42a 植物の世界「樹形はどのようにして出来上がるのか」
〈光の明暗によって変わる樹形〉
葉をどのように展開すれば,光合成の効率が上がるのでしょうか。
この問題は様々な角度から検討されて来ました。葉を支える分枝構造を考えないで,
葉の配置を分析しますと,同じ光合成効率を持っている葉においても,それを一つの水
平面にびっしりと敷き詰めた場合と,上下にランダムに散バラ播いた場合においては,光
利用効率に大きな違いが出て来ます。水平の単層構造は暗い光条件下において稼ぎが多
く,逆にランダムに散った葉群は明るい条件下においてより効率的に稼ぐことが出来ま
す。単層より2層,3層と,葉がより多層になって来ますと,より明るい条件が有利に
なって来ます。
また,明るいところにおいては,葉が全てランダムに散っていることよりも,幾つか
の纏まり(その中においてはランダムに分布する)に分かれて散る方が稼ぎが良い。こ
うした構造はクラスター構造と呼ばれますが,実際に熱帯多雨林のフタバガキのような
巨大高木においても,また温帯林のブナのような林冠木においても,1本の木が大枝を
単位にクラスター構造を持っている例がよく見られます。
一方,暗い林内の低木の枝張りを観察しますと,綺麗に1層に葉を並べている例を幾
らでも見付けることが出来ます。
針葉樹の中においてもモミ属やトウヒ属は,クリスマスツリーでお馴染みのように,
1本の上向する幹と其処から輪生リンセイ状に毎年ほぼ水平に生えて来る側枝系によって,
綺麗な円錐状の樹冠を形成します。わが国の亜高山帯にあるモミ属オオシラビソの森に
おいては,同じ種でも明るいところにおいてはクリスマスツリー形の木が生えています
が,暗い林内に育つ後継木では傘形の平たい樹形になる現象が見られます。暗いところ
においては植物体の生長が著しく抑制されますが,それだけでなく,少ない生長量を上
方向の幹の伸長ではなく横方向の側枝の展開に回す分配パターンが生じます。その結果,
暗いところにおいて有利な単層型の樹形が出来上がることになります。
ボルネオ島の熱帯低地雨林に出現するアオギリ科のスカフィウム・マクロポドゥムは,
樹高が30mにも達する樹種ですが,数mになるまで枝分かれせずに暗い林床において生長
して行きます。生長に伴って,実生ミショウでは切れ込みのなかった葉に,ヤツデのような
深い切れ込みが入り,葉柄が長くなります。特に暗い処においては,この葉を旨く付け
て単層的な葉の配置を実現しています。更に十数m程に大きくなり,枝分かれを始めたよ
うなサイズの個体においては,葉は再び全縁形になります。分枝構造によって,葉の配
置を解決出来るステージになるのです。この興味深い樹形のダイナミックスは,1995年
現在,大阪市立大学山田俊弘大学院生が詳細に分析しているところです。
さて,熱帯多雨林の樹木の樹形を見てみますと,下層木程ひょろ長い樹形を持つ傾向
が認められます。暗い林内においては葉の配置が1層で,明るい上層においてはより複
雑になると云う説明に合致しない現象が見られます。このパラドックスは,林内の光環
境と其処に生育する樹木の双方が変化して行くことを考えに入れますと解決出来ます。
樹木間の激しい競争に勝ち抜くためには,倒木などによって明るくなったときにはチャ
ンスを逃さずに上方へ生長して行くことが重要です。暗い環境において細長い樹形を保
っている樹種は,このチャンスに賭けている連中なのです。
熱帯と対照的に北半球の亜寒帯林においては,取り分けトウヒ属やカラマツ属の針葉
樹の上層木の樹形が際立ってひょろ長くなります。その結果,一本一本が孤立するよう
になり,横方向に繋がった林冠層が出来ません。高緯度においては,太陽高度が低いた
めに横からしか日が差さず,また散光の利用が重要になったり,枝先の雪氷付着害が側
枝の生長を抑制したりしますので,こうした樹形が出来上がります。
〈幹と葉と枝分かれの関係〉
大きな葉や複葉を持つ樹木においては,枝先の頂端から既に太い茎を持つ傾向があり
ます。あまり細かく枝分かれしないのも特徴です。前述のパンヤ科やアオギリ科は,特
に肥茎ヒケイ型の目立つ分類群です。斜行するような枝張りはしにくく,樹形は幹枝分化型
になりやすい。単茎型の樹形のヤシ科やパパイア,ソテツ,木生シダなども例外なくこ
のグループに属します。一方,小型の葉を持つ樹木の茎は細いだけでなく,強靭です。
シナノキ科は痩茎ソウケイ型の典型です。樹形は主と側がはっきりしない混合型が多い。因
みに側枝添伸型の樹形を採るホルトノキ科は,肥茎型と痩茎型の中間に位置付けられま
す。こうした枝先の形態に取り分け注目しましたのは,シンガポール植物園在職中に熱
帯樹の形態や生長の分析に卓越した業績を遺したイギリスのコーナーで,肥茎型から痩
茎型へと云う高等植物の進化傾向の意義を指摘しています。
樹木地上部の生長は枝先の伸長生長ばかりでなく,茎の肥大もあります。樹冠を支え
る太い幹の存在も,私共が認識する樹形の重要な構成要素です。では,幹や枝の太さは
どのように決まるのでしょうか。これは,通道器官と支持器官としての茎の機能に基づ
いた分析から明らかにすることが出来ます。
樹木の樹冠を上方から水平にスライスして行き,葉量と茎断面積との関係を見てみま
すと,ある高さにある主幹も枝も全て合わせた茎の総断面積は,その高さ以上にある全
ての葉の量にほぼ比例しています。樹木が単位葉量を先端に持った一定の太さのパイプ
の集合体であると考えますと,旨く説明出来ます。1964年に大阪市立大学の篠崎吉郎氏
等によって提唱されたパイプモデルです。枝がなく,従って葉も増えない下部の主幹の
太さは,パイプモデルにおいては一定の筈ですが,実際には下に行く程太くなります。
この部分は,上にある荷重を支えると云う機能から,力学的に説明出来ます。
〈パソコンで自然の造形を再現〉
多彩な樹形と云う自然の造形をコンピュータ上において再現して見ようと,云う試み
も続けられています。意外なことに,あまり実現的でない,つまり高等植物の枝分かれ
の基本ルールを無視した単純な二又分岐モデルにおいても,角度と生長量の組み合わせ
において,実際に見られる様々な樹形の三次元構造が結構再現出来ます(中略)。
国立環境研究所の竹中明夫氏は,幹枝分化型の単純なルールだけを与えて,各枝先が
其処において得られる光資源量に応じて伸長・分枝出来ると云う,完全に枝先毎に独立
生計を営む場合の樹形形成をシミュレートしました。その結果,実際に見られるような
樹冠形成や,集団状態における下枝の枯れ上がり現象が旨く再現出来ました。樹形のダ
イナミックスの理解が,こうしたアプローチによって益々深まって行くことが期待され
ます。
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