10 植物の世界「とげの収支決算」
 
            植物の世界「とげの収支決算」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 自然界には,とげ(以下「刺」と記載)を持つ植物があります。ノイバラやキイチゴ
の生えた薮は衣服を引っ掻きます。ハリギリやタラノキなどは人を傷付けます。ジャケ
ツイバラの刺は鋭い上に長く,しかもカーブになっていますので,これに引っ掻かりま
すと大変です。
 東南アジアには刺性のタケがあり,これに触るとナイフのように切れると云われます。
サボテンにも刺があります。タラノキの仲間で北アメリカ産のアラリア・スピノサは,英
名を「devil's walking stick(悪魔の杖)」と云います。
 この刺の特徴を利用して,牧場の垣根に刺植物を植えたり,またわが国においても刺
のあるカラタチを生け垣としてよく植えます。
 
〈何を「刺」と呼ぶのか〉
 本稿において「刺」と云う言葉を確認しておきましょう。刺とは普通,先の鋭く尖っ
た硬い突起物を指して云います。従って突起物であっても先が尖っていなかったり,軟
らかいものは刺とは云いません。使い方の例として『牧野新日本植物図鑑』に拠ります
と,ニガイチゴの茎上の突起は「鋭いとげ」ですが,同じ由来のものでもマルバフユイ
チゴにおいては「小さいとげ」となり,フユイチゴでは「毛」となります。イラクサの
刺毛シモウは刺さると痛く,明らかに防衛機能を持ちますが,軟らかいので刺とは呼びませ
ん。
 つまり突起物の大きさと硬さの違いに応じて,あるものは刺と呼ばれたり,別のもの
は毛と呼ばれたりします。中にはどちらとも就かぬものもあります。これは刺と云う言
葉が日常用語として発生したためであり,ある程度の曖昧さは避けられないのでしょう。
 
 形において,刺には針状のものと円錐状のものがあります。針状のものは,例えばハ
リブキのようにハリと呼ばれることもあります。同図鑑には「とげは細いハリ状(エゾ
イチゴ)」と云う表現もあり,特に断らなければ刺は円錐状の突起を指しているようで
す。また,先がカーブしたものは鉤カギと呼ばれることもあります。ハリ状のもののうち
極細いものは刺とは呼ばず,刺毛と呼ばれますし,円錐状のもののうち極小さいものは
「ざらつきがある」などとされ,刺の範疇ハンチュウから外れます。
 
〈刺の出自はいろいろ〉
 刺は一方において器官学のテーマでもあり,一見よく似た刺もその由来となりますと
様々なです。
 サイカチ,カカツガユ,クスドイゲ,ハリエニシダなどの刺は,茎或いは枝が変形し
たもので茎針ケイシンと呼ばれます。ボケ,サンザシ,グミなども茎針を持ちますが,これ
らはあまり鋭くなく,枝の死体と云った感じです。一方,バラ,サンショウ,ハリギリ,
イガホオズキなどの刺は,茎上の突起物で表皮などの変形したものなので,維管束イカンソク
はありません。サルトリイバラの刺も表皮の変形したもので,防衛の機能もありますが,
同時に刺を他の植物に引っ掻けて上に伸びて行くと云う機能も併せ持っています。ママ
コノシリヌグイの茎上の刺も同様で,攀じ登るたるの鉤として機能します。
 
 これらに対して,葉が刺状になったものは葉針ヨウシンと呼ばれます。前掲のサボテンの
刺は葉針です。メギには1本或いは3本の刺がありますが,3本の刺のうち,中央の1
本は葉そのものに由来し,両側の2本は托葉タクヨウに由来します。カラタチの刺は一見し
ますと枝の変形したもののようですが,葉の変形とされます。また,スグリ,ウコギな
どの刺は葉柄ヨウヘイの変形です。
 針葉樹の葉は文字どおり葉針であり,マツやカヤの葉はまともに刺さりますと痛い。
一方,広葉樹の葉の鋸歯キョシが鋭くなって刺状になったものとしてはヒイラギやメギなど
があります。タラノキ,カラスザンショウ,ハリブキなどは葉の表面や脈状,茎に刺が
あります。
 草本においてはアザミ類の葉は大変鋭い刺を持っています。アザミ類のような全身が
トゲトゲの植物においては,葉と云わず茎と云わず,総苞片ソウホウヘンに至るまで刺だらけで
す。
 
 刺は更に果実や種子にも見られます。クリの毬イガは総苞片が針状に変形したもので,
中にあるクリの果実(堅果ケンカ)を食べにくくしています。ヒシの果実(石果セキカ)には
基部の太い刺があり,果実全体が角張っていわゆる菱形をなします。ヒシの果実を食べ
るのが,魚なのか,蛙のような動物なのか,或いは本当に食べられるのかもよく分かっ
ていません。またサンショウバラ,ハスノミカズラなどの果実にも鋭い刺があります。
このほか,オナモミの毬やアメリカセンダングサの果実の先端などにも刺がありますが,
これらは動物の体に付着して散布されるための鉤の機能を持ちます。
 このように刺は本来の器官が茎であったり,葉であったり,それらの一部であったり
しますが,結果として我々が刺と認識する共通の形を持っており,一定の機能を果たし
ています。
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