08 植物の世界「開花のメカニズム」
植物の世界「開花のメカニズム」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
多くの野生の花は,一年のうち特定の季節に咲きます。それは,植物に季節の移り変
わりを知る仕組みがあるからです。植物は日長ニッチョウと温度の変化から,季節の移り変わ
りを感知しています。春に咲く花の多くは,冬の低温と,春になって日が長くなること
が引き金となっています。また,夏から秋にかけて咲く花の多くは,短日タンジツが引き金
となっています。
〈葉芽から花芽へ〉
一般に開花と云いますと花が咲くことを意味しますが,植物生理学の分野においては,
もう少し広い意味に解釈して,植物が花芽を付け,それが生長して蕾となり,そして文
字通り花が開くまでの過程を纏めて開花と呼びます。植物生理学においてフラワリング
floweringと云いますと,花芽形成を意味します。これは,葉になる芽(葉芽ハメ)と花に
なる芽(花芽ハナメ)とに分かれることで,花芽分化とも云います。
まず,花芽とは何かを説明しておきましょう。植物は通常,発芽しますと茎と根の先
端部にある分裂組織(生長点)の働きによって,上下方向に生長して行きます。茎頂に
おいては,葉が一定の規則(多くは互生ゴセイ)によって作られて行きますが,それが花
芽に変わるときには輪生リンセイとなります。花芽を構成する苞ホウ,萼片ガクヘン,花弁,雄
蘂,雌蘂,心皮シンピは,花葉カヨウと云います。元々は葉と相同のものですが,外側から順
に葉の性質を失い,それぞれの花に特徴ある形態と機能を持つようになります。
最近の研究によって,花芽を構成する萼片,花弁,雄蘂,心皮が,主に三つの遺伝子
(A,B,C遺伝子)によって決定されていることが分かりました。
この三つの遺伝子のどれもが変異して機能が失われますと,最早花弁も心皮も出来ず,
全て葉になってしまいます。日常よく食卓に上るカリフラワーは,A遺伝子と,別のも
う一つの遺伝子が変異したために生じたものであることが,最近証明されました。
〈温度が関係〉
植物が特定の季節に花を咲かせるのは,多くの場合,花芽形成が日長や温度によって
決定されるからです。花芽が形成されますと,生長して蕾となり,開花します。一般の
草本の場合,花が咲く1〜2カ月前に花芽形成が始まっているとみてよい。樹木や球根
では,花の咲く数カ月前に花芽が形成される場合が多い。
キクは切り花用として最も生産量が多く,ほぼ通年花が入手出来ますが,基本的には
短日性です。短日性と云いますのは,夜の長さが一定時間(通常12〜13時間)以上続き
ますと花芽形成を引き起こす性質のことです。キクにおいては,花芽形成に必要な短日
の日数は最低3日とされ,10日間短日が続きますと,茎頂に花芽が認められます。
自然条件下において花芽形成しない日長では,遮光して人工的に短日を作ります。逆
に花芽を付けさせないようにするには,夜間の電灯照明を行い,人工的に長日チョウジツと
します。いわゆる「電照菊デンショウギク」と云う栽培法です。電灯照明は,夕方より深夜(
正確には薄暗くなってから8時間目)の方がより効果があり,深夜の光は,1分間の電
灯光照射で短日効果を打ち消します。温度の効果は,一般的に15〜20℃が好適であり,
10℃以下になりますと花芽分化しない品種があります。
草本の中で,短日性のものと長日性のものの例
短日性 アサガオ・オナモミ・ダイズ・イネ・イチゴ・カランコエ・シソ・コスモス・
ポインセチア・サルビア・シロザ・シャコバサボテン・ダリア
長日性 ホウレンソウ・ハツカダイコン・クローバー・ヒヨス・カーネーション・シュ
ッコンカスミソウ・キンギョソウ・オオムギ・コムギ・レタス・ペチュニア・
エンドウ・ノコギリソウ
長日性植物の多くは,低温も必要です。
球根類の中には,休眠を打ち破るために高温や低温が必要なものがあります。チュー
リップは4月中旬から5月上旬にかけて開花し,その後,新球の肥大が進み,6月に入
って掘り上げられた後,花芽が分化します。10月中・下旬の植え付け前後には花粉,胚
珠ハイシュが形成され,冬季の低温を経過した後,春,温度が上昇するにつれて花茎カケイが伸
長して開花に至ります。チューリップの開花には,日長は殆ど関係しないと云われます。
スイセンは地下に鱗茎リンケイを形成しますが,花芽形成は7月に始まり,その後,徐々に
花芽が発達し,冬の低温を経て開花に至ります。このほか,フリージア,テッポウユリ,
ラナンキュラス,アネモネなども,花芽形成に低温が必要とされます。スイセンにおい
ては,夏の高温が花芽形成に必要とされます。
花木においては,花の咲いた後,新しい枝が伸びますが,その頂芽チョウガや腋芽エキガに
翌年の花芽が形成されます。その花芽分化には,主に温度が関係していると云われます。
高温になると花芽分化するものと,低温になって花芽分化するものの例
分化開始期 高温で花芽分化するもの
6月 レンギョソウ・ツバキ・ツツジ
7月 ジンチョウゲ・サクラ・ボタン・クチナシ・カイドウ
8月 ウメ・モモ・ドウダンツツジ・アセビ
分化開始期 低温で花芽分化するもの
10月中・下旬 コデマリ・ユキヤナギ・アジサイ・エニシダ・バイカウツギ
これら,花芽が前年に分化して,冬を経て春に咲く花木は,冬の低温期を経ないと開
花は正常に行われません。
一方,春から夏にかけて花芽分化し,年内に開花するもの(ハクチョウゲ,ムクゲ,
アベリア,キンモクセイ,サザンカなど)は,花芽の発達に特に低温を必要とせず,寧
ろ高温の方が好適です。
〈日長反応の仕組み〉
日長が植物の花芽形成を支配すると云う「光周性コウシュウセイ」の現象は,米国の2人の育
種学者ガーナーとアラードにより,1920年に初めて明らかにされました。彼等は,タバ
コとダイズの花芽形成が,温度,栄養,土壌水分などではなく,主に短日条件によって
決定されていることを明らかにしました。その後の研究者により,短日と云うのは,実
は夜(暗黒)が一定時間以上続くことであること,また,長日は短日の条件が成立しな
いことであることが明らかにされました。
旧ソ連のチャイラヒャンは1937年,光周性を感知するのは葉であり,花芽分化は生長
点において起こるので,日長を感知した葉から生長点に何らかの化学的刺激が伝達され
ているに違いないと考え,この化学的刺激を「フロリゲン(花成カセイホルモン)と呼びま
した。
京都大学今村駿一郎教授(筆者竹葉剛氏の恩師)は,気孔の開閉にカリウムイオンが
関与していることを世界で初めて発見しましたが,アサガオが非常に強い短日植物であ
り,日長反応の解析によい研究材料であることを見出した業績でも知られています。
アサガオを用いますと,短日を感知するのが葉であること,短日処理した葉から花芽
形成を指令する何かが出ていることが,簡単に確かめられます。例えば,子葉シヨウが開い
たアサガオを暗黒下に16時間置き,明所に出して直ぐ子葉を切除しますと花芽は付きま
せんが,2〜3時間遅れて子葉を切除しますと花芽が付くことが,(約10日後に)確認
出来ます。この2〜3時間のうちに,短日処理された子葉から「何か」が出て,生長点
に働いて花芽を形成させたことは疑う余地がありません。
サツマイモは今日まで様々な品種改良が行われてきましたが,サツマイモは滅多に花
を付けず,花が咲きませんと品種改良は出来ません。そのため,近縁のアサガオを台木
とし,サツマイモを接ぎ穂として接ぎ木を行い,台木のアサガオを短日処理してサツマ
イモに花を咲かせることが行われました。アサガオの葉で作られた「何か」が,サツマ
イモの生長点に働いて花をつけさせるのですから,これは花成ホルモンが存在すること
を示す根拠となります。
なお,これまで光周性を感受するのは葉であると信じられて来ましたが,ネナシカズ
ラと云う寄生植物は,葉が殆どなく茎のみであるにも拘わらず,敏感な短日植物である
ことが最近分かりました。
[次へ進んで下さい]