22a 植物の世界「植物の様々な種子散布」
 
〈動物に付着して散布〉
 動物による散布は大きく二つに分けられます。動物の体表に付着して運ばれる動物付
着散布と,動物の摂食セッショク活動に伴いその過程において運ばれる動物被食散布とです。
動物付着散布は更に,付着のための特別な器官を発達させたものと,特別な器官は発達
させず,例えば泥と一緒に水鳥の足などに付いて運ばれるものとに分けることが出来ま
す。後者の例として,水辺に生えるカヤツリグサ科の植物などが挙げられます。
 先端が手鉤テカギのように曲がった突起物,逆歯のある角ツノ,或いは粘液を分泌する器
官など,付着のための特別な仕組みを発達させた果実があります。これらの果実には,
動物との接触により初めて親植物から離れる仕組みが発達していることが多い。付着す
るためには,親植物とあまり強く結ばれていてはなりませんが,かと云って少しばかり
の振動によって落ちてしまうようではまずいのです。このような付着散布のための微妙
な要求に応じる仕組みとして,殆どの種において果実の付け根に,硬いが折れやすい関
節構造が発達しています。多くの種においては更に,花が終わると果実の柄エが折れ曲が
り,果実が穂の根元の方向を向くようになります。このような仕組みの発達により,動
物との接触において大きな力が生じ,関節の処で容易く折れます。しかし,動物体と接
触しない限りは,何時までも親植物上に着いていることになるのです。
 付着器官の形や何に起源するかは様々なです。例えば,手鉤形の突起を持つものに限
ってみても,花柱カチュウが残存して鉤になるミズヒキやダイコンソウ,果皮に鉤形の毛や
突起のあるヌスビトハギ,ミズタマソウ,ヤブジラミ,萼歯ガクシが鉤として発達するハ
エドクソウなど,実に多様です。ここにおいても,それぞれの植物がそれぞれのやり方
によって種子散布のための仕組みを発達させた好例を見ることが出来ます。その結果,
見かけ上よく似た印象を受けると云うことも非常に興味深い現象です。これらの植物の
生育場所は,動物の通り道である林縁や,運ばれる場所もそのような処です。その意味
においても非常に優れた種子散布様式と云えるでしょう。
 
〈動物に食べられて散布〉
 植物の器官の中においても特に栄養価の高い果実や種子は当然,動物の摂食の対象と
なり,それに対する植物の様々な反応によって,多様な形態と相互関係が生み出されま
した。種子散布に興味を持つ多くの研究者が最も力を注いでいる分野でもあります。
 果物となっているものを始め,多くの果実は色や臭いによって動物の食欲を唆ソソりま
す(中には,人間には不快と云うしかないものもある)。それらの果実は基本的には,
外側に軟らかい果肉があり,その中に硬い層によって守られた種子があると云う構造に
なっています。動物に食べられたとき,果肉は消化されますが,多くの場合,種子は糞
に混じって無事に排出されます。果肉は,動物に種子を運んで貰うための報酬として付
いているのです。これを周食シュウショク型散布と云います。これらの果実においては,果肉
を付けたままでは発芽しないものが多い。
 周食型散布の一例として,鳥に食べられて種子散布される果実の特徴を見てみましょ
う。鳥に食べられて種子散布される果実は,赤を中心とした,鮮やかで比較的単純な色
彩をしているものが多い。しかし,その果肉の層や,硬い層の形態学的起源は実に多様
です。形態学的には様々なものでありながら,外観的にはよく似ていると云うことは,
鳥による周食型散布が効率の良いものであり,多くの植物が並行的にそれを開発して行
ったこと,そしてそこには,鳥の特徴と強く結び付いた果実の基本的パターンがあった
と云うことを物語っています。
 
 一度ヒトタビ取り決めが出来ますと,植物も強シタタかで,それを逆手に執って動物を欺く
こともあるようです。軟らかい果肉を持たない癖クセに,色彩は,鳥により散布される果
実に似た種子があります。軟らかい果肉を持った果実に擬態ギタイしていると云う訳です。
トウアズキなど熱帯のマメ科植物に多く知られ,その美しさから屡々ネックレスなどの
材料として用いられています。これらの擬態種子を,穀類食の鳥は無視し,多肉果食の
鳥は食べて消化出来ないまま排出したと云う実験結果も報告されています。鳥と果実の
間の信号の取り決めは,相当強固なものであると云う証拠にもなりそうです。
 
〈食べ残し型散布とアリ散布〉
 周食散布の他に,重要な動物被食散布が二つあります。小型脊椎セキツイ動物の貯食行動
に伴って散布される食べ残し型散布と,アリ散布です。
 ネズミやリスなどの齧歯ゲッシ類やカケスなどの鳥類は,団栗ドングリなどの食物をその
場において食べるだけでなく,一旦貯蔵してから,後になって取り出して食べると云う
習性を持っています。貯蔵された種子は,食べ残されたものが無事に発芽するのです。
これらの種子は大抵浅い土の中に埋められ,大変良い発芽環境であることが多い。
 この型の種子散布においては,動物の摂食対象は種子そのものであり,食べられてし
まいますとその種子の発芽は消滅します。貯蔵された全ての種子が食べられることもあ
るかも知れません。更に貯蔵行動を持たず,その場において種子を破壊・摂食してしま
う動物も数多い。食べ残し散布には,このような大きな不確実性が伴っているのです。
 それにも拘わらず,温帯の極相林の優占種の多くが,また熱帯においても可成りの種
がこの型の散布方式を採っています。種子を望みの場所に運んで貰うと云うことは,植
物にとって大変困難なことで,好適な発芽環境に埋めて貰うことは,少々の犠牲を補っ
て余りあると云うことなのでしょう。
 
 昆虫は種子植物の種子散布には殆ど関与しませんが,アリだけは例外です。アリによ
り種子散布されているスミレ属,キケマン属などの一群の植物があります。これらの植
物の種子や果実には,付属体と呼ばれるアリの好む物質を含んだ部分があり,アリはそ
れに惹かれて種子を運びます。巣に運ばれた後,付属体は食用部分として貯蔵され,種
子本体は放棄されます。こうして,植物はアリの巣の周囲に新たな生育地を得るのです。
 アリ散布は,散布距離がそれ程長くはありませんが,植物にとって幾つかの好ましい
条件を備えているため,発達して来ました。まずアリの巣の周囲は,栄養豊かで生育に
都合が良い,アリに素早く運び去られることにより種子捕食者から逃れることが出来る,
発芽・生育場所に対する競争を緩和することが出来る,などです。種子散布が単なる散
布の距離の問題だけでないことの好例と云えます。
 アリ散布は,発芽適地を得ており,また,動物に報酬として与える部分と植物自身の
繁殖のための部分とを明確に区分出来ている,理想的な種子散布方式の一つと考えられ
ます。種子サイズの制限と,散布距離の制限が,この散布方式を主として草本植物に限
らせているのでしょう。
 
 植物も動いています。新しい生育地を獲得するために,外界のあらゆる動く力を積極
的に利用して生きて来たのです。種子や果実の形態を見るとき,種子散布と云う視点を
ほんの少しでも採り入れますと,私共の植物を見る目は一段と豊かなものになるでしょ
う。

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