24 植物の世界「二年草の繁殖戦略」
 
            植物の世界「二年草の繁殖戦略」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 オオマツヨイグサなど二年草の多くは,繁殖をより有利にするために,環境に適応し
た生存と繁殖のスケジュールを組み立てています。栄養生長期を変化させたり,延長す
るなどのその繁殖戦略を,長年の綿密な調査・研究データを基に報告するものです。
 
 草本植物は寿命の長さによって,一年草,二年草,多年草に分けられます。芽生えて
から,開花結実して枯死するまでの期間が1年以内の植物が一年草,1年を超え2年以
内のものが二年草,3年以上のものが多年草となります。例えば二年草は,1年目の生
育期間にロゼット(ロゼットとは,星状(放射状)に地面に張り付くようになった葉の
「冬越しの姿」で,バラの装飾文様に由来する。SYSOP)を形成して糖や澱粉などの光合
成産物を根に貯め込み,2年目にその貯蔵物質を利用して花茎カケイを発達させて開花結実
した後,枯死すると云う訳です。
 ところが,二年草と云われている多くの植物は,実際にはこのような生活をせず,生
育条件によって越年草,二年草,或いは三年草や四年草となったりもします。
 夏の宵,マツヨイグサ属の植物の中においても,一際ヒトキワ大きい黄色の花を咲かせる
オオマツヨイグサは,普通二年草とされています。ところが,生育条件によって越年草
にも二年草にも,またときには三年草から五年草にもなります。このように,芽生えて
から開花結実,枯死するまでの期間が環境条件によって変化する二年草を,字句通りの
「二年草(真正二年草)」と区別して「可変性二年草」と呼んでいます。
 これまでに,繁殖齢(開花までの年数)の可変性が認められている二年草としては,
オオマツヨイグサの他に20種が知られています。
 一方,真正二年草であることが確かめられているのは,アマ科のマツバニンジンの仲
間のリヌム・カタルティクム,わが国にも帰化しているマメ科のシロバナシナガワハギ,
リンドウ科のゲンティアネラ・ゲルマニカ,ゲンティアネラ・アマレラなど5種に過ぎま
せん。ただし,真正二年草であっても,種子が結実した年に発芽せず,埋土マイド種子と
して何年も休眠する場合は,芽生えてから枯死するまでの全世代期間は2年以上になり
ます。
 
〈ロゼットの大きさと繁殖〉
 多くの二年草の栄養生長期(ロゼットの期間)の長さが生育期間によって変化するこ
とは,園芸家などによって経験的に知られていました。ですが,1975年に個体群生態学
の立場からこの事実を明確に示したのは,米国の生態学者ウェルナー氏です。
 彼女は米国中北部ミシガン州の放棄された畑の跡地に生育するマツムシソウ科のオニ
ナベナの個体群動態を調査しました。そして,他の植物が繁茂しているため光不足とな
ってロゼットの生長が悪い場所においては,3〜5年間ロゼット状態に留まった後に開
花することを見出しました。また,ロゼットの大きい個体程,花を咲かせ繁殖に入る割
合が高いことも分かりました。
 これらの事実から彼女は,この植物が繁殖に入る前年の生育期間の終わり(秋季)に,
ロゼットが直径30p以上の大きさに生長していることが必要であると主張しました。そ
の後,多くの可変性二年草で,一定以上の大きさにまで生長したロゼットのみが抽薹チュウ
ダイして開花すると云う,サイズ依存的な繁殖上の特性が確認されました。オオマツヨイ
グサもその一つです。
 
 オオマツヨイグサは,北米原産の野生種を基にヨーロッパにおいて作り出された園芸
植物であると云われ,明治時代初期にわが国に入った帰化植物です。以後,野生化して
全国に広がりましたが,河川敷や海岸砂丘のような洪水や潮風による地表撹乱カクランを受
ける痩せ地ヤセチにおいて,屡々大きな群落を作ります。
 普通秋か春に発芽し,栄養生長期をロゼットで過ごした後,5〜7月に花茎を立てて
開花し,7〜9月頃種子を生産して枯死します。オオマツヨイグサの自然群落の中には,
繁殖しないロゼット個体が混じっているのが普通であり,特に土地の痩せた生育地にお
いては,花茎を立てている繁殖個体の方が,ロゼット個体よりずっと少ない。
 筆者等は,茨城県阿字ケ浦アジガウラ砂丘のオオマツヨイグサ個体群を調査しました。自
然条件下においては,芽生えから開花まで3〜5年以上かかるのに対して,秋に芽生え
た幼植物に施肥をしますと,翌年の春には沢山のロゼット葉を付けるようになり,初夏
に抽薹して開花することを観察しました。即ち生育条件が良ければ越年草型の生活をす
るのです。
 
 オオマツヨイグサのロゼットが抽薹するためには,冬の低温に晒された後に,長日条
件の下に置かれる必要があります。生理学的に説明しますと,ロゼットの中心にある頂
端分裂組織が低温の刺激を受け,更にロゼット葉が長日の刺激を受けますと,抽薹を促
進する植物ホルモンの活性が高まり,花茎が伸び出すのです。
 実験によって,ロゼットを被ってその一部分のみが長日条件に晒されるようにしてみ
ますと,本来抽薹する筈の大きなロゼットであっても抽薹しないことが分かりました。
即ちオオマツヨイグサに見られるサイズ依存的な繁殖方式においては,長日刺激を受け
るために,ロゼットの直径においては10p以上になるようなロゼット葉を必要とします。
 オニナベナもロゼットが一定の大きさになりませんと繁殖しない点においては同じで
すが,春のロゼットの大きさではなく,前年の秋のロゼットの大きさが関係します。こ
の場合,一定の大きさ以上のロゼットのみが,抽薹を促進する植物ホルモンの活性化に
必要な冬の低温刺激(バーナリゼーション)を感ずるのかも知れません。
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