35a 植物の世界「分子系統学による植物分類」
〈キク科分析の意外な結果〉
次に,植物分子系統学の成果の幾つかの例を挙げて説明しましょう。まずは,植物分
子系統学の創始者であるパーマーに敬意を表して,彼等の研究から紹介します。彼等は,
キク科の属間の系統関係,及びキク科と他の科との系統関係を,葉緑体DNAの制限酵
素断片長多型解析とrbcLと云う光合成のときに二酸化炭素を固定する酵素の遺伝子の塩
基配列を決定し,その比較によって詳細に解明しました。
キク科は全世界に1100〜1200属2万3000種以上が知られる種子植物最大の科で,頭状
トウジョウ花序カジョと呼ばれる沢山の花が集まって,恰も一つの花のように見える特殊な花
序を形作ることなどから,リンネの時代から科としてはよく纏まった自然分類群である
と考えられて来ました。しかし,科の中の系統関係や他の科との系統関係となりますと,
数多くの異説が唱えられ,はっきりしたことは分かっていませんでした。
パーマー等は一連の研究から,南アメリカに固有のバルナデシア属のグループがキク
科の中において最も原始的な群であること,カリケラ科,クサトベラ科がキク科に最も
近縁な科であることを明らかにしました。また,マリーゴールドのグループは一つの自
然分類群ではないことが分かりましたが,このグループは過去の研究からは,よく纏ま
った群として広く認められていただけに,予想外の結果でした。
〈裸子植物は単一の祖先から〉
米国においてはパーマーの弟子のチェイスが中心になって,種子植物のおよそ一通り
の科を代表する合計499種の植物のrbcLの塩基配列を決定し,その情報に基づいて分子系
統樹を作ると云う大事業を行いました。その結果は1993年に発表され,これによって種
子植物の科レベルのおおまかな系統関係が明らかにされました。この系統樹を観ますと,
ユキノシタ科やミズキ科のように形態形質を用いた研究からもその系統的な纏まりが疑
問視されていた科は,矢張り自然分離群ではないことが示されました。
また,ドクウツギ科やトベラ科などは,形態の研究から予想された類縁関係と大きく
異なる系統的な位置が示され,この研究の重要な成果の一つとなっています。
裸子植物については綱コウを,シダ植物については科を網羅した分子系統解析を東京大
学の長谷部光泰等が行っています。この研究に拠りますと,これまでの形態の研究にお
いては,系統を反映した分類群ではないであろうと考えられて来た裸子植物が,グネツ
ム類も含めて,単一の祖先から分かれた単系統群であることが分かりました。
グネツム類は他の裸子植物よりも複雑な形態の花を持ち,その特徴が被子ヒシ植物の花
と似ていることが指摘されることから,被子植物の直接の祖先の生き残りではないかと
云われたこともありました。最近においては,グネツム類の中に被子植物に多く見られ
る虫媒花を発達させているものが見付かって話題を呼んでいます。
しかし,分子系統解析の結果は,グネツム類は,残念ながらそのような「生きた化石
」ではなく,単に裸子植物の特殊化したものであることが示されるなど,驚くべき結果
が出ています。
〈同じ水生植物でも別々に進化〉
サトイモ科は約120属2500種からなる大きな科で,20世紀初めに発表されたエングラー
の分類体系が長く用いられて来ました。最近,主に属レベルの研究が盛んに行われ,い
ろいろな形態的な特徴が再検討された結果,サトイモ科の外見的な特徴はよく分かるよ
うになりました。しかし,系統分類と云う点においては,エングラーの分類体系を大幅
に書き換えるような結果は未だ発表されていませんでした。
東京大学の邑田仁ムラタジン氏等が,このサトイモ科の中でもよく纏まった群として認め
られて来たテンナンショウ属,リュウキュウハンゲ属を中心に,rbcL遺伝子の塩基配列
比較による分子系統学的解析をしてみたところ,思い掛けない結果が得られました。
最も著しいのは,今までは比較的近縁だが,別科にすることではほぼ合意が得られて
いたウキクサ科がサトイモ科に入ってしまったことです。更に,同じ水生植物であるこ
とから,ウキクサ科に入れた方が良いかも知れないと考えられて来たボタンウキクサが,
同じサトイモ科ではあるが,ウキクサ科とは系統的にはずっと離れた,テンナンショウ
属の中に入ってしまったことです。
つまりこれら二つの水生植物は,全く別な系統群から独立に分かれたことになります。
水生植物のように特殊な生活環境に適応したものでは,形態的な特殊化が著しく進むこ
とはよく知られていますが,こうしたものの系統を調べるとなりますと,形態的な解析
では到底不可能です。
また,テンナンショウ属,リュウキュウハンゲ属は共に単系統群となりませんでした。
従来の分類群(例えば属)は,例えばキク科の頭状花序のように,その分類群を特徴付
ける,分かりやすい分類形質を持つと云うことが,重要な条件でした。しかし,ボタン
ウキクサやウキクサのように,近縁なものとは似ても似つかないような特殊化が起こっ
たり,形質の逆転が起こったりすることがあります(例えばAで獲得された雄花群と雌
花群の隔たりが,そこから分化したBで再びなくなる)ので,少し大きな分類群になり
ますと,分かりやすい分類形質を見付けることが困難です。このようになりますと,形
態に基づく分類は不可能であると云うことになります。
サトイモ科の分子系統学的研究は未だ始まったばかりですが,今後の研究においてサ
トイモ科の進化の全体像が明らかになり,分類体系も大幅に書き換えられることになる
でしょう。
〈似ても似つかぬ近縁性〉
最後に筆者自身の研究を紹介しましょう。チャセンシダ科は700種以上を含むシダ植物
最大の科です。キク科同様,昔から科全体として系統学的にも纏まっているであろうこ
とは,殆ど疑いがなかったものの,科の中の種間の系統関係はさっぱり分からず,それ
故にどのように属を設けるかと云うことさえ,定説がなかった群です。手始めに日本産
のものを中心に25種のrbcLの塩基配列を決定し,分子系統樹を描いてみました。すると,
意外な結果が幾つか出ていることが分かります。例えば,ヒメタニワタリは,小笠原諸
島と北大東キタダイトウ島及び中国の海南島だけに隔離分布する種で,葉脈が一部網目状にな
る特殊な心形の葉と,長く這う,矢張り特異な根茎を持ちます。分子系統樹は,ヒメタ
ニワタリは,匍匐ホフク根茎を共有しますが,葉形は全く異なるホウビシダと近縁であるこ
とを示しています。葉形はときに短期間で大きく変わることが分かります。
また,チャセンシダ科においては,比較的近縁な種間においてのみ自然雑種を作ると
されています。これに反する例として,オニヒノキシダと云う,ヒノキシダとクルマシ
ダの間の雑種と推定されるものが報告されていました。オニヒノキシダは園芸品として
出回っています。この雑種の両親種とされていますヒノキシダとクルマシダは,分子系
統樹では可成り近縁です。筆者等がこのオニヒノキシダを調べたところ,この雑種の両
親はヒノキシダとオオタニワタリであることが分かりました。
単葉のオオタニワタリと,細かい複葉で葉の先に無性芽ムセイガを付けるヒノキシダは,
外見上は何も似ていません。ところが,分子系統学研究によりますと,非常に近縁であ
ることが示されています。形態にとらわれていたこれまでの植物分類学者は,外見上は
似ても似つかぬため,ヒノキシダとオオタニワタリが近縁であるとは考えませんでした。
まして,両種が雑種を作ることは思いもしなかったのです。
このように分子系統学の華々しい成果を紹介しますと,現代分類学にはDNA解析装
置さえあればよい,と云う訳ではありません。系統解析は分類学の非常に重要な部分で
はありますが,全てではありません。
例えば,どのような種が地球上に存在するかを解明し記載するのも,またそれらの種
がどのような歴史を辿って,更に,どのように新しい種を生み出しながら進化して来た
かを化学的に解明するのも分類学です。そのためには,形態も含め生物の持つ様々な情
報が必要です。分類学は,これらの多様な情報を総合化する学問分野なのです。植物分
類学が分子生物学の新しい技術までも取り込んで,益々大きく発展して行くことを期待
しています。
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