27 植物の世界「植物の窒素固定」
 
            植物の世界「植物の窒素固定」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 窒素チッソは蛋白質や核酸などの成分であり,私共が何らかの形で毎日大量に摂取しなけ
ればならない元素です。
 地球には大量の窒素(197×10^15t)が存在しています。しかし,その大部分は地殻中
(約97.8%)や大気中(約2%)にあり,動植物や微生物が利用出来る環境中(土壌,
地球表層岩石,海洋)の窒素は,全体の0.2%程度(4×10^14t)程です。つまり,大
部分は地表から離れた深層岩石中や深海の堆積物中に存在しており,生物が利用出来る
窒素はそんなに多くはありません。
 現在,世界中において1年間に使用されている窒素肥料の総量が約8×10^7tで,これ
で全世界の穀物,野菜,果物の生産を賄っています。現在の農業は,耕地に多量の窒素
肥料を投入して作物生産を維持している状況です。事実,穀物の栽培面積当たりの生産
量は,投入した窒素肥料の量に比例すると云うデータがあります。
 
 植物は,窒素を硝酸イオンやアンモニウムイオンの形で根から取り込みます。大気中
には窒素ガスが大量(3.9×10^15t)に存在しますので,植物がこれを利用出来れば素晴
らしいことです。しかし,植物は窒素ガスを利用することが出来ません。窒素ガスは,
硝酸イオンやアンモニウムイオンとなって初めて,植物が利用出来るのです。
 窒素ガスを,植物が利用出来る化学形態に変えることが「窒素固定」です。この反応
は,生物によって行われる「生物的窒素固定」と,生体反応が分からない「非生物的窒
素固定」の二つがあります。生物的窒素固定は,地球全体においては1年間に1億8000
万tが固定されていると見積もられています。
 一方,非生物的窒素固定においては,工業的な固定が年間約8000万t,そのほか,雷や
オーロラなどによる空気中における放電と,自動車のエンジンやボイラーなどの燃焼な
どからの固定が年間4000万t以上と考えられます。生物的窒素固定の量が,非生物的窒素
固定の量を遥かに上回っていると云えます。生物的窒素固定においては,農耕地におけ
る固定量が約9000万tと見積もられ,その大部分は,食用及び牧草のマメ科植物によるも
のと考えられます。
 
 人間は,植物が固定した窒素を蛋白質や核酸の形で摂取して生きています。地上の植
物が固定した窒素は直接又は放牧牛などの家畜を経て摂取され,海洋における藻類ソウルイ
が固定した窒素は魚介類を経て摂取されます。藻類が固定する窒素は,陸上植物が固定
する窒素に比べて極少ないので,これを無視して考えますと,人間の身体の約53%の窒
素がマメ科植物から,約47%が工場において生産された化学肥料に由来していると計算
されます。このことから,生物的窒素固定,取り分けマメ科植物による固定が,人間に
とって極めて重要な意味を持つことが分かります。
 
〈窒素固定を行う生物〉
 窒素固定を行う植物は,沢山あります。広義のマメ科植物(ジャケツイバラ科,ネム
ノキ科を含む)が代表的ですが,森林においては主役が異なり,カバノキ科のハンノキ
やヤマモモ科のヤマモモなど,マメ科以外の樹木(わが国において見られるものでは,
カバノキ科,ヤマモモ科,ドクウツギ科,グミ科,モクマオウ科の5科)が中心となっ
て,窒素固定が行われています。また,裸子植物のソテツや,水田において繁茂するシ
ダ植物のアカウキクサにも窒素固定能力があります。
 しかし,これらの植物は全て,植物自身が窒素固定を行っているのではありません。
共生する細菌が行っていて,植物は細菌に栄養を与え,固定された窒素を利用すると云
う立場にあります。
 
 アカウキクサを除いて,窒素固定を行う植物の根には,例外なく瘤コブが沢山出来てい
ます。この瘤を根粒コンリュウと云い,マメ科植物においては直径数o程度と小さいが,マメ
科以外の樹木においては,何年にも亘って生長して大きくなるものもあります。ハンノ
キの根を掘り起こして見ますと,地表地殻に拳コブシ大の大きな根粒を観察することが出
来ます。
 人為的に肥料を与えられない山野においては,窒素源は次第に枯渇して行きますので,
細菌を利用して窒素を入手することは,植物にとっては大変都合が良い。しかし,細菌
にとっては,狭い処に押し込められ,栄養は与えられても植物が枯れれば自分も死滅し
なければなりませんので,何のメリットもないような感じがします。
 生物は細胞の形態から大きく二つに分けられます。一つは細胞核を持つ真核シンカク生物
で,もう一つは核を持たない原核ゲンカク生物です。窒素固定を行う生物は全て原核生物
で,様々な種類があります。マメ科植物に共生するものは,根粒菌(リゾビウム属,ブ
ラディリゾビウム属,アゾリゾビウム属の3属)と呼ばれます。カバノキ科などの森林
の樹木においては放射菌(抗生物質を生産するため,製薬産業において利用されている
一群)のフランキア属が共生し,ソテツとアカウキクサにおいては藍藻ランソウ(光合成を
行う原核生物)が共生します。なお,根粒菌の一つであるアゾリゾビウム属は,熱帯産
のマメ科植物のセスバニア・ロストラタの根に根粒を作ると同時に,茎にも茎粒ケイリュウを
作ると云う変わり者で,この細菌の場合は根よりも寧ろ茎の方を好みます。
 
〈農業と根粒菌〉
 昔から,土壌の肥沃度を増すために,マメ科植物の力,つまり根粒菌の窒素固定能力
が利用されて来ました。江戸時代後期の農書である大蔵オオクラ永常ナガツネの『広益国産考コウ
エキコクサンコウ』(1842)には,ムギの畝間ウネマにダイズを植えることが推奨されています。マ
メ科植物の根粒とその機能が解明それたのは20世紀になってからですが,人類は東西を
問わず,経験的にその機能を利用して来ました。
 窒素化学肥料は,20世紀初めから生産されるようになりました。それ以前は,刈敷カリ
シキ,人や家畜の糞尿,堆肥,干鰯ホシカ,油粕など様々な肥料が用いられて来ました。肥料
を補うマメ科植物栽培の重要性は,現在以上に強く認識されていたことでしょう。現在
においても,ダイズは休耕田の転作作物として栽培され,ゲンゲは緑肥として水田に鋤ス
き込んで利用されています。
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