサ科など,草,低木,高
木の何れもが混ざっている分類群もあります。今正に生活形の分化が同時平行的に起き
ていると云うことが考えられます。
 また,ツツジ科やドクウツギ科のように,低木が中心のグループもあります。それら
が抑も,木或いは草のどちらのグループに由来したものか,それとも進化の極早い時期
から低木としてずっと生きて来たのかは,難しい問題です。筆者(鈴木三男氏)は,生
長点(茎頂)や髄ズイの大きさ,木材の組織構造などから判断して,ツツジ科の低木は木
から進化したものであり,ドクウツギ科は草から進化した低木と考えています。
 
〈蔓ツル植物の出現〉
 陸上植物が空中に葉を広げて光合成をすると云う基本から云いますと,自らの茎によ
って葉を空中に保持する木や草が正常な姿と云えます。ところが,光を巡って,自らは
背の高い茎によって葉を保持しないで済ますと云う新たな生活形を執るものが生まれて
来ました。他の植物の幹などに付着する着生チャクセイ植物と,他の植物の幹を攀じ登って高
い処に達する蔓植物です。着生植物は,他の植物の樹幹上において得られる水分や無機
塩類などは量に限りがあり,決して大きな植物体を作ることは出来ませんので,進化の
上においては袋小路に入ったものと云えますが,蔓植物はそうとは云えません。
 被子植物においては,ウリ科やマタタビ科のように,殆どが蔓の生活形を執るものが
ある一方,マメ科に代表されますように,同じ分類群の中において,あるものは木と,
あるものは草と同居しているものもあります。
 また,サルナシやフジのように木本性のものと,アサガオのように草本性のものがあ
ります。それらは,木或いは草を基本とするそれぞれの分類群において,平行進化の結
果生まれて来ました。
 
 これらの蔓植物は,その生活戦略を高度に発展させています。巻き付き,鉤カギ,気根
キコン,吸盤キュウバン,卷き髭ヒゲなど,様々な工夫を凝らして他物を攀じ登り,葉を展開し
て光合成をし,花を咲かせて子孫を残しています。細長い蔓を伸ばしたため,遠く離れ
てしまった根と葉の間を高速で大量に水分や養分を通道するために,切り口は肉眼で見
える程の太い道管や篩管(篩管は肉眼では分からない)を作ります。例えば道管の直径
は,高木のブナでは0.1oですが,蔓植物のフジやクズでは0.5oもあり,断面積で実に
25倍です。
 また,茎を丈夫にするための投資は極力抑えていますので,その分,茎を早く長く伸
ばすことが出来ます。朝と夕方とで,アサガオの蔓が伸びているのがはっきりと分かり
ます。
 
 登り上がった蔓は,葉を一面に展開して大家の樹木から光を奪い,衰退させ,遂には
枯死に至らしめることも多い。しかし,蔓が攀じ登る相手は樹木でなくともよいので,
大家が枯死しようが一向に構いません。このように,蔓植物は光が得られる処まで蔓が
到達さえしますと,地上最強の植物と云えます。
 現在,多様に分化して地球上に展開している被子植物ですが,この中から次世代の植
物が現れるとしたら,それは蔓植物ではないかと思っています。読者の中には,人類が
滅亡した後,廃虚となった都市に蔓植物が生い茂っている光景を,SF物で目にした記
憶があるでしょう。

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