20a 植物の世界「攀ヨじ登り植物の生存戦略」
(3)鉤掛け型
鉤カギや棘トゲ,毛などを他の植物などに引っ掛けて登って行くものです。アカネ科の
カギカズラの巻き込んだ鉤は,対生タイセイする葉の葉腋ヨウエキから出る枝の変形であり,蔓
バラの棘は茎表面の突起物,アサ科のカナムグラは逆向きに生えた丈夫な毛など,引っ
掛けるための道具は種類によって異なります。熱帯の蔓性のタケ類も,小枝が刺状にな
って引っ掛かるのでこのタイプに入ります。
寄り掛かる型が単に枝を相手の枝葉の中に広げて行くのに対し,鉤掛け型においては
それが引き戻されない機構を持つことによって,より確実に蔓延ハビコることが出来ます。
鉤によって掛かった蔓を根元の方に引っ張っても,殆ど抜けて来ないので,可成り確実
性の高い登り方と云えます。
(4)卷き髭型
卷き髭ヒゲ型はブドウ科,ウリ科,マメ科など多くの植物に見られます。葉身(スイートピ
ー),羽状ウジョウ複葉の小葉(エンドウ),托葉タクヨウ(サルトリイバラ),枝(ブドウ,トケイソウ)など,
様々な部分が糸状となり,それを触手のように伸ばして他物に絡み付きます。幾つかの
ものでは,一旦絡み付いた後に中間点付近を起点に,その先と手前において互いに逆方
向に卷いてスプリングのようになって,これによって懸垂ケンスイし,植物体を安定させま
す。
植物体の保持と云う点においては極めて安定しており,巻き付いた相手が枯れたりし
なければ,これは可成り高等な戦術と云えます。卷き髭とは異なりますが,キンポウゲ
科のボタンヅルやテッセンなどにおいては,細長い葉柄ヨウヘイと小葉柄が他物に1〜2回
巻き付いて,蔓を安定させます。小葉柄の先には正常な形をした小葉が付いてちゃんと
光合成しており,卷いた部分がスプリング状になることもありませんので,巻き付き方
の特殊化の程度は低い。
(5)付着型
これは,木の幹や岩盤などに根や吸盤などによって付着して蔓を伸ばすものです。付
着根の例としてはウコギ科のキヅタが典型です。茎の基物に面した側に綺麗に1列に並
んだ沢山の白い根が出て,これによって密着します。この根は水分を吸収する普通の根
になることはありません。ウルシ科のツタウルシも付着根を持ちますが,基物に面しな
い側にはあまり付着根は出ません。アジサイ科のツルアジサイにおいては,葉が付いて
いた節の部分だけから付着根が出るので,べったりと基物に密着することはありません。
吸盤の典型はブドウ科のツタで,枝が蔓状に変形して卷き髭となり,その先端が膨ら
んで吸盤となり,其処に粘液を分泌して基物に密着します。その後蔓状の部分が波打ち,
植物体を安定させるスプリングとなりますが,卷き髭のように卷くことはありません。
落葉性であるツタの吸盤の寿命は秋までで,それ以降は付着根によって基物に密着しま
す。
〈蔓植物の起源〉
ところで,陸上植物の進化を概観しますと,木が基本です。草は木が入り込めない生
態的位置を見付けて,進化して来たと考えられます。その木と草の間に割り込んだのが
蔓植物で,既にある木や草を利用する形において進化して来たと云えますので,蔓植物
は木や草から二次的に生まれて来たと考えられます。このことは蔓植物がどんな分類群
に属しているかを見れば理解出来ます。
被子植物以外においては,シダ植物のカニクサや裸子ラシ植物のグネツム類などに攀じ
登り植物が見付かることから,それぞれが独立した起源であることは明らかです。被子
植物においてもいろいろな科において蔓植物は見付かります。中には科全体が蔓植物で
占められるウリ科などの例もありますが,これは少数です。クズやフジが,木になるエ
ンジュや,草になるダイズと同じマメ科に属するように,木になるものや草になるもの
に混じって蔓の種があるのです。
このように多様な分類群において,あるものは木から,あるものは草から蔓植物が生
まれ,細長く自立出来ない茎を持つことの形態的及び機能的適応と,他の草木を攀じ登
るためのメカニズムを開発した結果として,外部形態ばかりでなく内部構造にも形態が
相似する収斂シュウレン現象が起きています。
内部構造の収斂現象としては,道管形態の相似性が最も顕著です。前述のように,蔓
植物においては太い道管を持つのが大きな特徴で,これによって水分の高速通導を行っ
ています。広葉樹の中において太い道管を持つと云われますクリやケヤキの道管の太さ
が350μm(マイクロメートル)程度なのに対して,多くの蔓植物においては400μmを超えます。
マメ科のウジルカンダやブドウ科のウドカズラなどは500μmを超え,肉眼においても蔓
の切り口に,丸い道管がはっきり見えます。
また,アジサイ属は通常は低木で,それらはコアジサイにおいて35μmと極めて微細な
道管を持っています。これに対して同属のツルアジサイは120μmにもなります。これ程
極端ではありませんがニシキギ科のツルマサキとマサキにおいても異なりますし,マメ
科においては同属ではありませんが,科内において蔓植物と木とでははっきりと大きさ
が違います。道管形態は被子植物の進化において細いものから太いものへ進化して来た
と云われていますが,蔓植物については広範に平行進化が起きたようです。
〈異常肥大生長〉
サルトリイバラ科のサルトリイバラや熱帯の蔓性のタケ類のように,肥大成長を全く
しないものもありますが,草本性,木本性に拘わらず多くの蔓植物においては,多かれ
少なかれ形成層の活動により蔓が段々と太ります。
急速に太る例として,フジが挙げられます。天然記念物のフジの樹齢を調べたら,そ
れが絡まっている木の何倍もの樹齢であった,との話がありますが,これは絡まってい
る蔓植物が,絡まれている木よりも年をとっている訳ではありません。何故かと云いま
すと,フジなど急速に生長する蔓植物においては,屡々形成層が1層だけでなく何層も
出来,それぞれが活動して年輪を作る異常肥大成長をするためなのです。
フジにおいてはこのようにして素早く成長しますので,木部が柔らかく,また材内篩
部シブがあって栄養分に富んでいるので腐りやすい。蔓の大部分が腐っても一部だけ生き
ていることがよくありますが,それでも個体としては元気に生きています。樹木の幹が
腐りますと早晩,枯死に至るのとは対照的です。
〈攀じ登り植物の弱点〉
他の草や木を利用し,それの光を奪って蔓延ハビコるようになった攀じ登り植物ですが,
その最大の弱点は,攀じ登っている木や草,即ち宿主と運命を共にしなければならない
ところにあります。
攀じ登り植物が蔓延って光を奪うことによって,宿主は十分な光合成が出来なくなり,
成長が悪くなります。その一方において,宿主の樹冠において盛んに成長する寄生者の
重量は増すばかりなので,遂にはその重量を支えられなくなって枝が折れたりします。
この折れた枝と共に,この折れた枝に絡まっている蔓も落下しますので,その蔓が繋が
っている周りの枝や他の草木の枝も一緒に引きずり下ろされ,折れてしまうことも多い。
一方,巻き付いたフジなどは宿主の幹に食い込んでその正常な生長を妨げるため,宿
主は折れやすくなります。このように光を奪うばかりでなく,機械的にも妨害して,遂
には宿主を死に至らしめてしまうことになります。寄生者の鉄則として,宿主の死は寄
生者の死に直結するのは明らかなことです。
ただしこの間,寄生者は花を咲かせ,実を結んで子孫を残すことによって目的を果た
します。その上,フジなどはそれによって枯れたりせずに,倒れ落ちた宿主を足場に徒
長した蔓を沢山伸ばし,次の襲いかかるべき獲物を物色するかのように生きる様は,通
常の寄生関係を超えた逞しさがあります。
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