26a 植物の世界「マメ科栽培植物の起源」
 
〈種子の重さが10倍以上に〉
 第一は,植物体全体の巨大化です。この巨大化は,栽培植物に最も共通して見られる
特徴で,生活形や生育型の変化を伴っている場合が多い。例えば,インゲンマメやライ
マメ,ラッカセイの野生種の種子の重さは1粒80〜100mgですが,栽培品種では約10倍の
1g(1000mg)位です。アズキの大粒品種はヤブツルアズキの12倍以上,ダイズの大粒品
種はツルマメの約25倍にもなつています。一般に,同じ栽培品種においても,古い品種
や遺跡から発掘されている品種の種子は現在の品種より小さいこと,種子は多数の遺伝
子の積み重ねによって大きくなるため,巨大化は徐々に進んだと見なされています。
 
 第二は,種子散布能力の喪失です。マメ科の莢は乾燥しますと,中脈や縫合線沿って
裂け,種子を散布するか,節果セッカの莢の場合は1個の種子を包んだ果皮の断片が飛散し
て種子を散布します。例えば,ヒヨコマメの野生種においては莢が植物体から脱落した
後,地上部において弾けて種子を散布しますが,栽培種においては莢の脱落性も裂開性
も低下しています。一般にマメ科の栽培種においては,果皮を構成する繊維が薄くなり,
密度が低下するため,莢の裂開が悪くなって種子の散布能力が低下します。これが最も
進んだものですが,莢を野菜にする栽培品種もあります。しかし,種子を利用する品種
においては収穫後の脱穀(粒)作業に必要な程度の裂開性は残っている場合が多い。ア
ズキの栽培において,普通3回に分けて収穫するのは,莢の裂開と秋雨による種子の腐
敗を避けるためです。
 
〈種子が休眠しなくなる〉
 第三は,種子の休眠性の喪失です。マメ科植物の野生種の多くは,種皮の吸水性が悪
い硬実コウジツ種子を持つため休眠しますが,栽培種においては種子休眠は無くなっていま
す。例えば,ヤブツルアズキの種子は3年以上も地中に残っていて,乾湿の影響などを
受けますと容易に発芽します。これに対し,アズキの種子は,適当な時期に播くと一斉
に発芽します。種子休眠性の喪失は1個又は少数の遺伝子の突然変異によって起こりま
す。栽培と云う条件の下においては,遅れて発芽する個体は,除草されたり,速く育つ
個体との競争に負けるため,少ない世代数においても,非休眠性の個体が集団の大多数
を占めるようになります。一方,シカクマメには,種子休眠が残っていますが,そのた
め調理が難しく,美味しくないこともあって,種子はあまり利用されていません。
 
 第四は,生育型の変化です。野生祖先種は,ツルマメやヤブツルアズキのように蔓性
や匍匐ホフク性のものが多いが,栽培種は,矮性で直立性に変化しています。特に下部の節
において,分枝を欠くような変化が見られます。これは生育時の占有面積が小さくなり
ますので,栽培には都合が良い。地下結実性のラッカセイやバンバラマメ,ゼオカルパ
マメにおいても,茎から広がる枝の節間が短くなっています。更に,栽培の歴史の長い
種,例えばササゲやインゲンマメにおいては,直立性と蔓性の品種群に分化しています。
インゲンマメにおいてはまず,トウモロコシなどイネ科の栽培植物に巻き付く蔓性品種
が出来て,それに花序カジョを作ると茎の生長が止まる性質が加わって,直立性の品種が
出来たと考えられています。
 
〈生育期間の短縮化〉
 第五は,生育期間の変化です。一年生の種においては早生化が進み,多年生の種にお
いては多年生から一年生へと,繁殖までの期間が変化しています。ベニバナインゲンや
ライマメの野生種は多年生ですが,これらの主要な栽培品種は一年生として利用されま
す。ササゲやアズキの野生種は典型的な短日植物ですが,高緯度地方へ広がった栽培品
種は中日植物になっており,環境条件からの制限を受けにくいように変化しています。
更に,栽培化によって,1個体の開花期間も短くなっています。例えば,アズキはヤブ
ツルアズキより短い期間に一斉に開花し結実します。
 
 第六は,交配様式の変化です。マメ科の栽培種の多くは基本的に自家受粉ですが,野
生祖先種には虫媒チュウバイによって他家受粉するものがあります。例えば,ササゲやイン
ゲンマメなどの野生種には,雌雄の熟期が異なるなどの理由で他家受粉するものが多い。
バンバラマメの野生種は,アリによる虫媒植物ですが,栽培種にはアリの訪花なしに自
家受粉するものがあります。栽培種の自家受粉への変化は,訪花昆虫の少ない環境に適
応したためと考えられます。ソラマメにおいては逆に,自家受粉する原始的な品種から
昆虫の訪花を必要とする品種が分化しており,訪花昆虫が豊富な場所への分布拡大と共
に栽培化が進んだためとされています。
 
〈毒性の低下〉
 第七は,生化学的変化です。マメ科植物には,動物に食べられないように発達した有
毒成分の蓄積が見られます。更に,牧草や牧野に生える種の中には,D-アミノ酸や土中
のセレンなどを蓄積し,家畜を死なせたり流産させるものがあります。一方,食用の栽
培種には,ササゲやインゲンマメのように,栽培化によって毒性が低くなったり,有毒
成分を失ったものが多い。ですが,可食部以外の器官に有毒成分を含むものや,ナタマ
メのように調理過程において毒抜きが必要なものが多い。ガラスマメによるラチルス病
(下半身が麻痺する)や,ソラマメによるソラマメ病(溶血性貧血を起こす)は,この
ような成分を大量摂取することによって起こります。
 
 第八は,種皮色の変異の幅が大きくなることです。例えば,インゲンマメやアズキの
種皮は赤,ダイズにおいては黄色や緑の単色ですが,その野生種の種皮は黒か黒い斑入
りの褐色です。普通,栽培種においては種皮は薄色か単色になり,色や模様の異なる様
々な品種が見られます。また,地域や民族によって色の嗜好シコウ性があり,わが国やアン
デスのように鮮やかな赤が好まれることが多い。インゲンマメやアズキ,ダイズ,ヒヨ
コマメにおいては,種皮の色は色素とその発現を支配する優性遺伝子によって決まり,
栽培化の程度が高い薄色や単色の品種においては劣性遺伝子が多くなります。ササゲや
バンバラマメ,ゼオカルパマメなどにおいては,種皮と共に花冠の淡色化も進んでいま
す。
 マメ科の栽培植物においては,以上のような特徴を合わせ持ち,多様な生育型や可食
部を持つ品種に分化したエンドウやササゲ,インゲンマメなどは栽培化がより進んだ種
であると云えます。一方,直立化や種子の大粒化と少毒性などが進んでいないガラスマ
メや,一年生化や種子休眠性の喪失が進んでいないシカクマメは,栽培化があまり進ん
だ種ではありません。
 
〈人間の意志とは関わりなく変化〉
 それでは,こう云った栽培化の程度の違いや栽培種に共通する特徴は,知恵を持った
人間が植物の性質の違いを「意識して選んだ」結果によるのでしょうか。
 種子の休眠性や脱落性の違いを予め識別することの難しさを考えますと,少なくとも
近代的な育種が始まる以前は,人間の意志と関わりなく作られたと見た方が良いでしょ
う。
 古い遺跡からの食用マメの発掘は,エンドウでは7000〜6000年前,インゲンマメでは
8000〜7000年前に遡ります。地球上には,この頃までに人間が撹乱した場所が広がり,
今日の雑草の祖先が見られるようになっています。直立化や早生,自家受粉と云うマメ
科栽培植物の特徴は,このような撹乱的な環境に適応して出来上がっています。
 事実,インゲンマメやダイズ,アズキなどの雑草型や野生化系統のように野生種と栽
培種の中間型は,人為撹乱の環境に好んで生育します。直立し,野生種より早生で,種
子がやや大きく節間が短くなることから,大きな莢サヤや,纏まった莢の束を付け,人間
にとって魅力的となります。
 
 コンピュータ・シミュレーションに拠りますと,種子が休眠せず,莢が裂開しない個
体が突然変異率並みの10万分の1程度の確立で混在する集団において,人間が種子を集
めて翌年播くと云う単純な行為を続けますと,僅か17〜18世代のうちに,集団の殆どは
休眠しない種子や裂開しない莢を持つ個体になってしまいます。休眠しない個体の方が
次世代により多くの種子を残しますので,種子の休眠性や自然散布能力の喪失は,人間
の意志なしでも起こるのです。このような状況下において働く選択は,自然選択や人為
選択(意識的選択)と区別して,非意識的選択と呼ばれます。更に,栽培条件下におい
て起こる種子の大型化や成熟期の同調性,自家受粉なども,非意識的選択によって作ら
れたのでしょう。
 このように考えて来ますと,人間が意識的に選択した特徴は,毒性の回避と種子や花
の色だけと云うことになります。食卓に並ぶマメは,自然選択と非意識的選択と僅かば
かりの人為選択の結果,私共の食文化を作り上げるようになったのです。

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