06 植物の世界「植物繊維の構造と利用」
 
           植物の世界「植物繊維の構造と利用」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 繊維とは,物体の形状についての名称としての意味合いが強く,科学的な定義があり
ません。通常使用している紡織ボウショク繊維は,紡績して糸にし,織ったり,編んだりし
て布に出来る「細長くて,しなやかで,適当に強くて軽く,容易に変質しないもの」と
定義されています。普通,太さは肉眼によって漸く見える程度に細く,長さは太さのお
よそ100倍以上のものを云います。
 
〈衣料から非衣料へ〉
 人間は4万年前,身体の保護と気候調節のために,木の葉や獣の皮をそのまま身に着
けて衣料としていました。人間の知恵が発達し,野山に散在するアサなどの植物から採
った繊維や獣の毛を束ね,紡ツムいで糸にし,縦横に織って織物にし,身に絡カラめ,或い
は縫い上げて衣服にしました。文明の発達と共に,人間は繊維や布に,生物学的な目的
の他に,羞恥シュウチ,威厳,礼儀,装飾などと云った社会学的な目的を加え,衣料として
の使用範囲を広げて来ました。現在においては,その使用範囲は,寝装,インテリアに
加えて,産業資材などの非衣料へと急速に広がっています。
 紡織繊維は,天然繊維と化学繊維の二つに大別されます。天然繊維には,ワタやアサ
などの植物から繊維を採る木綿,麻などの植物繊維と,ヒツジの毛を刈り取って利用す
る羊毛や,蚕の口から出した糸から作る絹などの動物繊維があります。しかし天然繊維
は,栽培或いは飼育する土地と労力が必要な上,天候の影響が大きく,生産地域が限定
されるため,生産量や価格が不安定です。そこで木材,石炭,石油や天然ガスを原料に
人工的に繊維が作られて,化学繊維が誕生しました。化学繊維の製造は天然繊維を模倣
することから始まりましたが,現在においては合成繊維の中に,天然繊維の性質を凌シノ
ぐ多種類のハイテク繊維も出現しています。
 
 草木類や海草類の幹,枝,茎,葉,根,果実などの中にある植物繊維は,それらの形
態を保持したり,補強したり,また水分,栄養分などを植物全体に運んだりする役目を
果たすために束状で存在します。紡織繊維として利用される植物繊維束の長さは,苧麻
チョマや黄麻コウマの靭皮ジンピ繊維のように長いものでも40~50㎝です。1本の繊維の長さに
なりますと,比較的長い苧麻の繊維は約30㎝,短いものではイネやムギの茎繊維の約2
㎜と極めて短い。そして1本の繊維の太さは,何れの植物繊維も精々10~20ミクロンで,や
っと目に見える程度です。このような極細い繊維が,何百から何千もの束になって,繊
維束を形作っています。紡織繊維は形状的に,フィラメント(長繊維)とステープル(
短繊維)に分けられていますが,植物繊維は全てステープルです。
 
〈繊維の王者"木綿"〉
 栽培される綿には,一年草が多い。ワタはアオイ科で,高さ1~1.5mになり,温熱帯
の湿気のある土地において栽培されます。綿花は,種子の表皮細胞が生長した種子毛繊
維です。綿毛の付いたままの種子を綿実メンジツと云い,2種類の毛からなり,長い綿毛は
リント,短い地毛はファズと呼ばれます。リントは紡績用繊維に,ファズはパルプ,キ
ュプラ,アセテートなどの工業原料に用います。綿毛の長さは種,品種,環境によって
異なります。
 栽培ワタは,植樹して約100日後に優美な乳白色乃至淡黄色の花が咲き,翌朝にはピン
ク,淡紫色或いは赤色に変色し,夕方には落下,子房が徐々に生長します。開花直後か
ら,子房中の胚珠の表皮細胞が伸長生長し,約24日で終わって,第一次細胞膜が形成さ
れます。膜の肥厚生長は,開花後十数日から伸長した表皮細胞の膜壁の内側に,薄い層
が沈着して始まります。1日毎に薄層が層1ずつ沈着して20~25の薄層の年輪状第二次
膜を形成します。これが種子毛として発達,更に,約20日間で綿毛として朔(草冠+朔
)果サクカ内において生長が終わり,2~3週間経ちますと成熟して朔(草冠+朔)果が割
れ,白い綿毛(綿花)が現れます。コットンボールと呼ばれるその綿毛を収穫して,種
子を繰り抜き,綿毛を紡いで木綿糸とします。
 
 木綿繊維の断面形状は中空ですが,生のときは円形で,乾くと偏平になり,天然撚ヨり
を発生します。この繊維層は,外からクチクラ,第一層及び第二層の3層から成ります。
その中心に断面積比が繊維層の3~4%のルーメンと呼ばれる中空部があり,これが吸
水性や保温性に関係します。繊維の長さ方向にある天然撚りの撚り数は品種によって異
なり,1㎝当たり約60~120です。これによって,繊維同士の抱合力が大きくなったり,
紡績しやすく,糸になってからも耐久力をもたらします。
 木綿の繊維長は比較的長く,比較的均質な性質を持ちますが,生産国毎に品種があり,
特性が異なります。特に繊度センドは,シーアイランド・コットン(海島綿カイトウメン)の約1
デニール(繊維や糸の長さが9000mで長さ1gのときを1デニールと云う繊度の単位)か
ら,布団綿用の太いデシ綿の約3.5デニールまであり,用途に応じて使い分けられます。
海島綿の品質が最高とされており,次いでエジプト綿とトルファン綿で,これらは細番
手用として重視されています。
 
 木綿繊維は,グルコース(ブドウ糖)分子が真っ直ぐ鎖状に連結したセルロースから
なっており,乾燥時には全組成の88~96%を占めます。これによって,吸湿と放湿,膨
潤ボウジュンと収縮と云う相反する現象を繰り返すことから,木綿は「生きている繊維」と
云われています。乾燥時よりも湿潤時の方が引っ張りに強いことは,木綿繊維の特徴の
一つです。しかし,繊維の水分率は代表的な天然繊維中で最も低い。
 また,木綿繊維は一般に弾力性と伸長性があり,綿蝋メンロウを含んでいるので紡績しや
すい。綿織物となっても多くの特徴があります。肌触りが柔らかく,色沢が優雅,保温
力に富み,見掛けの比重が小さい。吸湿力に優れ,染まりやすい。アルカリ性に耐え,
膨潤しますが,損傷されません。酸に弱いですが,弱酸に対しては変化しません。洗濯,
漂白が容易です。染色性は,天然染料始め各種合成染料によく染まり,良好です。これ
らのことから,洋服地,和服地,寝具類,肌着類,ハンカチ,タオル,布団綿,カーテ
ンなど広範囲に用いられています。
 
 木綿の高性能化,高機能化への改質は,素材の改質よりも樹脂加工や化学繊維との混
紡・混繊コンセンなどの後加工による方法が続いています。最近,木綿の良さをそのまま生
かす品種改良綿(ハイブリッド・コットン)や未乾燥綿の化学改質の他に,本来の特徴を
生かしながらの特殊仕上げ加工の研究開発が進展しています。
 木綿の生産高は,化合繊時代になった今日においても世界中の全繊維生産高の約50%
で,「繊維の王者」の地位を占めます。現在,八十数カ国において生産されており,全
世界生産高の約30%を占める中国を筆頭に,米国,インド,ロシア,エジプト,メキシ
コ,ブラジル,パキスタンと続き,中近東,アフリカ諸国の生産も増加しています。綿
紡績の主要国は,米国,日本,ドイツ,フランス,イギリス,ブラジル,パキスタンで,
綿製品を生産・輸出しています。
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