28a 植物の世界「果樹品種の誕生と発達」
 
〈偶然に優良品種が生じる〉
 栽培品種の中においても,自然落下した種子から実生苗が育って来たり,接ぎ木苗の
台木から芽が伸びて,栽植した品種と異なるものが出て来たりします。このように親が
不明の実生種を偶発実生と云い,これまでに多数の優良品種が発見されています。ニホ
ンナシの[長十郎]や[二十世紀],モモの[白桃ハクトウ]や[大久保]はその代表的な
ものです。このほかにも,カキ,クリ,ウメ,アンズ,スモモの古い品種に,偶発実生
に由来するものが多い。中でも世界的によく知られているのは,リンゴと柑橘類です。
 「種タネまきジョニー」の物語をご存じの方も居られるでしょう。19世紀,米国がゴー
ルドラッシュによって沸き返っていた頃,それに目もくれずリンゴの種子と苗木を各地
に配布して歩き,リンゴ栽培の普及に努めたジョナサン・ハズブロウクの話です。彼が播
いたリンゴの種子から沢山の偶発実生が生まれ,米国の育種発展の素地を作ったと云わ
れます。
 
 一般にお馴染みの[紅玉コウギョク]はニューヨークにおいて発見された偶発実生ですが,
米国においてはジョナサンの貢献を記念して[ジョナサン]と名付けられ,現在この名
で世界中において生産されています。そのほかに私共がよく知っている[デリシャス]
[ゴールデンデリシャス]も偶発実生から生じた品種です。わが国にも導入され,今日
多く栽培されている[ふじ]や[陸奥ムツ]などの親として貢献しました。
 
 今から3000万年程前に,インドのアッサム地方において誕生したと推定される柑橘類
は,長い間に各地に伝播デンパし,自然交雑が重なってライム,シトロン,レモン,ブン
タン,ダイダイ,スイートオレンジ,ミカンなど多数の種類,系統に進化発達しました。
現在栽培されている柑橘類の品種は,これらの子孫と云ってよいでしょう。
 各地において自然交雑が行われたのは,航海に必要なビタミンCの供給源として果実
を運び,世界各地の航海先において種子を播き,木を育てた人等が居たためと云われて
います。
 
〈突然変異から新しい品種〉
 由来のはっきりした品種の木でも,ある枝だけ特定の形質が異なるものがあります。
体細胞突然変異によるもので,枝変わり,又は芽条ガジョウ変異と云います。自然界にお
いては,枝変わりはよく見かける出来事です。枝変わりは,ある形質だけが異なり,他
の有用形質は変化していないので利用しやすい。また,この形質の変化は果皮や果肉の
色,種子の有無,熟期の早晩,樹性の差異など,外見上で区別しやすいものが多い。特
にリンゴや柑橘類に,枝変わりに由来する品種が多い。
 
 自然状態のままで果皮の色が変わったものでは,リンゴの[スターキングデリシャス
]が有名です。1921年,米国ニュージャージー州において,[デリシャス]の枝変わり
として発見され,1924年に発表されました。[デリシャス]の薄紅色の果皮に比べ濃紅
色の果皮は美しいので人気を呼び,世界中に広まりました。
 そのほか,緑色から赤色に変わったものでは,セイヨウナシの[バートレット]から
生じた[マックスレッド・バートレット],フドウの[ナイアガラ]から生じた[レッド
・ナイアガラ]がよく知られています。
 
 熟期が早まったものも発見しやすく,多数の品種があります。カキにおいては[富有フ
ユウ]から[松本早生富有],[次郎]から[前川早生次郎],[平核無ヒラタネナシ]から[
刀根トネ早生]などが有名です。
 柑橘類では,ウンシュウミカンから生じたワセウンシュウは,果樹園や農家の庭先に
おいても多くの系統が生まれ,産業的にも大きな貢献をしています。酸っぱいナツミカ
ンから酸の少ない[川野なつだいだい]に,種子のある[ダンカン]と云うグレープフ
ルーツから無核の[マーシュシードレス]が生じた例なども興味深い。
 
 γ(ガンマ)線などの放射線を照射して,人為的に突然変異を起こさせる方法もありま
す。ニホンナシの[二十世紀]は黒斑病コクハンビョウに弱く,薬剤散布を何回も施さないと
健全な果実を生産出来ませんが,放射線を照射して育成した[ゴールド二十世紀]は黒
斑病に強く,薬剤と労力の節減のために大きく貢献しています。
 またオウトウの木は高さ5m以上にも達するので収穫作業などが大変ですが,放射線を
照射して樹高を低くした品種[コンパクト・ランバート][コンパクト・ステラ]などが
育成されています。
 
〈長い年月をかけて育種〉
 果樹の育種において最も広く実施され,大きな成果を挙げているのが交雑育種です。
品質良好,病虫害に強い,などの育種目標に合った品種を親に選んで交雑します。優性
形質のものは雑種第一代によって目的としたものを得ることが出来ますが,劣性形質の
ものは雑種第二代,三代と世代を重ねることが多い。実生した苗木が結実を開始するま
で,モモとクリは3年,ウメ,アンズ,スモモ,ブドウなどは3〜4年,リンゴ,カキ,
ミカンなどは6〜10年を要します。更に品質や栽培性,地域適応性などを検定して,優
良品種と認められるまでに最も早いモモで12年以上,ナシで約18年,ミカン,リンゴに
なりますと20年以上を要しますが,近年技術が進歩し,育種年限は短縮されています。
 
 同じ種の中において交雑することを品種間交雑と云い,この方法によって多数の品種
が育成されています。農林水産省果樹試験場において育成されたリンゴの[ふじ]やニ
ホンナシの[幸水コウスイ]などは,品種間交雑育種によるものです。[ふじ]は[国光コッ
コウ]×[デリシャス]の組み合わせによるもので,[国光]から日持ちの良さを,[デ
リシャス]からは甘味と香りを受け継ぎました。[幸水]は[菊水キクスイ]×[早生幸蔵
コウゾウ]の組み合わせによるもので,[菊水]から品質の良さを,[早生幸蔵]からは果
皮色と耐病性を受け継ぎました。そのほかにも例は多く,例えばモモの[白鳳ハクホウ]は
[白桃ハクトウ]×[橘タチバナ早生],クリの[筑波ツクバ]は[岸根ガンネ]×[芳養玉ハヤダマ
]の組み合わせによって育成されました。
 
〈染色体数が大きな影響〉
 種の異なる品種を交雑することを種間交雑と云います。米国の有名な育種家のバーバ
ンクは,スモモ(プラム)にアンズ(アプリコット)を交雑して雑種を作り,親の名称
を採って[プラムコット]と命名しました。私共の身近にも,ウメとアンズの雑種であ
る[豊後ブンゴ]や[杏梅アンズウメ],スモモとウメの雑種[李梅スモモウメ],ミカンとオレ
ンジの雑種[タンゴール],ミカンとブンタンの雑種[タンゼロ],オレンジとカラタ
チの雑種[シトレンジ]などがあります。現在,よく栽培されている栽培品種の中にお
いても,アメリカ系ブドウとヨーロッパ系ブドウの雑種[キャンベル・アーリー][ナイ
アガラ],ニホングリとチュウゴクグリの雑種[利平リヘイぐり]などがあります。ヨーロ
ッパスモモも種間交雑のよい例です。
 なおヨーロッパスモモのように,果樹には染色体数が増加したものが多い。大粒ブド
ウの[巨峰キョホウ]は4倍体です。野生のマメガキの染色体数は2n=30ですが,栽培種の
甘カキは2n=90の6倍体,渋ガキの[平核無]は2n=135の9倍体です。野生種から栽培
種へと進化する過程において,染色体数が増え,大粒化や種子なしに大きな影響を及ぼ
したものと考えられます。
 
〈バイオテクノロジーも利用〉
 現在,果樹育種の分野においても,バイオテクノロジーの技術が盛んに利用されてい
ます。雑種個体から得られない場合や育種の効率を更に向上させるために,交雑種子に
試験管内において育てる胚培養ハイバイヨウ法や,植物ウイルスに感染していない個体を得る
ために茎頂ケイチョウの生長点を培養する茎頂培養法などが用いられています。しかし何と云
っても,二つの細胞を融合させて一つの細胞とする細胞融合法の導入により,大きな進
歩を遂げたのです。
 この方法により,柑橘類においてはオレンジとカラタチの細胞融合によって出来た体
細胞雑種[オレタチ]が育成されています。オレンジとカラタチの両方の性質を示し,
2n=36の4倍体(複2倍体)です。そのほかにも,ウンシュウミカンとネーブルオレン
ジの雑種[グレーブル]など,数種の組み合わせによる細胞融合雑種が作られています。
 この方法は交雑によらない雑種育成法として画期的なものであり,交雑困難な遠縁属
間の雑種育成,花粉や種子のない品種の改良などに利用出来ますので,今後の成果が期
待されます。
 栽培品種も野生種同様に,自然の法則に合わないものは生存出来ません。更に,栽培
品種は自然淘汰だけでなく,環境適応性,生産性,嗜好シコウ性,商品性,経済性などを満
たしませんと人為淘汰されてしまう運命にあります。このような厳しい条件に打ち勝っ
て発展して来た果樹の品種は,人類の文化遺産であると云ってもよいのではないでしょ
うか。

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