42 植物の世界「樹形はどのようにして出来上がるのか」
植物の世界「樹形はどのようにして出来上がるのか」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
私共が樹木を見るとき,一枚一枚の葉とか,一つ一つの花とかではなく,まず全体の
形が目に飛び込んで来ます。樹木は種毎に特徴的な形をしています。筆者(甲山隆司氏
)の居る北海道大学のキャンパスにおいては,広闊コウカツに枝を広げ球形の樹冠の美しい
ハルニレや,枝が皆上方に伸びているので細長い姿になるポプラ(セイヨウハコヤナギ
)が,葉を落とした冬に殊にそれらしい樹形を見せてくれます。
〈木の生活を知る手掛かり〉
「樹形」とは正確に云いますと,枝分かれによって形成される地上部の三次元構造で
すが,その構造は,樹木が葉群れによって光を捉え,また花や果実と云った繁殖器官を
配置するための骨格となります。ですから,樹木の生活を知るためには,樹形の理解は
欠かせません。
ところが,植物図鑑からは葉や繁殖器官の形態や,それらの枝先における配置と云っ
た情報しか得られません。樹木をもっと詳しく調べようと思い立って植物標本庫を覗ノゾ
いたとしましょう。其処のおいてお目に掛かれる樹木の標本は,新聞紙半頁大の台紙に
貼られた,従って本来の三次元構造が押し潰された枝先だけの乾燥標本です。分類学の
研究は,基本的にはこのサイズの標本に基づいて行われますので,樹木の種の記載にお
いては,全体の樹形と云う情報はどうしても副次的なものになってしまいます。これが
もっと小さな草本類やシダ植物なら,地下部も含めて植物体全体が標本に納められてい
ますし,更に昆虫や脊椎動物の標本と比べて考えますと一目瞭然ですが,個体のほんの
一部が標本であるなどと云うのは,化石標本みたいな話なのですから,不思議なことで
はないのでしょうか。
それでは,親切に樹形を見せる樹木全体の写真やイラストがあればどうでしょうか。
困ったことに,それでも樹形を理解する決め手にはなりにくいのです。日の当たり具合
や土壌条件,周りにどのような木があるかなどの生育地の環境や個体の大きさによって,
樹形は大きく変化します。それにも拘わらず,樹形からハルニレやポプラであると認識
出来るのは,そう判断出来る幾つかの特徴があるからです。よく見知った種でも個体に
よっては,一見しますとそれとは認められないような姿のものも見掛けます。それはそ
れで,何らかの意味や事情があってのことです。じっくりと樹形を読み解いて行くこと
によって,樹種の,そして個体の意味や事情が見えて来る筈です。
本稿においては,樹形から樹木の生活を見て行く,幾つかの手掛かりを紹介しましょ
う。
〈生長のリズムと枝の向き〉
樹形は,枝分かれの積み重ねによって作られます。「枝先だけの標本」と云いました
が,どのように茎が伸び,枝分かれして行くかと云う樹形形成の基本要素は,若い枝先
から読み取ることが出来ます。樹形を構成する幹や枝は,形態学的には同じ「茎」です。
あらゆる種子植物において,茎は必ず頂端にある分裂組織から伸長生長します。葉は,
茎の伸長に付随して作られて行きます。茎の分枝は,葉の茎側基部に出来る新たな頂端
分裂組織が伸長して生じます。この同じルールに縛られながら,多彩な樹形の変異が出
来上がっているのです。
フランスのアレとオランダのオルデマンは,熱帯の樹木の様々な樹形を,樹形形成の
構成要素の特性に基づいて分類しました。彼等は,以下のような特性に注目しています。
@枝先の生長に,生長期と休止期のリズムがあるかどうか。
冬がある高緯度帯や乾季のある乾燥地帯においては当然休止期が入りますが,明瞭な
季節性のない湿潤熱帯においてもリズムを持つ生長をする種は多い。また,温帯の種を
観察しますと分かるように,生長期においても茎は初めに一斉に伸長するのが普通であ
り,その後,2度伸び,3度伸びとリズミカルに伸長して行くこともあります。伸長リ
ズムを持つ茎においては,一伸び単位の下の方は葉と葉の間隔が長く,葉も場合によっ
て早落性の鱗片状になったりして,上の方の大きな葉と区別出来ることも多い。そうし
た場合は,葉群れが伸長単位に対応して固まって付くことになり,樹形形成の重要な要
素ともなります。
A茎の生長方向が上向きか横向きか,また1個体の中において上向きの茎と横向きの
茎がどのように出現するのでしょうか。
茎の目指す方向は,同じ個体の中においてもまちまちです。皆上に伸び上がって行き
ますと,ポプラ型のひょろ長い樹形になりますが,個体としてうまく光を捕捉ホソクしよう
としますと,横に伸びて行く茎も大事です。上向き生長をする茎においては,葉が茎に
対して螺旋ラセン状に配置されます。2枚の葉が茎の同じ部位に対ツイに付く対生葉タイセイヨウの
場合には,90度ずれて交互に配置され,上から見ますと十字になりますので十字対生と
呼びます。一方,水平方向に生長する茎においては,元々螺旋状に配置された葉でも,
水平面に並ぶように2列状に葉柄ヨウヘイが捻ネジ曲がり,対生葉も2列配置となります。分
枝も,上向きの茎においては放射状に起こりますが,横向きの茎においては水平面に沿
って2方向にしか起こらない場合が多い。主幹1本だけが上向きの茎で高さを稼ぎ,後
は皆横向きの茎で葉を展開して行く,と云うのは分かりやすい体制ですが,実際には様
々な組み合わせが見られます。
〈腋芽の存在と繁殖器官の付き方〉
B主幹と枝のそれぞれが,茎の先端からの継続生長によって形成される(単軸)か,
或いは葉腋ヨウエキの側枝が引き継いで幹を形成して行く(仮軸カジク)か,です。
全く上向きの茎を持たない場合においても,仮軸的な組み合わせと,二次的な幹の肥
大によって,真っ直ぐ上向する主幹を持つことが出来ます。
C繁殖器官が茎の先端に付く(頂生)か,葉腋に付く(腋生)か,です。
繁殖器官が何処に付こうとそれ自体は樹形と関係なさそうに想われるかも知れません
が,特殊な枝系である繁殖器官が付きますと,その先はもう単軸生長出来ないことにな
りますので,樹形形成に大きな影響を与えることになります。
D側枝の生長が,仮軸タイプの特殊な例として添伸テンシン型になるか,です。
添伸型とは,枝先が上向きで長さ生長が抑制された短枝型になり,その下から腋生す
る枝が水平方向に伸長する生長パターンのことです。
これらの組み合わせによって,アレとオルデマンは23のモデルを発表しましたが,大
まかに云って4型に分けることが出来ます。即ち,
T 単茎型(枝分かれしない樹形。2モデル),
U 等分枝型(各茎が全て上向し,分化していない樹形。4モデル),
V 幹枝分化型(上向する主幹と其処から分かれる側枝が形態的に識別出来る樹形。
14モデル),
W 混合型(各茎が上向き生長と横向き生長を合わせ持ち,幹と枝の間に形態的な区
別が出来ない樹形。3モデル),
です。
ハルニレやケヤキのような,樹冠の先においては幹も枝も区分出来ない樹形が混合型
です。ブナもシナノキ科の樹木もこのタイプに属します。一方,モミ属のような針葉樹
の多くは幹枝分化型のタイプです。熱帯林においては実に様々な樹形に出くわしますが,
これは形態的に幹と枝とが分化しており,かつそれぞれの形成過程が様々なためです。
23のモデルはあくまでも便宜的なものではありますが,その半分以上が幹枝分化型に
属すことからもこのグループの多様性が分かります。中でも特徴的なのが,側枝が添伸
し,かつ幹の生長がリズミカルであるために側枝系が幾つかの層をなすモデルです。モ
モタマナ型分枝とも呼ばれるこのタイプには,パンヤ科のインドワタノキ属やパキラ属,
アオギリ科のアオギリ属やピンポンノキ属,ホルトノキ科のホルトノキ属なども含まれ
ます。
添伸型分枝は,今までに開拓した場所においてしっかり葉を交代させて生きながら,
更に側枝を展開させて横に広がって行こうとする分枝方法であり,旨く水平の葉層を敷
き詰めることが出来ます。これは落葉樹,例えばカバノキ科やイチョウによく見られる
短枝(殆ど茎を伸長させない枝)と長枝との分化と同じ適応的な意味を持ちます。短枝
なしで枝を伸ばして行きますと,古枝に新たに葉が付くことはありませんから,伸長し
た外縁にだけ葉を持つことになってしまいます。数年の寿命を持つ常緑樹の葉を考えま
すと,短枝上においては葉の重なり合いが生じてしまい,効率的ではありません。落葉
樹において短枝形成が目立つのはそのせいでしょう。同じ属においても落葉樹において
だけ短枝分化が顕著になる傾向が,モチノキ属やハイノキ属に見られます。添伸型分枝
もあまり長命の葉の場合は具合が悪い筈です。パンヤ科やアオギリ科の例は何れも熱帯
性の種でありながら短命で,かつ葉の重複を避けるように長い葉柄の大きい葉や掌状ショウ
ジョウ複葉を持っていますし,ホルトノキ属の葉も常緑葉ながら比較的短命の傾向が強い。
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