17 植物の世界「紅葉と落葉」
植物の世界「紅葉と落葉」
参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
秋が深まり,朝晩の気温が低下してきますと,植物の中には,それまで緑色であった
葉を赤色や黄色に変化させるものがあります。落葉に先立って葉が色付くことを紅葉と
云います。紅葉の時期は場所によって異なり,わが国においては北の方から色付き始め
ます。一般に最低気温が8℃以下になりますと紅葉が始まり,例えばカエデは,札幌に
おいては10月10日頃,鹿児島においては11月20日頃が見頃です。紅葉前線は,わが国の
北から南へ約40日で移動します。また,紅葉の便りは高い山から聞かれ,里に下りて来
ますが,その色付き方はじわじわではなく,段階的に進行することが観察されています。
大陸からの寒気の流入により,ある標高域が一気に冷え込むため,このような現象が生
ずると考えられています。
〈落葉する理由〉
わが国は山の多い国で,国土の約70%が森林で覆われています。紅葉は,森林の何処
においても見られますが,本当に美しい紅葉が見られる処は,ブナやナラ,カエデ類が
中心となった落葉広葉樹林(夏緑樹林)です。
落葉広葉樹林は,ヨーロッパにおいては北緯60〜40度,北アメリカ及びアジアにおい
ては北緯50〜30度付近に分布します。わが国においては中部地方以北に多く,中部山岳
においては標高500〜1600m付近に,北海道においては平地から標高600m付近に分布しま
す。中部地方以西においても標高800〜1700m付近の高地に見られます。
樹木は常緑樹と落葉樹とに大別されます。落葉樹においては,寒季又は乾燥季の前に
一斉に葉を落とします。温帯,寒帯においては,春に冬芽が発芽して葉を展開します。
夏の間盛んに光合成を行った葉は,晩秋になって落葉します。また,熱帯においては,
雨季に形成した葉が乾季に入って一斉に落葉する例があります。このように,生活に好
適な季節には葉は盛んに活動しますが,不利な時期には一度に落葉して,休眠芽や冬芽
の形で休眠します。
一方,常緑樹は常緑と云っても全く落葉しない訳ではありません。葉も寿命は短いも
ので1年数カ月,長いものでは5年或いはそれ以上になり,毎年新葉が展開しては古い
ものから落葉して行きます。落葉樹に比べますと,この現象は目立ちません。常緑樹の
中においても,ユズリハやクスノキ,モッコクなどにおいては,新葉が展開した後,初
夏の頃に一斉に落葉しますが,それは一定の寿命を終えた葉なのです。
落葉とは,古くなった葉が枯れ落ちると云う植物の老化現象の一種で,植物にとって
大変重要な生理作用です。葉が老化し,枯れて脱落する前に,蛋白質,核酸,クロロフ
ィル(葉緑素)などの細胞内容物が分解されます。その構成成分である窒素,リン,カ
リウムなどの栄養素は,種子や地下茎などの貯蔵器官や若い器官に転流され,再利用さ
れます。
落葉の原因は複雑で,温度,光,湿度などの外因と遺伝性,代謝,栄養条件,形態学
的条件などの内因が相互に関連しています。外因の幾つかは,植物ホルモン生成のバラ
ンスを変化させます。老化の促進は,葉の細胞において植物ホルモンの一種エチレンが
生成されるためと考えられています。秋が深まり,日照時間が減少し気温が低下して来
ますと,代謝の仕組みが変化して,葉内の蛋白質などの養分が茎の方に転流し,クロロ
フィルが分解され消失します。そして,やがて葉は落葉して捨て去られます。
通常,落葉期になりますと葉身又は葉柄ヨウヘイの基部に離層が形成されます。道管細胞
は離層組織によって分断され,物質の流通は次第に妨げられ,葉身は離層の処において
容易に剥げ落ちます。この離層の形成も植物ホルモンの複雑な制御を受けており,葉の
老化が進行しますと,葉柄細胞がエチレンを生成するようになり,このエチレンが離層
の発達を誘導します。このほか,アブシジン酸もその進行に影響します。
〈落葉の仕方とコルク層〉
葉の落ち方にもいろいろなタイプがあります。サクラやイチョウのように,葉柄が枝
から離れるのが一般的ですが,ツタにおいては普通,まず葉身が葉枝から離れ,その後
で葉柄が枝から離れ落ちます。トチノキやニセアカシアのように掌状ショウジョウ複葉におい
ては,何枚かの小葉が落ちた後,枝から葉枝が離脱します。メタセコイアにおいては,
小枝が葉を羽状ウジョウに付けたまま脱落します。また,コナラやヤマコウバシのように,
褐色になった枯れ葉が冬中離脱しないものもあります。
葉柄が離脱した傷跡は,コルク層によって覆われます。コルク層にはそれぞれの植物
に特徴的な形をした葉痕ヨウコン或いは印痕が残されます。これは,葉が茎に接した面の形
や位置を示す良い証拠であり,円形,心形,半円形,三角形,三日月形,T字形など,
様々です。多くの場合,維管束イカンソクの配列状態が葉痕面にはっきり残されます。
〈紅葉と黄葉〉
紅葉の色はその植物の種類によって,赤くなるもの,黄色くなるもの,褐色になるも
のがほぼ決まっています。
ヤマモミジ,ハウチワカエデ,トウカエデなどカエデ類の多くは赤くなります。紅葉
は「もみじ」とも読みますように,「もみじ」と云いますと最も美しいカエデのことを
指します。このほか,ツタ,ハゼノキ,ナナカマド,ニシキギ,ツツジ類などが赤くな
ります。
黄葉する植物の代表はイチョウですが,このほかポプラやプラタナス,ニセアカシア,
ユリノキなどがあり,これらは街路樹としてよく植えられています。カエデ類の中にも,
イタヤカエデやヒトツバカエデのように黄葉するものもあります。また,イヌビワ,カ
ツラ,エノキなども黄色く色付き,秋の山を彩っています。
褐色に変化する葉は,ブナ,ミズナラ,クヌギ,コナラ,クリなどブナ科に多く見ら
れます。ダケカンバ,シラカンバ,ウダイカンバなどのカンバ類,ケヤキ,トチノキな
ども褐色になります。
また針葉樹の中においても,カラマツやメタセコイア,ヌマスギ(ラクウショウとも
),スイショウにように黄色や赤褐色になり,落葉するものもあります。
樹木だけでなく,蔓植物や草本の中にも美しく紅葉する植物があります。例えばノブ
ドウ,エビヅル,サンカクヅル,ゲンノショウコ,キンミズヒキなどが挙げられ,これ
らは赤くなります。高山に分布するハクサンフウロやチングルマ,北海道の塩性湿地に
見られるアッケシソウ,池沼の水面に浮遊するヒシやアカウキクサも赤くなります。ト
コロやヤマノイモも黄葉します。
落葉しない紅葉もあります。5月頃に出る新芽が赤くなるのはカナメモチ,チャンチ
ン,アカメガシワ,アセビなどで,その紅葉は鮮やかです。また,イタドリなどの草本
やベニシダなどのシダ類にも,新芽が紅葉するものがあります。若葉の紅葉は,新緑の
葉へと変化します。
秋の紅葉も若葉の紅葉も,アントシアニンによって起こります。アントシアニンと云
う赤い色素は,若葉が成長してクロロフィルを生産出来るようになるまで,紫外線から
葉を守る働きをしています。また,日光を吸収して,温度を上げる役割もしています。
葉緑体の保護と云う意味において紅葉する常緑植物として,スギ,テイカカズラ,ナ
ンテン,ヤブコウジなどを挙げることが出来ます。日当たりの良い処に生えているスギ
の葉は冬になると赤くなります。常緑樹の中においてもクスノキやカクレミノのように,
初夏の頃に新芽が出ますと,古くなった葉が美しく色付いて落葉するものがあります。
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