02 植物の世界「宇宙植物学」
 
             植物の世界「宇宙植物学」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 宇宙植物学の研究には二つあります。宇宙活動をする人類の,食糧としての植物を,
宇宙においてどのように生産するかと云う研究がその一つです。もう一つは,宇宙の微
小重力環境下における,重力に対する植物の反応とその仕組みを研究することです。一
つ目の研究のためにも,植物が微小重力下においてどのような生活をするかが分かって
いることが大切です。
 更にもう一つ,宇宙の空間において長期間生活することを考えますと,現在私共が地
球において観賞用植物を栽培するのと同じ目的での植物栽培の研究法も付け加える必要
がありましょう。この精神衛生を目的とした植物栽培は,「青い惑星」と呼ばれる緑溢
れる地球に生活している私共にとっては,想像以上に重要かも知れません。
 
〈宇宙での食糧生産〉
 宇宙環境において作物を育てる場合,現在地球において行われている「植物工場」か
ら得られる知識が役立ちます。光,温度,湿度などが人工的に調節され,土を使うこと
なしに人工的な培地バイチに養分が自動的に供給されるからです。このように生育に最も
適した条件になるよう人工的に調節した条件においてコムギを栽培しますと,地球上の
肥沃な畑の5倍,また収量の世界記録の2倍の生産が上げられると云う科学者も居ます。
天気を心配する必要がありませんので,連続して何回でも栽培出来ますので,宇宙飛行
士が1日に3000kclの食物を摂るとしますと,1人当たり30〜40uの宇宙農園で生命を維
持できると云った計算もなされています。
 しかし,この地上での模擬実験においては,宇宙の微小重力については考慮が払われ
ていません。尤も,月面基地においては重力が地球の6分の1はあるらしいので,重力
はあまり問題にならないと云う研究者も居ます。しかし,当面計画されているのは月に
までは行かない宇宙空間において,其処は微小重力の世界です。
 
 しかし,実際に宇宙において食糧にする程の量の作物を育てるとなりますと,それは
生優しいことではありません。地上と違って宇宙基地の中に,いわゆる閉鎖生態系を作
り出す必要があるからです。其処においてはエネルギーのバランスが破綻を来さないよ
うに,精密な制御が必要です。つまり,人間の排泄物を始め,作物の食糧となる部分以
外の藁ワラ,根なども宇宙基地の外に投げ捨てる訳には行きません。この分野は宇宙植物
学の近接研究分野となっています。米国においてアリゾナ州の砂漠にドームを造り,そ
の中に長期間研究者を閉じ込めて,自給自足の生活をする実験が行われたことは,記憶
に新しい。
 
〈突然変異を利用する〉
 宇宙の微小重力下において植物の生育がどのようになるかと云う問題は,現在のスペ
ースシャトルの短期間の飛行では研究が困難ですし,ロシアの宇宙船ミールも利用空間
が狭く,この種の研究は行われていません。地球上においてこの問題を取り扱うことは
出来ないものでしょうか。
 そこで筆者(菅洋氏)等が考えたのが,重力に正常に反応しなくなった突然変異系統
を用いることにあります。幸いこの目的に使えそうな,この種の突然変異があります。
オオムギの「serpentina(蛇)」と名付けられた突然変異系統では,出た来た茎が重力に
反応して姿勢を制御することが出来ないので,たまたま最初に茎が伸びた方向に勝手に
生長します。地面に植えますと茎は地上を蛇のように這い,鉢に植えて地面より高い処
に置きますと茎はシダレザクラのように垂れ下がります。宇宙においては重力がありま
せんので,正常な品種であっても,地上においてこの突然変異系統が示したような行動
を執るに違いありません。バラバラに伸びた茎の先端に穂が付きますが,たまたま垂直か,
それに近い茎に付いた穂では種子(穎果エイカ)は正常に稔りましたが,水平かそれに近い
茎についてた穂では,種子の稔りが悪く,特に穂の下側では悪いことが分かりました。
宇宙においては,茎を垂直に保つため,重力に代わる手だてを考える必要があります。
しかし,このオオムギの突然変異系統の場合,根は正常に重力に反応します。
 また,もし茎を垂直に真っ直ぐ立てる手だてが見付かっても,花粉が旨く飛び散って
雌蘂の上に落ちるかどうかも問題です。花粉と雖も重さがありますので,微小重力下で
の行動はどうなるのか,全く分かっていません。
 
 普通,地上の重力下においては植物の茎は上に,根は下に伸びます。根は地中から養
分や水を吸い上げると共に,しっかりと地下に張った根は植物を支える役目をします。
常に重力の存在する地球において進化して来た植物は,重力に対して地上部は重力と反
対方向に,地下部は重力の方向に反応することにより,都合のよい姿勢を作り上げるこ
とが出来ます。また,風や雨によって倒れた植物は,この重力に対する反応によって立
ち上がることが出来ます。
 エンドウのある突然変異系統は根が重力に反応しなくなった結果,最初に根の分化し
た方向にそのまま伸びるため,あるものは土の上に向かって伸びて,空気中に出て来ま
す。空気中に伸びた根は,空気中の湿度が低いと死んでしまいます。ところが,一旦地
上の空気中に出た根は,土に十分水が含まれている場合は,再び土の方,即ち下に向か
って方向転換して伸びて行くことが分かりました。この突然変異系統の根は重力に反応
しないことから,根には水分の多い方向に向かって曲がる性質(屈水クッスイ性)があるこ
とも分かりました。植物のこれらの性質を利用しますと,重力のない宇宙において植物
を栽培する場合でも,養分を含んだ適当な材質のものに根が入ったり,絡み付いたりす
ると思われますので,植物の栽培を効率よく行えるかも知れません。実際,米国の航空
宇宙局(NASA)などでは,このような研究も行われています。オオムギと反対に地
上部は重力に正常に反応します。
 筆者等のコムギを用いた研究においては,根が水分の多い方向に屈曲する性質の大小
には,品種の間において差異があることが分かりました。そうしますと,将来は地上で
の栽培植物の改良とは異なる,宇宙環境に適した品種改良も必要となるでしょう。また,
宇宙環境での植物栽培においては,光合成のためのエネルギーを人工光に頼らざるを得
ませんので,成る可く少ないエネルギーによって発芽,生長し,収穫出来る作物や品種
を選ぶ必要があります。コムギを用いた予備実験においては,弱光下での稔実ネンジツ能力
に品種間で差異があるらしいことも分かりました。こうした点も,宇宙環境向き品種を
作る際の改良の対象になるかも知れません。
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