14 植物の世界「葉が出る前に咲く花」
植物の世界「葉が出る前に咲く花」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
温帯の落葉広葉樹には,ケヤマハンノキのように葉が開くよりずっと前に開花する
種や,ミヤマハンノキ,シラカンバ,キタコブシ,ベニイタヤ,エゾヤマザクラ,エゾ
ムラサキツツジにように葉が開く直前又は同時期に開花するもの,キハダ,ホオノキ,
ニガキ,タラノキ,ハリギリ,レンゲツツジなどのようにすっかり葉が開いた後に開花
する種などがあります。
花が先か葉が先か,と云うことも含めて,開花の時期に影響を与えるのは,果実を結
ぶより前に花が咲かなければならないと云う「時間的制約」,芽に包まれて冬を越すか
どうかと云う「形態的制約」,そした送粉者(花粉を運ぶ風,昆虫,鳥など)との関係
や送粉者を巡る他の植物との関係です。
葉が開く前に開花する有利さの一つは,風媒花フウバイカの場合,風が通りやすく受粉し
やすいことにあります。秋の落葉後においても条件は同じですが,この時期を樹木は風
を種子散布に利用していることが多い。確かに,春早く開花するクルミ類,ハンノキ類,
カンバ類などは風媒花です。その中においても,ハンノキ,ケヤマハンノキなどは雌花
序シカジョも雄花序ユウカジョも共に裸出して冬を越しますので,開葉のずっと前に開花出来ま
す。一方,同じカバノキ科においてもミヤマハンノキやシラカンバにおいては,雄花序
は裸出しますが,雌花序は芽の中に入っていますので,開花期は開葉の直前又は同時期
となります。
〈キタコブシとホオノキの戦略〉
春早くに開花するのはしかし,風媒花だけではありません。虫媒花チュウバイカのキタコブ
シ,エゾヤマザクラなども花が芽の中において冬を越し,開葉直前に開花します。
ところが,キタコブシと同じモクレン科モクレン属のホオノキは,葉がすっかり開き
きった6月から7月にかけて開花します。両種とも,一つの花の中に雄蘂と雌蘂を持つ
両性か花であり,雌蘂が先に開き,その後に雄蘂が開きます。ホオノキの特徴は,雌期
に開いた雌蘂も花弁も一旦閉じ,雄期にまた花弁と雄蘂を開くことです。キタコブシに
おいてはこのようなはっきりとした開閉運動は見られません。ホオノキの花の寿命は2
〜5日程度です。ところが,1本の木の開花期は結構長く,1カ月から2カ月近くにも
及ぶのです。つまり木は開花期間中,ばらばらに花を咲かせ,個々の花の時期は同調し
ていないのです。
ホオノキもキタコブシも花が蜜を分泌しません。まして雌期の花には花粉がないので
す。花粉も蜜もない花に,どうして送粉者が集まって来るのでしょうか。ホオノキの花
は,強い香りや花の開閉によって昆虫を騙ダマして送粉をして貰っているらしい。閉じた
雌期の花は,雄期の花の擬態ギタイなのです。花弁の隙間から昆虫が入り込むようです。
開花期が同調せず,いろいろな段階の花が木の上にあることも「騙し戦術」の役に立っ
ていると思われます。キタコブシには強い香りもなく,開閉運動も少ない。その代わり,
開葉前,4月下旬から5月にかけて一斉に開花し,木全体が遠くからでも真っ白に見え
ます。そこに送粉者を集める秘密がありそうです。多くの花を付けることによって,そ
の木に昆虫を多く集めます。それにより,雌期の花も何とか受粉しているらしい。
植物は,開花,結実,種子散布,発芽と云った一連の過程を経て繁殖します。開花は
受粉・受精を旨く達成出来る時期に,結実は果実や種子の散布が旨く行く時期に調節さ
れているようです。開花から結実,結実から発芽までの時間が長過ぎる場合は,植物に
とって「待つ」ことが必要となります。生長を遅らせることや休眠は「待つ」仕組みで
す。
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