18 植物の世界「花食文化」
 
             植物の世界「花食文化」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 筆者(近田文弘氏)の育った新潟県北部においては,何処の家庭においても食用菊が,
秋の季節を楽しむ料理の一品として食べられています。その多くは「かきのもと」と呼
ばれる紫紅色の中輪品種で,頭花トウカの直径が5p程の管弁クダベンのキクです。この花弁
(小花ショウカ)を頭花から外して,熱湯によって30秒程茹でて三杯酢で食べます。シャキッと
した歯触り,馥郁フクイクとした香り,甘味などが賞味されます。好きな人は丼一杯程も平
らげ,土地の人々にとっては,量たっぷりと食べるのが「菊びたし」なのです。
 「かきのもと」は,120年以上前から栽培されている[延命楽エンメイラク]と云う品種の食
用菊です。地方によって幾つもの呼び名があり,山形県米沢地方においては「もっての
ほか」の名で知られます。町の八百屋の店頭に溢れる程並ぶ秋野菜の一つとして,土地
の人々の生活になくてはならないものです。
 
 この食用菊のことを関東地方や関西地方の人に話しますと,大抵変な顔をされます。
「花なんぞ,食用になるのか」と云う半ば否定的な反応です。中には,「刺身に付いて
くる小さな黄菊のことでしょう。苦いだけのものですね」などと云う人も居ます。刺身
のつま用の黄菊は,青果市場においては「小菊」として取引され,食用菊とは別物です。
 また最近は,中華料理の皿にデンドロビウムなどランの花が添えられていたり,魚料
理に園芸植物のキンギョソウ(ゴマノハグサ科)の花が付いていたりします。これらも
小菊同様,盛り付けのアクセサリーであり,花を野菜として食べている訳ではありませ
んので,食用とは考えません。
 
 古くから,花を野菜として食べているものに,中華料理の材料になる「金針菜」があ
ります。これはユリ科のカンゾウの仲間(キスゲ属)の花で,産地により幾つかの種が
用いられています。夏に花を採集し,日干しにしたものが売られています。これを水で
戻してスープや炒め物に用いますが,生花をそのまま,茹でてサラダなどにもします。
中国においては極一般的なものです。
 わが国においても,山形県酒田市の飛島トビシマにおいて,同属のトビシマカンゾウが食
用にされています。6月下旬から7月の花期に花を摘み集め,塩漬けにして貯蔵して置
き,塩抜きしてサラダに添えたり,味噌汁の実などにしています。トビシマカンゾウは
酒田市の天然記念物に指定され,市の花にもなっています。その他わが国においては,
菜の花,花ワサビなどが,広く野菜とされています。
 
〈食用シャクナゲ〉
 ある人から,シャクナゲの花の食べて方を調べて欲しいと頼まれました。中国雲南省
に食用シャクナゲと云うのがあるらしいとのことで,面食らいました。シャクナゲは,
ロドジャポニンなどのアルカロイドを持つ,有毒なツツジの仲間です。花を愛でること
は当然としても,花を食べると云う発想に驚きました。しかし,食用菊のことを思い当
たり,食用シャクナゲに大いに興味が湧きました。
 1987年春,雲南省にある中国科学院昆明植物研究所に,中国の民族植物学の第一人者
裴盛基教授を訪ねました。そうして同教授と共に,同省西部にある古都大理市の背後に
聳える点蒼山(標高4200m)において,食用シャクナゲを調査しました。点蒼山は,シャ
クナゲの宝庫と云われる雲南省の中においても著明なシャクナゲの産地です。また,大
理市を中心に,少数民族であるペー族がシャクナゲの花を食用にしていると云います。
 
 点蒼山においては,2種の食用シャクナゲの花を見ました。ロドデンドロン・パキポド
ゥムと,ロドデンドロン・デコルムで,何れも白色の花です。そして,ペー族の家庭にお
いて,実際にシャクナゲの花の料理を楽しむことが出来ました。花は,ソラマメやブタ
肉と一緒にスープにしたり,炒め物にして食べられます。開花した花から予想するより,
可成りしっかりした歯応えがあり,野菜を食べるようです。
 ペー族は,これらの食用シャクナゲの花を季節の野菜として,春を楽しむ料理に生か
し,長い間,自分達民族の伝統料理を育んで来ました。花の季節には,朝の市場におい
て山採りの花が売られ,わが国の山菜(朝市)に似ています。
 雲南省西部に住む少数民族のうち,ペー族以外にイ族,ハニ族,ナシ族,タイ族など
がシャクナゲの花を食べています。しかし,同じ地域に住んでいても,チベット族やモ
ウソ族などは,全く食べようとはしません。また,タイ(国)においては最も有り触れ
た食用花の一つであるジャケツイバラ科のタガヤサンの花が,道端に山のように咲いて
いても,雲南省のタイ族は全く関心を示しません。
 
〈白花には栄養価〉
 裴教授の調査に拠りますと,雲南省の少数民族の間において,15種のシャクナゲの花
が古くから食用とされてきました。これらのシャクナゲは,何れも低木又は小高木で,
山地に自生し,大きな白色又は桃色の花を付けます。
 シャクナゲは一般に有毒で,花も有毒成分を含んでいると考えられますが,少数民族
はそれぞれの伝統の中において,食用に出来るものを選択して来ました。ナシ族の文化
を伝える『東巴経』においては,「人と動物にとって、白い花には栄養価がある」とさ
れ,ナシ族のこの考えに従って,白い花のシャクナゲを食用として来ました。或いは,
白色から桃色のシャクナゲの花の毒性は,黄色や濃赤色系の花に比べて低いことを,経
験を通して学んだのかも知れません。しかし,黄色や濃赤色の花が,白い花より毒性が
強いかどうかは不明です。
 
 白い花のロドデンドロン・デコルムは,『中国の有毒植物』に紹介されている有毒植物
です。尤も裴教授の分析では,花から有毒なアルカロイドは検出されず,極少量のアク
とも云うべきフラボンが認められただけです。葉や果実は有毒でも,花はそうではない
ようです。
 シャクナゲの花を料理するとき,まず熱湯で茹でた後,水で2〜3日晒します。茹で
た湯は鮮やかな黄色となりますが,これがアクの成分でしょう。こうしてアク抜きをす
るのがシャクナゲ料理の味噌(ポイント)ですが,ソラマメと一緒に煮ると云うことに
も何か意味がありそうな気がします。
 シャクナゲの花の料理は,季節の料理と云うほかに,栄養の点からも賞味されて来ま
した。前述にように,ナシ族は白い花だから栄養価があるか考えますが,ペー族は,消
化がよくて,内蔵から脂肪を洗い出す働きがあると信じています。また,血液を浄化す
ると云います。
 裴教授は,人が花を食べることの意味について,少数民族が,それぞれの民族固有の
伝統としていることが大切な点であると云います。この考えは,わが国の食用菊とも共
通します。食用菊は,新潟県と東北地方に特有のものであって,土着性が強いところに
特性があります。
[次へ進んで下さい]