02a 植物の世界「宇宙植物学」
 
〈クリノスタットを利用する〉
 重力の存在する地上において,重力のない環境を模擬するもう一つの方法は,「クリ
ノスタット」を用いる方法です。この装置は一種の回転装置で,植物を水平に置いてグ
ルグル回転させます。重力は常に上方から下方にかかっていますが,植物はグルグル回転し
ていますので,重力は一方からでなく全方位からかかることになり,恰も重力を受けて
いない状態を模擬するのです。
 アサガオの「ヴァイオレット」と云う特殊な系統は,発芽して3日位の芽生えをたっ
た一晩でも長い夜に置きますと,後は連続光の中に置いても,蕾を付けることが出来ま
す。つまり典型的な短日タンジツ植物であり,開花の仕組みを研究するのによい材料です。
この系統をクリノスタットに載せて,回転させながら長い夜に1回置きますと,蕾を付
けました。
 このことから推察しますと,宇宙の重力のない処においても,多分短日植物は長い夜
に反応して,花を咲かせることが出来るでしょう。宇宙環境においては,人工の光を利
用しますので昼夜の時間はスイッチ一つで自由に調節出来ます。長い夜が開花の妨げに
なるタイプの植物(長日チョウジツ植物)もありますが,これも照明を人工的に行いますの
で問題はありません。
 クリノスタットの回転軸が一つの場合は,水平にグルグル回るだけですが,最近におい
ては回転軸が二つで360度の方位にも無作為に回転する三次元クリノスタットも開発さ
れ,実験に用いられています。
 このようなクリノスタットを利用して,植物の光合成を司る色素の発達やいろいろの
酵素の働き,細胞壁を作っている多糖類の組成などに及ぼす,擬似微小重力の影響も調
べられています。光合成など植物が澱粉を作り上げる作用が,無重力下において旨く行
かないとしますと,将来の宇宙環境下においての食糧生産は重大な影響を受けることに
なります。従って,これらの研究は大変重要なのです。
 
〈宇宙での昼夜の交代〉
 宇宙船やスペースシャトルはおよそ90分で地球を一回りしますので,45分毎に夜と昼
が交代することになります。宇宙船において植物を育てる場合,太陽光だけに頼るとし
ますと,このサイクルの昼夜の交代によって植物は旨く育つでしょうか。実験によりま
すと,このような短い時間の昼夜の交代では,花が咲く咲かないとは別に,植物の生育
それ自体が正常でないことが分かりました。植物は地球のほぼ12時間を中心とする昼夜
の交代の下において進化して来ましたので,あまり短い昼夜に交代下においては旨く育
たないのです。宇宙船や宇宙基地においては人工の光を用いてこの問題をクリアしなけ
ればならないでしょう。何れにしても,宇宙においての作物栽培は太陽光だけに頼るこ
とは出来ません。
 
〈重力で何を感じるか〉
 植物が重力に反応すると云うことは,まず重力を感じるセンサーが存在することが必
要です。植物においては貯蔵澱粉の大きな粒を含有している色素であるアミロプラスト
がその役目をしており,このアミロプラストが重力を感じて細胞の中を下に向かって沈
降します。これが反応の第一歩で,それから種々の反応が引き起こされ,最終的に屈曲
などの目に見える反応が起こります。宇宙船の微小重力下においてはこのアミロプラス
トの沈降が起こらないことが観察されています。
 重力に対する反応が正常でない突然変異遺伝子(lazy)を持つ系統のイネでは,重力
反応を示さないときでも,このアミロプラストは正常に沈降します。従って,この突然
変異系統においては,アミロプラストの沈降より後に起こる反応の何処かが遺伝的にお
かしくなっているのでしょう。しかし,最終的な姿に現れる反応が起こりませんので,
このような突然変異系統は重力による屈曲反応の仕組みなどを研究する材料としても有
用です。
 
〈重力が形を決める〉
 風雨などによって倒れた植物の茎が曲がって起き上がる屈曲作用は,重力を感じて起
こる反応として,目に触れやすい。この屈曲作用とは別に,重力が物の形を決める作用
があります。その作用についての面白い実験を最後に紹介しましょう。
 
 キュウリやカボチャのようなウリ科の植物の種子は硬い種皮に包まれていて,芽生え
はこの硬い種皮から旨く抜け出して来る仕組みが必要です。キュウリなどは芽生えの茎
と根の境にペグと呼ばれる突起を作り,それを種皮に引っ掛けて,梃テコのようにして芽
生えを持ち上げ,硬い種皮から旨く抜け出して来ます。ペグは芽生えが地面に接する下
側に出来ます。
 種子が地上に落ちるとき,種子のどちら側が下になるかは,偶然に支配されます。芽
生えはどちら側にもペグを作る潜在的な能力を備えており,偶々タマタマ下側になった方が,
重力の作用によってペグの組織を発達させます。
 キュウリの芽生えを水平に置いて一定期間おきに地面に接する面の上下を逆さにしま
すと,ペグは芽生えの両側に出来ます。この実験結果から推測しますと,宇宙環境にお
いては重力が働かないのでペグは出来ず,硬い種皮に包まれたキュウリのような植物は,
旨く発芽出来ないかも知れません。
 屈曲以外のこのような形を作る作用に対する重力の働きも,宇宙植物学の重要な研究
課題です。このように,宇宙植物学は従来の植物学に基礎を置いているとは云え,新し
い魅力に富んだ学問分野となっているのです。

[次へ進む] [バック]