08a 植物の世界「開花のメカニズム」
 
〈低温が必要〉
 コムギには「秋蒔き性」と「春蒔き性」の品種がありますが,秋蒔きコムギは春に蒔
いても,栄養生長を続けるだけで,穂を出しません。秋蒔きコムギの方が春蒔きコムギ
より高収量ですので,冬の厳しい旧ソ連においては,秋蒔きコムギを春に蒔いて穂を出
させる研究が行われました。その結果,秋蒔きコムギでも,種子が吸水した状態で低温
に置きますと,春に蒔いても出穂することを,1928年にルイセンコが見出しました。こ
の低温処理を,春化シュンカ処理(バーナリゼーション)と云います。
 
 花芽の形成や発達に低温が必要とされる現象において,低温を感受する器官を調べた
ところ,茎頂であることが,セロリやキクによって明らかにされました。これは,日長
の感受器官が葉であることと対比して,特に重要な点です。つまり,茎頂は低温に晒さ
れることで,葉からの花芽形成刺激を受け取る準備が出来,これがバーナリゼーション
の効果なのです。低温を感受する発育段階については,吸水種子が感応するダイコン,
カブ,ハクサイ,タカナ,レタスなどに対して,一定の大きさの苗にならないと感応し
ないキャベツ,タマネギ,セロリ,ニンジン,ゴボウなどが知られています。
 
〈エイジ(齢)の影響〉
 植物が花芽を付ける条件には,光周性と温度以外に,エイジ(齢),栄養条件,スト
レスなどがあります。
 植物も非常に若いときには,花芽を付ける条件においても,花芽形成しないことが分
かっています。このような生長期間を「幼期」と呼んでいます。幼期の殆どない植物の
例として,ラッカセイにおいては花芽原基が既に種子中に存在しています。一方,多く
の木本植物は,花を付けるまでに10〜20年もかかります。幼期とは,生長点の性質なの
か,それとも花芽形成を指令する葉の性質なのでしょうか。
 ある実験によりますと,幼期にある植物を接ぎ穂として,開花出来るようになった植
物に接ぎ木した場合,台木に開花誘導条件を与えますと,接ぎ穂にも花芽が形成される
ことが確認されています。この場合には,生長点の側は花芽形成の準備が整っているこ
とになり,幼期の原因は別にあることになります。
 
 エイジが花芽形成の要因と考えられる例として,日長や温度条件に関わりなく,一定
の発育段階(葉数)に達しますと花芽を形成する中性植物があります。キュウリ,ソバ,
トマト,ツルナシインゲン,ソラマメ,ジャガイモなどがその典型例です。
 砂漠に生える植物の中には,発芽して直ぐに花芽を付ける種が知られています。これ
は水分の少ない条件の下において,出来るだけ早く花芽を付け,種子を実らせるためと
解されます。シロイヌナズナの変異株の中に,葉を次々に出すと云う栄養生長が出来ず,
発芽すると直ぐに花芽を形成するものが報告されています。この性質は劣性なので,通
常の植物の生長点においては花芽形成を抑制する仕組みが働いており,その抑制を解除
すると花芽形成を促すと解釈出来ます。
 
〈栄養とストレスの影響〉
 栄養条件が花芽形成に影響を与えることは,古くから知られています。通常,窒素チッソ
肥料を多く施しますと花芽形成は遅れ,逆に窒素が欠乏しますと花芽形成が早まります。
花を付ける植物の祖先は水中に生活する藻類と考えられていますが,藻類の多くは窒素
を少なくしますと生殖活動を始めます。水田などにおいてよく見掛けるアオウキクサや
イボウキクサは,種子を付ける単子葉植物ですが,窒素欠乏にしますと確実に花芽を形
成します。アサガオは長日条件下では三十数枚の葉が出るまで花芽を付けませんが,窒
素欠乏にしますと葉が数枚出た段階で花芽を付けます。窒素欠乏と云う条件は,植物界
全体に共通する生殖への転換条件なのです。C/N比(炭素と窒素の比)が高まります
と花芽の数が多くなることは古くから指摘されています。これは,窒素欠乏によって花
芽形成が誘導され,炭素,つまり光合成の量が多い程,花芽と種子の生長がよくなるこ
とを意味しています。
 
 ストレス(正常な発育を阻害する条件)も,花芽を形成させる条件です。例えば,ア
オウキクサに解熱剤とされるサリチル酸を与えますと,花芽を付けます。アサガオに非
常に強い光を照射し続けたり,株全体を低温に置きますと花芽を形成します。また,試
験管内における培養が長引きますと,花芽を付けやすくなる,などです。
 これまで述べた条件が,どのような仕組みによって花芽形成を誘導しているかは,現
在研究中ですが,これら全く異なる要因が,結果として植物体内において同じ反応を引
き起こしていることが明らかになりつつあります。
 
    花が全開する時刻(神戸市)
 
5時半(8月) アサガオ・カボチャ・ムクゲ・モミジアオイ・ナス
6時 (6月) ツユクサ
7時半(6月) タンポポ
8時 (8月) マツバボタン
8時半(4月) チューリップ
9時 (6月) カタバミ
16時 (10月) オシロイバナ
19時半(6月) オオマツヨイグサ
22時 (10月) ゲッカビジン
 
 このように一日のうちで花の咲く時間も,植物によりほぼ決まっています。植物体内
に時刻を測る仕組みがあるためであり,これは内生ナイセイリズムによると考えられていま
す。内生リズムの支配を受ける酵素は多く分かって来ましたが,リズム本体の物質的正
体は未だ明らかにされていません。
 
〈植物の寿命と開花〉
 花は,開花直後から老化します。特に花弁の組織は,開花と同時に老化が始まり,若
返らせることは出来ないと云われています。植物組織の老化は代謝プロセスですので,
花を長く保たせるには,代謝を抑制することが有効です。具体的には,低温に置く,ガ
ス条件を変える,呼吸阻害剤や代謝抑制剤を与える,などの方法があります。
 
 植物は生長点において細胞が分裂し,生長を続けて行きますが,生長点そのものには
寿命はありません。例えば茎頂を分離して試験管の中において培養し,次々に植え継い
で行きますと,無限に生長が可能です。ところが実際の植物には,一年生,二年生,多
年生と,決まった寿命があるように観えます。これはどのように考えればよいでしょう
か。
 一・二年生の全ての種は,1回結実性植物です。つまり,花を付け果実を付けますと,
個体の寿命が尽きます。この理由の一つとして,生長点自身が花芽になる場合がありま
す。この場合,構造的に葉を次々と出す栄養生長は出来ません。第二の理由は,花が咲
いた後は結実しますが,生長しつつある種子は物質の吸収力が非常に強く,通常古い葉
の成分,特に窒素やリンの化合物は分解されて種子に運ばれるため,順次葉は枯死して
行きます。種子を成熟させるために,葉そして最終的には根や茎も,構成成分の急速な
分解,つまり老化により枯死してしまうのです。花芽が付きますと,根における物質吸
収が止まると云う報告もあります。一・二年生植物の開花を抑制するか,又は次々と花
芽を取り除き,栄養生長が可能な温室において栽培しますと,寿命は長くなります。タ
ケ,ササ,リュウゼツランなど,1回結実性の多年生植物の寿命も,同じ理由で説明出
来ます。
 
 一方,繰り返し花を咲かせ果実を実らせる多結実性植物においては,茎頂の生長点が
花芽になることはありません。また,木本においては貯蔵養分の量が多いので,結実の
ために個体が枯死に至ることはありません。このような植物では,個体の物理的保持が
出来る得る限り,生長が続くと考えてよいでしょう。

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