43 植物の世界「神の依代の木・サカキ」
 
           植物の世界「神の依代の木・サカキ」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 わが国の神は「去来する神」であり,山や海から人里に遣って来る「客マレビト」です。
そこで里においては,神霊の移動の際の乗り物,招かれた神霊の宿る場所を特別に用意
する必要があります。サカキはそのような神の依代ヨリシロ,又は神に捧げる木として選ば
れた木であり,「栄える木」或いは神域との「境の木」を意味すると云います。榊サカキと
云う文字は,このような性質を受けてわが国において作られた文字です。
 しかし,元々はただ1種の樹木ではなく,神事に用いた複数種の木を指していたよう
です。例えばオガタマノキ(モクレン科)は「招オぎ霊タマ」,タブノキ(クスノキ科)は
「霊タマの木」から付いた名前であると云う説があり,これらもまた,神の宿る「さかき
」の一つであったと考えられます。また,『夫木和歌抄フボクワカショウ』(1310年頃成立)に
は,「ちはやぶるかもの社ヤシロの神あそびさか木の風もことにかぐはし」と"さかきの香
り"が詠み込まれていますが,サカキには香りがありませんので,これはシキミ(シキミ
科)であると云う説が有力です。現在においても,サカキの少ない北陸地方においては
ヒサカキを「さかき」と呼んで神事に用いていますし,中部地方においては同じくソヨ
ゴ(モチノキ科)を「さかき」とする処があると云います。
 
 サカキは,これと云った特に目立つ木ではありません。西日本には他にも沢山常緑の
木はあります。ただ,全く鋸歯キョシのない大きめの濃い緑の葉と,鋭く尖る鎌形の芽が印
象的で,整然と2列に並んだ葉の上面は,艶のある平面を形作ります。
 降臨して来る神霊の目印や依代として,サカキが重要な役割を持つ神事は数多い。京
都の祇園祭においては,月鉾ツキボコや菊水鉾キクスイボコ,長刀鉾ナギナタボコなどの目立つ位置
に,大きくサカキが取り付けられますし,滋賀県大津市の日吉ヒエ大社の山王サンノウ祭にお
いても,境内の山中かり伐り出して来た大サカキに神霊を依らせ,これを運ぶことで神
霊の移動を表現します。東京都昭島市拝島ハイジマ町の榊祭においては,約6mの大きなサ
カキを植え込んだ神輿ミコシが街を練り歩きます。葉の一枚一枚に四垂シデ(紙垂)を結び
付け,木の頂上には御心筒ゴシントウと云う依代を立てます。御心筒には,魔除けの神であ
る祭神の大山咋命オオヤマクイノミコトが降り,座しています。四垂の付いたサカキの小枝は,祭
りの後,もぎ取って家に持ち帰り,神棚に供えますと魔除けとなります。
 
 サカキには,また霊力も備わっています。静岡県東部の奥三河を中心とする地方に伝
わる独特な祭り,花祭のクライマックスに登場する榊鬼は,背中にサカキの枝を挿した
赤鬼で,祭りの最上位,主客です。榊鬼の踏む反閇ヘンバイは,独特な足の踏み方をするこ
とで邪気を祓い,正気を招来する呪術ジュジュツで,威力絶大と云われます。この鬼ともど
き(禰宜ネギ)の問答において,もどきが持つサカキに鬼が手を触れ,「この榊と申する
は、山の神は三千宮サンゼングウ、一本は千本、千本は万本、七枝二十枝までも惜しみきし
ませ給うこの榊、誰が御許しにてこれまで伐り迎え取ったるぞ」と云う件クダリがありま
す。サカキの持つ神聖さ,神秘的な霊力を示す遣り取りでしょう。

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