25a 植物の世界「ゴンドワナ植物」
 
〈ヤマモガシ科とゴンドワナ大陸〉
 ナンキョクブナ科に次いで,ゴンドワナ大陸と関わりの深いのがヤマモガシ科でしょ
う。ヤマモガシ科の植物は南半球のオーストラリア,南アフリカ,南アメリカ,ニュー
カレドニア島を中心に分布し,ニュージーランドやマダガスカル島,インドにも小さな
グループが分布しています。近年分化した種の中には東南アジアにおいて見られるもの
がありますが,これはオーストラリアに生育していたグループから派生したものです。
 ヤマモガシ科は5亜科に分類されますが,そのうち大きな亜科は二つあります。ゴン
ドワナ大陸中央部であった南アフリカを中心に分布するプロテア亜科と,ゴンドワナ大
陸東部・西部であった南アメリカとオーストラリアを中心に分布するヤマモガシ亜科で
す。この2亜科の分布から,ヤマモガシ科が分裂以前にゴンドワナ大陸においてうまく
定着していたことが分かります。またプロテア亜科には,南アフリカだけでなくオース
トラリアやニューカレドニア島においても見られる種があります。
 更に下位の分類群に注目しますと,ゴンドワナ大陸との結び付きがもっとはっきりし
ます。例えばクニグティア連は3属からなり,ダルリンギア属はオーストラリア,クニ
グティア属はニュージーランド,エウカルファ属はニューカレドニア島と,綺麗に分布
が分かれていますが,分類学的には近縁であり,3属とも目立つ果実を付けますが,長
距離分散はしないことが分かっています。そのため,これら3地域がゴンドワナ大陸の
一部として繋がっていたことを抜きにしては,これらの属の類縁性やこの連の不連続な
分布を説明することは出来ないのです。
 
 ゴンドワナ大陸における繋がりを示す良い例として,ベアウプレア属があります。こ
の属は12種があり,現在においてはニューカレドニア島にしか分布しません。多くは切
れ込みの入った目立つ葉を持ち,中にはコウモリの翼のようなものもあります。ところ
が,この属が分布しないオーストラリアにおいて見付かった始新世の化石の中からコウ
モリの翼のような葉が見付かり,その化石に一番近い現存種はベアウプレア属であるこ
とが分かったのです。
 
〈気候変化と分布の変遷〉
 一つの大陸内における分布も,ゴンドワナ大陸の分裂とそれに伴う気候変化から説明
出来ます。オーストラリア産のヤマモガシ科は二つに分かれ,そのうちの一つは熱帯,
亜熱帯の多雨林周辺に固有の小さな属からなります。もう一つはバンクシア属やグレウ
ィレア属などもっと大きな属からなり,オーストラリアにおいてもより乾燥した熱帯や
半乾燥の温帯に広がっています。しかし始新世の化石を調べますと,湿潤な熱帯,亜熱
帯に分布する前者のグループの方が当時は広く分布していたことが分かりました。後者
は,約4500万年前に始まった気候条件の悪化によって乾燥地や温帯地域が拡大すると共
に,頭角を現したのです。
 
 モクマオウ科も,ゴンドワナ植物の例に相応しい植物群です。最近行われた分類の細
分化を無視しますと,この科はモクマオウ属とギムノストマ属に分かれます。ギムノス
トマ属は原始的な中湿性の植物で,約17種が含まれ,現在の分布の中心はニューカレド
ニア島とニューギニア島にあります。また広義のモクマオウ属には75種があり,大多数
の種がオーストラリア東部に分布し,ニューカレドニア島にも少数の種が見られます。
 ところが始新世の頃には,この科の分布は現在と大きく異なっていました。ギムノス
トマ属はオーストラリア一帯に広く分布し,南アメリカとニュージーランドにおいても
化石が見付かっています。もっと時代を遡りますと,ギムノストマ属だけでなくモクマ
オウ属の花粉が白亜紀のアフリカ南部から見付かり,モクマオウ科がゴンドワナ大陸起
源であることを物語っています。また,モクマオウ属がオーストラリアとニュージーラ
ンドに現れるのが,漸く約2000万年前になってからで,この地域の気候条件の悪化に適
応したものと考えられます。今でも両種共南アメリカとニュージーランドにおいては絶
滅し,ギムノストマ属はオーストラリアにおいては北部にある熱帯多雨林の,500haもな
いような処にだけ生育しています。
 ゴンドワナ大陸生粋キッスイの植物には,このほかにフトモモ科やサンアソウ科などがあ
ります。
 
〈不可解な分布の謎を解く〉
 これまで紹介しましたものより複雑な分布をするゴンドワナ植物として,まずカキノ
キ科を採り上げてみましょう。この科においてはカキノキ属だけを認める研究者が多い
が,アフリカだけに分布する5〜10種をマバ属として別に分類する研究者も居ります。
カキノキ属はマダガスカル島,南アジア,南アメリカを中心に分布し,このほかオース
トラリアに2〜3種,北アメリカにアメリカガキ,わが国にカキノキがあり,東南アジ
アにも分布します。これらの分布を観ますと,この科が何処で生まれ,どのように広が
って行ったのかよく分かりません。しかし1982年にオーストラリアにおいて発見された
始新世のカキノキ属の化石が,この問題を解く鍵になります。
 
 以前,この科の起源地は東南アジアと考えられていました。しかし化石の発見により,
東南アジアよりずっと古くからオーストラリアに分布していたことが分かりました。研
究が進むにつれ,アフリカに分布するマバ属の種とインドのカキノキ属の種が原始的で,
それぞれ異なった系統を持ち,アジアの種は,多様なオーストラリアの種とインドの種
が自然交雑したものと考えられるようになりました。
 ゴンドワナ大陸を念頭に置きますと,これらの種の複雑な構造が見えてきます。もし
カキノキ科がゴンドワナ大陸起源の植物であったとしますと,初期のグループはゴンド
ワナ中央部のインド − アフリカと,ゴンドワナ東部・西部の南アメリカ − 南極 − 
オーストラリアにあり,後に南アメリカ − オーストラリア組,インド組,アフリカ組
(マバ属)が別々に進化して行ったと考えられます。
 そしてアジアの豊富な種は,約4500万年前にインドからやって来た種と,1800〜1500
万年前にオーストラリアからやって来た種が自然交雑して出来ました。これだけの種が
昔からありますと,わが国や中国中部まで広がることも可能でしたでしょう。カキノキ
属が北アメリカに入ったのは,北アメリカと南アメリカが約1800万年前に繋がったため
か,中国やわが国の種がベーリング陸橋を越えてやって来たためでしょう。
 
 このほかに複雑な分布をする科としてクスノキ科があります。クスノキ科は現在約50
属2500種あり,全世界に分布します。また白亜紀の約1億2000万年前にこの科の化石が
ゴンドワナ,ローラシア両大陸起源の大陸から出土しています。しかしこの科の分布の
中心が南アメリカ,オーストラリア,東南アジア,ネパール,マダガスカル島であるこ
と,更に南アメリカと東南アジアに隔離分布しているカリオダフノプシス属や,南アメ
リカとオーストラリア,東南アジア(中国海南島を含む)に分布している属があること
を観ますと,ゴンドワナ大陸がクスノキ科発生の謎を解く鍵を握っているように考えら
れないでしょうか。
 特に南アメリカと東南アジアに隔離分布しているカリオダフノプシス属は,長い間生
物地理学者を悩ませて来た謎の一つでした。このほかにも,南アジア,東アジアと南ア
メリカのチリに隔離分布するアケビ科や,南アメリカに40種が生育し,1種だけ中国の
海南島や東南アジア島嶼部トウショブに分布するセンリョウ科のヘディオスムム属などは,
ときには長距離分散として説明されることもありますが,中国南部の一部や東南アジア
島嶼部がかつてはゴンドワナ大陸の一部であったと考える方がずっと分かりやすいでし
ょう。
 
 ドイツの地球物理学者ヴェーゲナー(1880〜1930)が1912年に大陸移動説を初めて公
にしたとき,この説が現在の植物の分布を理解する骨組みになるなど,殆ど誰も考え付
きませんでした。この説と,何千qも海によって隔てられた処に似たような植物がある
ことを見付けた探検家等が,ゴンドワナ大陸の発想を導きました。ゴンドワナと云う南
半球の巨大大陸は消えてしまいましたが,この大陸の面影は,今も私共の周りの植物や
動物の分布に生き続けているのです。

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