16 植物の世界「セリ科の香料植物」
 
           植物の世界「セリ科の香料植物」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 セリ科植物には芳香のある精油を含むものが多く,古くから有用植物として重要な位
置を占めて来ました。古代エジプトやメソポタミアにおいての利用の歴史は,紀元前
2000年にまで遡ることが出来,栽培の歴史も古い。多くはエジプト,ギリシャ,小アジ
アなど地中海東部沿岸が原産地で,ヨーロッパにおいては「東洋のハーブ」として珍重
されて来ました。
 エジプトにおける医薬に関する古文書『エーベルス・パピルス』(紀元前1552年)に
は,既にアニス,クミン,ウイキョウ,コエンドロ,カルムなどの名が見えます。セリ
科植物は形態の類似したものが多いが,これらは全て属が異なり,それぞれが特徴的な
精油成分を含有し,独自の香りを持っています。
 これらの植物は,賦香フコウ料や香味料としてスープ,ソース,菓子,チーズ,リキュー
ルなどに用いられただけでなく,古くから医薬品としての地位も高く,屡々呪術ジュジュツ
にも利用されました。その芳香に邪気ジャキを払う力があると考えられたのです。薬用と
して共通しているのは,胃腸薬としての食欲増進,消化促進,腸内のガスを出す駆風クフウ
作用などです。更に防腐作用があることから,肉類の保存のほか,エジプトにおいては
ミイラ作りにクミンやアニスが用いられたと云います。
 
△クミン
 クミンはエジプト原産の一年草で,高さは20〜30pになります。晩春に淡い紅色又は
白色の小花を付けます。果実は細い楕円形で,長さは4〜7oです。特有の辛味は,ク
ミナールによります。現在においてはインドのカレー料理には欠かせない香辛料となっ
ています。クミンは古くから重要な栽培作物で,『新約聖書』にはクミンがイノンドと
共に課税対象であったことが記され,ローマ帝国においても,商品の小売最高価格を定
めたディオクレティアヌスの勅令(301年)にクミンが規制の対象に挙げられています。
 
△ウイキョウ
 ウイキョウは,南ヨーロッパから西アジアの原産で,高さ1〜2mになる宿根性の多年
草です。葉は糸状に細裂し,わが国においては初夏に多数の黄色い花を付けます。果実
はほぼ円柱形で長さ7〜10o,少し辛味があり,甘い香りが強い。この特有の香りは,
主成分のアネトールに由来し,特に魚料理に用いられます。中国名の「茴香ウイキョウ」も,
魚肉の香りを回復させると云う意味です。海外のレストランにおいては,勘定書と共に
ウイキョウの果実が出されることが多く,食後に5〜6粒を噛めば,胸焼けやガスによ
る腹の張りを防げます。英名「フェンネル」としても知られます。
 
△コエンドロ
 コエンドロは,茎の高さが50〜90pになる一年草で,秋蒔きしますと4〜5月に白又
はピンク色を帯びた花を付けます。果実は球形,直径3〜5o,6〜7月に熟します。
果実が球形なので,同類のハーブと見分けやすい。英名「コリアンダー」としても知ら
れています。全草や若い果実に,カメムシやナンキンムシに似た強い臭いがありますが,
この特異な臭いは,カプリックアルデヒドによります。属名はギリシャ語でナンキンム
シと云う意味の「コリス」に由来します。
 「医学の父」ヒポクラテス(紀元前460年頃〜同375年頃)は『誓い』の中において,
「胸焼けを防止し催眠薬にもなる」と記しています。また強壮作用があると考えられ,
『千夜一夜物語』にも媚薬ビヤクとして登場します。中国へは紀元前126年に張騫チョウケンが
持ち帰ったとされ,中国名は「胡妥(草冠+妥)」と云います。わが国においては『延
喜式』(927年)に初出し,古い時代に中国から渡来したと考えられますが,和名はポル
トガル語の「コエントロ」が訛ったものです。現在世界において最も広く用いられてい
る香辛料の一つで,中国料理においては葉を「香菜」と称して肉料理やスープに多用さ
れますが,わが国においてはその強烈な臭いのためか,殆ど利用されません。
 
△カルム
 カルムは,英名「キャラウェイ」としても知られ,ウイキョウの代用として,果実を
始め全草が健胃,駆風薬に利用されます。西アジアからヨーロッパ東部の原産で,高さ
30〜60pになる一年草又は二年草です。夏に小さな白い花が多数咲きます。果実は湾曲
し,長さ3〜7oで,芳香成分のカルボンを含みます。
 一般にカルム属植物の根は肥大し,澱粉質で食用となります。北アメリカ原産のカル
ム・ガイルドネリは,北アメリカの先住民の重要な食料でした。
 
△アニス
 アニスは,高さ60p位の一年草で,夏に白い小花を多数付けます。長さ4〜5oの果
実には,香ばしい香りと甘味があり,パンやケーキにそのまま入れて焼かれます。主成
分はアネトールで,香料としては近年は同じ成分を含むシキミ科のトウシキミの果実で
ある「大茴香」が多く利用されるようになり,アニスは衰退しました。ローマ時代には
ギリシャのクレタ島産のものが有名でした。中国名は「遏泥子」,アジア西部からヨー
ロッパ東部原産です。
 
△イノンド
 イノンドはアジア西部から地中海沿岸地方の原産で,高さが1m前後にもなる一年草又
は越年草です。花は黄色,ウイキョウに似ていますがやや小型で,ヒメウイキョウとも
呼ばれます。果実は楕円形で長さ3〜5o,縦に白い筋があり,甘辛い風味があります。
英名は「ディル」で,宥める,和らげると云う意味の古代ノルウェー語に由来します。
果実には鎮静作用があるとされますが,多食すると視力と生殖能力を損なうと云われま
す。和名はスペイン語の「イネルド」が語源とされます。中国名は「蒔蘿」です。

[次へ進む] [バック]