23 植物の世界「危機を脱したムニンノボタン」
 
         植物の世界「危機を脱したムニンノボタン」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 小笠原諸島の父島に固有のムニンノボタンは,自生状態で残存する株数が少なく,絶
滅危惧キグ種とされています。暫くの間,たった1株しか残っていないと思われていまし
た。そこで,施設内において増殖させ,自生地に植え戻す事業が進められ,絶滅の危機
に瀕する野生種の保全における象徴的な種とされるようになりました。
 ムニンノボタンは,父島において採集された標本を基に,1913年に植物学者早田文蔵
氏によって記載された低木で,長い間,父島と母島の両島に分布しているとされていま
した。しかし,小笠原返還後の調査研究によって,父島のものは花が4弁で白色である
のに対し,母島のものは5弁で淡桃色であることなどから,母島産をハハジマノボタン
として記載(1987年)し,別種としました。更に,イオウノボタンを加えた3種が,ノ
ボタン属植物のうちにおいては特殊化した群であることも,最近の生物学的解析を総合
して確認されました。
 
〈植え戻しに成功〉
 ムニンノボタンを施設内において栽培し,増殖することは,最近まで成功していませ
んでした。ですが,東京大学理学部附属植物園において栽培条件などを整えた結果,光
条件や水分条件など幾つかの改善を加えることで,挿し木によっても,播種ハシュによる次
世代植物の育成によってでも,増殖が容易になりました。
 得られた幼植物を用いて,生育特性に応じた慎重な予備実験の後に,1985年10月から
自生地への植え戻しが始められました。実験は予測通りの成果を揚げ,自生地に植え戻
した株であっても,花を咲かせ実を稔らせるまでに生長しました。しかし,人工的に自
生地に播いた種子は,発芽し,幼植物が育って来るものの,自然に地に落ちた種子から
の発芽は見られません。人為的に自生地に植え戻したものは,生活環を自分だけで完結
するには至っていません。
 
〈新しい自生集団を発見〉
 たった1株から増殖させると云う作業は,コピー植物を野生状態に置く危険を冒すも
のでした。しかし,植え戻し作業が進行していた1993年5月に,父島に60株程の自生集
団が存在していることが発見されました。新集団の発見によって,自生種の個体異変が
得られることになりました。新発見の集団の個体は,1株だけ残っていたものと比べて,
表現形質にいろいろの異変が認められ,部分的にはハハジマノボタンと似ているところ
もあることが分かって来ました。
 父島においては複数の地域集団を確保するために,1株から増殖させた人工集団と,
新発見の集団とは混同しないよう注意しながら,植え戻し作業が進められています。ム
ニンノボタンの種の特性を知り,父島における個体数と変異の回復を図るためには,最
低限必要な配慮です。
 種としては瀕死の状況に追い詰められていたムニンノボタンは,このような経過を辿
り,地球上に生き続けられる見通しが立ちました。わが国に自生する植物の6種に1種
は,甚だしく危険な状況にある事実が明らかになっています。ですが,このムニンノボ
タンのように,絶望的な状況の種にも救われる可能性のあることが示されたことで,闇
夜に一筋の光明を見る想いです。

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