07a 植物の世界「一斉開葉と順次開葉」
 
〈芽のつくりも開葉型に対応〉
 では次に,開葉する前の状態である芽に注目してみましょう。
 四季のある温帯の場合,樹木は翌年伸びるための葉を芽の中に畳み込んで越冬します
が,この芽は冬芽トウガ又は越冬芽と呼ばれます。冬芽は,普通芽鱗ガリンと呼ばれる鱗片
葉リンペンヨウを持ち,その中にある芽を厚く被って,厳しい冬の寒さや乾燥から守っていま
す。春になりますと,この芽鱗が脱落して,新葉や枝を伸ばして行きます。
 芽鱗は,葉身,葉柄ヨウヘイ,又は托葉タクヨウなど葉の様々な部分が変化して出来上がった
ものです。例えばケヤマハンノキと同じハンノキ属のミヤマハンノキは1枚の芽鱗を持
ちますが,これは2枚の托葉が合着して変化したものです。ヤナギ科ヤナギ属も1枚の
芽鱗を持ちますが,これは托葉ではなく2枚の葉が合着して出来たものであることが,
東北大学木村有香アリカ名誉教授によって指摘されています。
 
 芽鱗の数も種によって様々で,例えばシラカンバは長枝の側芽では2枚,短枝では6
枚あります。サワシバは24枚もあり,更にミズナラは40枚もあります。
 ミズナラにおいてはこの芽が出来るのは意外に早く,春の終わり頃,その年の葉を一
斉に開き,伸長を止めたときには大体出来上がっています。その後,徐々に発達し,夏
にはしっかりとした芽になっています。この芽は普通翌年まで開きませんが,葉が虫に
食われるなど,急いで葉を開かなければならなくなったときには,芽鱗を外して芽を開
き,枝を伸ばしてしまいます。こうした枝が出て来るのは,ミズナラの場合は異常事態
のときだけですが,ミズキ科のミズキのように1年の間に3〜5回も側芽が伸長するも
のもあります。
 ミズナラやサワシバなど,多数の芽鱗を持つものは,一斉開葉型を示しています。こ
れとは対照的に,順々に葉を開いて枝を伸ばし続ける順次開葉型の樹木においては,多
くの芽鱗を作って,芽を包むことはありません。枝を伸ばしながら芽を作り,其処から
次々と葉を開いて行きますので,芽鱗を作るだけの暇がないのです。
 順次開葉型の樹木の芽には芽鱗はなく,やがて葉になる要素が順々に詰まっている形
になっています。例えばケヤマハンノキの場合においては,2枚の托葉と1枚の葉身と
が一組になって基本構成要素となり,これが幾つも組み合わさって芽を構成しています。
芽の外側の芽鱗に見えるものは,第一番目に開くべき葉の托葉が厚くなって,芽鱗のよ
うな役割をしているのです。
 シラカンバやミヤマハンノキは,芽鱗の数が一斉開葉型よりは可成り少ないが,順次
開葉型のように芽鱗が全くない訳でもありません。こうした樹木は,一斉+順次型の開
葉を示していることが多い。
 
〈同規構造と異規構造〉
 順次開葉型の樹木においては,芽は枝が伸びずに重なっていると考えますと,枝のど
の部分にも全く同じ基本構成要素(托葉+葉身+葉柄)の組み合わせによって成り立っ
ているものが付いていると云えます。この場合を同規ドウキ構造と呼びます。これに対し
て芽鱗のある樹木の場合は,柄の部分によって異なった構成要素を持っている,つまり
葉を付けている(基本構成要素だけを持つ)部分と,芽鱗を付けている(基本構成要素
以外のものがある)部分があります。このような場合を異規イキ構造と呼びます。
 これを系統的に考えてみますと,原始的な樹木は,おそらく枝のどの位置にも同じ構
成要素の葉が付いていた,つまり同規構造であったと思われます。それが何らかの要因
によって,特定の位置の葉が芽鱗に変化して,冬の間は葉を包み,春になりますと包ま
れていた葉が開き出す,つまり異規構造へと変わって行ったのではないでしょうか。
 
 順々に開葉するためには,同規構造で,頂端に芽を持ち,単軸分枝で伸長する筈です。
と云うことは,順次開葉,同規構造,単軸分枝と云う三つの性質は,可成り密接に結び
付いたものであると云うことになります。
 こうした樹木が,何らかの要因によって開葉様式が変化し,一斉開葉,異規構造,仮
軸分枝(又は単軸分枝)へと進化したと考えられます。例えばカバノキ科においては,
順次開葉型で,芽鱗がなく同規構造を示し,単軸分枝であるケヤマハンノキは最も原始
的なものとされ,一斉+順次開葉型で,芽鱗があって異規構造を示し,仮軸分枝である
シラカンバから,更にサワシバのように一斉開葉型を示すものが最も進化したものであ
るとされます。このような進化は,他の分類群においても同様に見られることから,各
分類群の中において並行して起こったと考えられます。
 
〈開葉様式の変化〉
 前述のとおり,開葉様式はその葉を付ける枝や,その開葉の元である芽と,密接な関
係にあることが分かります。では開葉様式そのものは,一体どのような要因によって変
化したのでしょうか。
 例えば乾燥や低温など,外的な要因がまず考えられますが,同じ地域の森林において
も,一斉開葉する種も,順次開葉する種も見られることから,これだけで開葉様式が変
化したとは考えにくい。また近年の熱帯多雨林の調査からも,温帯林と同様に一斉開葉
型の種も順次開葉型の種も見付かっていることからも,外的要因に大きな理由があると
は思えません。
 これには寧ろ,植物自身の生存競争に対する戦略の違いが重要であると考えられます。
 
 植物が葉を開くのは,それによって光合成を行い,エネルギーを獲得し,自分自身の
身体を作り上げるためです。また葉を開くことによって蒸散が大きくなり,根からの水
分吸収が促進されます。換言しますと,葉を開くことによって,その植物が生きて行く
ために必要な資源を獲得しているのです。
 しかし葉を開きますと,その葉を餌にする動物に狙われやすくなります。森林には巨
大な量の有機物が蓄積されていますが,その大部分は動物の餌になりにくい木質のもの
であり,餌になるようなものは意外に少ないのです。従って,若い葉を開く時期やその
開き方は,植物にとっては食べられやすいこの時期の被害をどのようにして少なくする
かと云う点において,大変重要なのです。
 
 食害を防ぐ方法としては,葉の強度を増すことが考えられます。しかし,そのために
は光合成に直接関係する葉緑体以外への投資を増やさなければならなくなり,葉1枚当
たりの光合成速度は低くなってしまいます。逆に光合成速度を上げようとしますと,葉
の強度が低くなり,食害に遭いやすくなります。
 また,どのような処に生えるかと云うことも,樹木の開葉パターンにとって重要です。
順次開葉型であるケヤマハンノキなどは,裸地や川辺など明るい処,つまり光が豊富に
得られる処に多いが,一斉開葉型であるミズナラ,ブナ,サワシバなどは森林の中,つ
まり光が得られにくい処に多く見られます。これは熱帯においても同じ傾向にあり,ギ
ャップ(倒木などによって林冠が開き,光を豊富に得られる処)においては順次開葉型
を示す種が多く,林内においては一斉開葉型の種が多い。
 裸地やギャップなどにおいては,他に光を奪い合うものが少ないため,順々に葉を広
げて,その新しい葉から得られるエネルギーによって,更に次に開く葉を生み出して行
けるのです。こうして葉は薄く,強度は低いため,食害に遭う危険性は高いが,光合成
速度も高いため,仮令タトエ食害されてもそれを補う位に次から次へと葉を出すことが出来
るのです。
 
 一方,森林の中においては,他の樹木が葉を開く前,つまり光のあるうちに早いもの
勝ちでとにかく葉を出さないと,光を得にくくなります。そして,一斉に葉を出した後
は生長を止めて,ひたすら翌年の開葉に必要なエネルギーを芽に蓄えて置かなければな
りません。一旦出し切ってしまった葉を食害されてはたまりませんので,仮令光合成速
度は低くなっても,葉の強度を高くしておく必要もあります。それに元々,葉を出し切
ってしまった林の中は暗く,光合成速度を上げることが出来ないのです。
 つまり順次開葉型の樹木においては,その年の春以降の稼ぎを直ぐさま新しい葉や枝
の伸長のために投資し,遣り繰りしています。これに対して一斉開葉型は,翌年春の開
葉のためにその年の稼ぎを備蓄している,と考えますと分かりやすいでしょう。いわば
経営戦略が異なるのです。
 このように,様々な環境に応じて,各分類群の中において開葉様式が分化し,それに伴
って枝の伸長様式も変化してきたと考えられます。

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