15 植物の世界「分類体系の構想」
 
            植物の世界「分類体系の構想」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 地球上には沢山の生物が居ます。どれだけの種類があり,どのような多様性があるの
でしょうか? この極当たり前の疑問に答えようとするのが分類学です。最初の問いに
答えるためには,一つ一つの種シュの特徴を調べ上げ,名前を付けて行くしかありません。
2番目の問いには,それぞれの種の特徴を比較して,どのようなところが似ていて,ま
た何処が異なっているかを明らかにし,共通点があるもの同士を集めて整理する必要が
あります。
 共通する特徴を持つ種を集めてグループにしたものを分類群と云います。分類群もま
た,互いに比較して更に大きな上位の分類群に纏めることが出来ます。具体的な例を挙
げてみましょう。私共は「ヒト」と云う種に属します。ヒトはサルのグループと共に霊
長目レイチョウモクに,霊長目はウシやネコなどのグループと共に哺乳綱ホニュウコウに,そして哺乳
綱は鳥や魚などのグループと一緒にされて脊椎セキツイ動物門ドウブツモンに,と云う具合です。
このようにして,生物全体の集合は階層構造を持つ分類群に整理することが出来ます。
これを分類学と云います。
 
〈クジラはなぜ魚類ではないのか〉
 分類群を纏め上げる共通項は何でもよいのでしょうか? クジラは魚類と同じように
水中を遊泳する脊椎動物ですが,どうして哺乳類なのでしょうか。これは生物の分類学
にとって,大変重要な問題です。どのような特徴に基づいて分類群を纏めたら,よりよ
い分類体系が得られるのか,即ちよりよく生物の多様性を理解したことになるのか,が
分類学の求めるところであるからです。
 クジラが魚類でなく哺乳類であることは,解剖して見れば直ぐに分かります。鰓エラで
なく肺によって呼吸しますし,卵生でなく胎生タイセイであり,筋肉や骨格は魚よりも陸生
の哺乳類に近い。クジラを魚類に含めるよりも哺乳類に含める分類の方が優れているこ
とに疑いを抱く人はいないでしょう。分類群は勝手な基準によって作られるものではな
く,より自然な分類と云うものが存在します。何故そうなのか,生物の進化・系統と云
う理屈を導入して初めて納得の行く説明をすることが出来ます。クジラは魚類よりも哺
乳類の方に血筋が近いために,多くの特徴が共通していると考えるのです。分類学者が
目指す自然分類は恣意シイ的なものではなく,生物の系統と云う歴史的事実によって保証
されます。現在においては殆どの分類学者が,分類体系は系統関係を反映した体系でな
ければならないと考えています。
 
 ですが,生物の系統関係を明らかにすることは容易ではありません。化石のような歴
史的記録が,全て残っている訳ではないからです。どうしても現生の生物を調べて,系
統関係を推定することになります。
 それには陸上植物は,体制の複雑な動物に比べて不利です。動物の場合,発生の極初
期に沢山の独立した器官を作り上げ,環境の影響を受けにくい。ですが,植物の場合,
花もまた茎と葉の変形したものと考えられていますので,大きく見ますと根と茎と葉し
かないことになります。しかも葉や茎は次々に形成され続けますので,環境による影響
を受けやすく,頼りになる特徴に乏しい。
 餌を求めて動き回らなければならない動物においては,体全体の構造がその生態に合
わせて変化していることも,植物との大きな違いです。それは近縁な種同士は体の作り
がよく似ていることを意味します。植物においては対照的に,木本や草本と云った植物
体全体の類似性が系統とよく対応しているとは云えません。チョウやガの仲間(鱗翅目
リンシモク)は皆,シルエットで見ますと似たりよったりですが,キク目にはほんの数pの一
年草から15mを超す高木まで様々です。植物の分類に議論が多く,分かりにくいのはこん
なところにもその理由があります。
 
 花や果実は,被子ヒシ植物の自然分類にとって頼りになる部分です。多くの分類体系に
おいては,花や果実の構造を重視しています。花の方が葉や茎よりも本質的に重要であ
ると云う訳ではありませんが,花は苞ホウ,萼ガク,花弁,雄蘂,雌蘂など多くの器官に分
化していて構造が複雑であり,肉眼による観察においても容易に沢山の特徴を知り得ま
す。また送受粉や種子散布など植物には稀な「動き」のある機能を担っているために,
形態上の類似性と系統との強い関連が維持されているのかも知れません。
 
〈原始的植物と進化傾向〉
 いま地上に生えている多様な被子植物は,ある原始的被子植物が進化を繰り返して出
来た筈です。その原始的被子植物とはどのような姿をしていたのでしょうか。この謎解
きは,現生の被子植物が持つ形質がどのような進化の過程を経てきたのかを考える作業
でもあります。
 多くの分類体系においては,原始的特徴を多く備えた分類群から,進化した特徴の多
い分類群へと配列されています。これまでに広く採用されて来ましたエングラー体系に
おいては,基本的に,単性で花被カヒがない単純な構造の花から,全ての器官が揃った花
が進化したと考えています。大きな進化傾向として,無花被 → 単花被 → 両花被,離
弁花 → 合弁花を想定します。被子植物の中の双子葉植物は,古生花被植物亜綱アコウ(離
弁花類)と合弁花植物亜綱に大別され,単純な花を持つモクマオウ目から始まってキキ
ョウ目で終わります。
 
 これに対し,花被,雄蘂,雌蘂などが多数,軸を周りに螺旋状に配列した両性花から
出発し,其処から様々なタイプの花が進化したとする説(ストロビロイド説)がありま
す。エングラー体系において原始的と考えられた単純な花は,後において器官が退化し
て出来たと解釈します。最近発表されましたクロンキスト(1981,1988年),ヤング(
1982年),ダールグレン(1983,1985年),ソーン(1992年),タハタジャン(1987年
)の分類体系は何れもストロビロイド説に基づいています。ですが,被子植物の系統関
係が十分に分かっていないことと,推定される系統関係をどのように分類群に反映させ
るかと云う立場が違うため,それぞれの体系は異なります。本稿においては,本シリー
ズ(『植物の世界シリーズ』)において採用されていますクロンキストの分類体系を紹
介しましょう。
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