25 植物の世界「ゴンドワナ植物」
 
            植物の世界「ゴンドワナ植物」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 何千qも海によって隔てられた処に,同じ仲間の植物が分布していることがあるのは
何故でしょうか。恐竜が繁栄を謳歌していた頃,南半球にあった巨大なゴンドワナ大陸,
其処において生まれた植物の生き残りや化石を手掛かりに,この謎を追ってみましょう。
 
 ゴンドワナとは,1億数千万年前に南半球に存在した巨大な大陸の名前で,現在のア
フリカ,オーストラリア(タスマニア島とニューギニア島を含む),南極,南アメリカ,
インドの5大陸と,ニュージーランド,ニューカレドニア,マダガスカルの島々がこの
大陸から分離したとされています。またチベットやネパール,イラン,トルコ,東南ア
ジアなどの一部も,この大陸に起源したと考えられています。「ゴンドワナ」と云う言
葉は,「(インドの一地方に住む)ゴンド人の土地」と云う意味です。この言葉が太古
の大陸の名前になったのは,この「ゴンド人の土地」において初めて発見されたグロッ
ソプリテスと云う化石植物が後に南半球の全大陸から見付かり,これらの大陸が以前は
一つであったのではないかと云う発想を生む大きなヒントになったからです。
 
 では植物学者は何故,ゴンドワナ大陸とその植物に注目するのでしょうか。その理由
は二つあります。
 第一に,多くの進化生物学者は,被子植物がゴンドワナ大陸西部において起源し,そ
れはこの大陸が分裂する頃に起こったと考えています。そのためゴンドワナ大陸とその
植物を研究することは,被子植物の初期の種分化や分布を知るために重要なのです。
 第二に,南半球にあった大陸は北半球の大陸と異なり,可成り長い間孤立していまし
た。ですから,其処に生育していた植物の進化も長い間独立して行われた訳です。その
ため植物のあるグループに見られる一風変わった不連続な分布は,ゴンドワナ大陸の知
識なくしては語れないのです。
 
〈ゴンドワナ大陸の分裂〉
 約3億年前,世界はパンゲアと云う一つの超大陸でした。それが南北に分裂し,約1
億7000万年前には,南半球のゴンドワナ,北半球のローラシアと云う二つの大陸に分か
れて存在していました。
 その後ゴンドワナ大陸は,まず@中央部のアフリカ − マダガスカル島 − インドの
ブロックと,A東部・西部の南アメリカ − 南極 − オーストラリア − ニュージーラ
ンド − ニューカレドニア島のブロックとに大きく分裂し,約1億年前にはアフリカ −
 南アメリカの一部を除いて分裂がほぼ完了しました。約8000万年前には更に前記Aのブ
ロックにおいて,南アメリカ − 南極 − オーストラリアの部分とニュージーランド −
 ニューカレドニア島の部分が分離し,7500万年前までには,@のブロックにおいてアフ
リカとインドが分離して行きました。自然地理学者の多くは,この段階においてはマダ
ガスカル島がアフリカよりもインドに繋がっていたと考えています。このことは,マダ
ガスカル島の植物相がアフリカ大陸のものと異なっていることからも予想されます。
 
 そして第三紀始新世シシンセイの約4500万年前には,インドが北半球の大陸に些か荒っぽい
形で繋がり,ヒマラヤ山脈が出来ました。またこの頃南半球においてはオーストラリア
及び南アメリカと南極の間にある大陸棚が分裂しました。こうした大陸の分裂によって
海流が変化したため,地球規模の気候変動が起きました。特に南半球においては,南ア
メリカとオーストラリアが南極から分かれたため周極海流が生まれ,気温が著しく下が
り,最終的には極氷河が出来ました。極氷河が出来ますと海水位は下がり,気候の変化
も激しくなるのです。
 この結果,気候の「黄金時代」は幕を閉じました。世界中から発見されている化石に
拠りますと,始新世の約4500万年前の地球には,極氷河は存在せず,植生も北極から南
極まで暖温帯から熱帯のものでした。つまり最後の大陸分裂期であった始新世は,暖か
く湿潤な気候に恵まれていた「温室の地球」の最後の時代であり,その後,気候条件の
悪化によって,世界の植生の大部分が現在のような植生に変化したのです。
 
〈針葉樹の分化〉
 ゴンドワナ起源の被子植物について考える前に,もっと古くから生育していた裸子植
物の針葉樹について触れておきましょう。針葉樹の中においても,マツ類やモミなどを
含むマツ科は北半球のローラシア大陸起源であると考えられますが,スギ科やヒノキ科
は全世界に分布していて,起源は分かっていません。
 ゴンドワナ起源と考えられているのは,マキ科とナンヨウスギ科です。しかし,ナン
ヨウスギ科と思われる中生代(2億4700万〜6500万年前)の化石が米国の化石林やアジ
ア大陸,わが国からも出土するため,ナンヨウスギ科はかつては全世界に分布し,おそ
らくはパンゲア超大陸に見合う広がりさえ持っていたとも考えられます。ところが現在,
ナンヨウスギ科はゴンドワナ起源の地域にしか見られず,特にニューカレドニア島にお
いて多様化しています。これは,ゴンドワナ大陸が分裂して行った約1億7000万年前以
降の時期に,南半球の大陸においては生育出来たが,北半球においては死に絶えてしま
い,再び分布する機会にも恵まれなかったからでしょう。
 
 もう一つのゴンドワナ起源の針葉樹とされているマキ科は,ゴンドワナ大陸であった
地域に分布するだけでなく,化石の記録が南半球の大陸に限られています。この科のマ
キ属は最近になって幾つかの属に細分化されましたが,広義のマキ属は南半球の全大陸
に見られます。中には東南アジアやわが国にまで分布しているものもありますが,こう
した種は近年になって分化したもので,オーストラリアやインドから移り住んだもので
あると考えられます。
 またマキ属の分布には,興味深い例外があります。中国南部の海南島にも分布してい
る種があることです。海南島は幾つかの被子植物が飛び地のように隔離分布いる処でも
あり,そのことから,この島をゴンドワナ起源のアジアの一断片であったとする自然地
理学者もいます。
 
〈ゴンドワナ植物の代表〉
 ゴンドワナ起源の被子植物の中において最も有名なのはナンキョクブナ科でしょう。
この科はかつてはブナ科に含まれ,南半球に隔離分布していると考えられていましたが,
現在においてはブナ科から分離されています。
 ナンキョクブナ科の植物は,ゴンドワナ大陸と云う発想が出て来た当初,その理論を
証明するのに重要な役割を果たしました。初期の探検家や植物採集家等は,南アメリカ
大陸南端部のフエゴ島の「ブナ」林と,タスマニア島やニュージーランドの南部海岸に
ある「ブナ」林とが大変よく似ていたことに気付きました。このように極めて遠く離れ
た処に「ブナ」林が分布していることは大きな謎でした。その謎を解くべく研究者等が
鎬シノギを削り,その分布のメカニズムについての研究が進みました。そして遂に大陸移
動説が起こり,ゴンドワナ大陸と云う概念が生まれたのです。
 
 ナンキョクブナ科はナンキョクブナ属だけの単型科で,この属は二つの節に分けられ
ます。原始的なブラッシイ節は熱帯生で,ニューギニア島とニューカレドニア島にしか
分布しません。常緑で全縁の葉を持ち,果実には2裂する殻斗カクトがあります。もう一つ
の節の葉は小さく,鋸歯キョシがあり,ときに落葉し,殻斗は数片に裂開します。後者はオ
ーストラリア,南アメリカ,ニュージーランドの温帯域に分布します。
 ナンキョクブナ属の化石を調べますと,ブラッシイ節の方は約4500万年前の気候条件
の悪化以前にオーストラリアや南アメリカ,南極まで広く分布していたことが分かりま
す。こうしたことからナンキョクブナ科はゴンドワナ大陸東部・西部(前記Aのブロッ
ク)において生まれたもので,現在の分布は気候条件の悪化による変化の結果であり,
ブラッシイ節については,生育地が縮小して熱帯地域に遺存的に残ったものと考えられ
ます。
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