15a 植物の世界「動く植物たち」
 
〈何故夜に葉を閉じるのか〉
 しかし,何の目的があって植物はこんな運動をしているのでしょうか。葉は光合成器
官なのですから,昼間の水平に開いた状態は,必要な光をよく吸収するのに都合が良い
からですと説明出来ます。
 一方,夜になると何故葉を畳み込むかについては,未だ分かっておらず,二つの仮説
があるだけです。一つはダーウィンが『植物の運動力』の中において述べている説で,
「夜,放射冷却によって葉から大気中へ輻射フクシャ熱の逃げるのを防ぐため」としていま
す。これはおよそ80年もの間,唯一の合理的な仮説とされ,広く受け入れられていまし
た。
 20年程前にドイツの植物学者ビューニング(1906〜90)が,もう一つの仮説を出しま
した。植物の中には,一日のうちの暗黒の時間(夜)が一定以上長くならないと花芽カガ
の形成(これによって開花に至る)が起こらない短日植物があります。短日植物におい
ては,暗期に月の光位の明るさでも光が当たりますと,花芽形成が阻害されます。です
から,葉を閉じることによって月光に当たりにくくしているのだとする説です。
 また,暗黒の時間が一定の長さより短くならなければ花芽を形成しない長日植物にお
いては,時期尚早の生殖を防止しているとしたのです。
 何れの仮説が正しいのか,或いは本当はもっと他の意味があるのか,今のところは分
かりません。
 
〈速い開葉運動とその伝達〉
 以上のような一日周期のゆっくりした開葉運動を示す植物のうち,極めて少数のもの
が,同じ葉において極めて速い開葉運動も行うことが知られています。それらは皆,葉
枕を持ち,膨圧運動を行います。即ち葉枕にこの速い運動の仕掛けが隠されているので
す。この運動も何の目的を持って行いのか,分かっていません。観察していますと,ま
るで遊んでいるのではないか,とさえ思えて来ます。
 最も目立つ,速い開葉運動をするものは2種あり,ネムノキ科のオジギソウと,カタ
バミ科のオサバフウロです。前者の方がよく知られていますが,後者もこれに匹敵する
位の運動をします。
 
 オジギソウは羽状ウジョウ複葉の羽片ウヘンの一つの小葉に軽く触れますと,触った小葉と
それと向かい合っている小葉が,それらの基部の葉枕(副葉枕)の処において急激に上
方へ屈曲して,2枚の小葉は閉じた格好になります。多くの場合,このリスポンス(応
答)は1対ツイの小葉に留まらないで,上向き,或いは下向きに葉軸を伝わって,何枚か
の小葉対が次々と閉じて行きます。ときにはその羽片の小葉対全部が閉じることがあり
ます。
 触れただけの場合,リスポンスが伝わるのは触れた羽片だけに留まります。ですが,
小葉を焼くとか,切ったり傷付けたりしますと,リスポンスは遠くまで伝わり,隣り合
っている他の羽片は,付け根から上向きのリスポンスを起こし始め,それと殆ど同時に,
長い葉柄ヨウヘイの基部にある大きな葉枕(主葉枕)もリスポンスをして,葉全体が垂れ下
がります。更に,多くの場合,茎を通って上下の他の葉にまで伝わります。
 
 オサバフウロにおいては,小葉と葉柄のそれぞれの基部に葉枕があります。そして就
眠運動はそこで起こり,暗くなると葉全体がオジギソウとは反対に上方に屈曲し,小葉
は下方に屈曲します。触ったときに起こる速い小葉の屈曲も,オジギソウとは反対の下
向きです。しかしオジギソウと異なり,葉柄の基部の葉枕は速い屈曲を起こしません。
 速い屈曲の伝わり方はどうでしょうか。オサバフウロの小葉に極軽く触れますと,オ
ジギソウと同様にリスポンスを起こし,同様に伝わって行きます。小葉を切ったり,焼
いたりしたときも,オジギソウと同じように,リスポンスが他の葉にまで伝わって行き
ます。
 この場合は刺激した葉のリスポンスが終わってから10〜20秒後に,他の幾つかの葉の
リスポンスが始まり,基部から頂部へ向けて次々に小葉がリスポンスして行きます。リ
スポンスした小葉はゆっくりと元に戻り始めますが,1〜3分後にそれは中断され,小
葉は再び下方に急速に屈曲します。このリスポンスは3〜4回繰り返されます。この繰
り返しは,オジギソウには見られません。
 
〈電気的なリスポンスが先行〉
 このような速いリスポンスにおいては,目に見える屈曲に先行して,電気的なリスポ
ンスが起こります。葉軸や葉柄,或いは茎に適当な電極を置き,増幅器を通して,電圧
の変化を記録するオシログラフに導くことにより,それを知ることが出来ます。軽い接
触,冷水に触れさせるなど植物体に傷付けない刺激においては,動物のそれに比べて振
幅はやや大きく,経過が100倍から1000倍も遅い活動電位が,維管束の柔ジュウ細胞を伝わ
ります。
 心電図や脳波と云う形において知られていますように,細胞膜は電気を発生していま
す。その膜電位つまり電圧が,ある処において急激な変化をしたときに,これを活動電
位と云います。動物においては神経や筋キンにおいてよく観測され,それらの機能に関係
していることが知られています。
 
 これらの植物においては,葉柄或いは葉軸の活動電位によって,葉枕の運動細胞が刺
激され,この運動細胞には別の活動電位が発生します。そうしますと運動細胞は後者の
活動電位が引き金になって,細胞内から外へ急速に細胞液を吐き出して縮みます。動物
の筋細胞が,活動電位が原因になって収縮するのと同じようなメカニズムです。葉枕の
上半分の細胞群が縮みますと,上へ屈曲し,下半分のときは下へ屈曲します。何れか半
分の細胞群が液を吐き出し,柔らかくなりますと,他の半分の細胞群も膨らもうとする
力が解き放されて,このような屈曲が起こります。
 
〈刺激物質が関与〉
 火傷,切り傷を与えたときも活動電位の伝達が起こりますが,同時にそこにおいて刺
激物質が生成され,それが体内の液流に乗ってゆっくりと移動します。この移動は活動
電位とは形の異なる,ゆっくりした電位変動としてオシログラフにおいて見ることが出
来ます。オジギソウにおいてはこれがはっきりしています。
 そして葉柄或いは葉軸においての活動電位は,葉枕の入口において運動を引き起こす
別の活動電位を起こし,ここで消えてしまいますが,刺激物質の移動は,葉枕を越えて
遠くにまで及びます。葉枕を越えた刺激物質は,そこにおいて新たに活動電位を引き起
こし,先へ伝達します。これが遠くまで反応が及ぶ仕掛けです。またオサバフウロにお
いて見られる繰り返しの反応は,傷を受けた処に刺激物質が留まっていて,繰り返し活
動電位が発生するからです。
 
 なお,食虫植物のハエジゴクとムジナモの捕虫葉が極めて速く閉じる運動も,活動電
位の発生が引き金になっています。幾つかの植物に見られる,雄蘂オシベ,雌蘂メシベの目
に見える速さの運動も殆どの場合,運動細胞の活動電位によって誘発されます。このよ
うに植物の速い開閉運動は,活動電位が先行し,それによって引き起こされるのです。
 この速い運動においては,動物の神経における興奮の発生(活動電位の発生)とその
伝達,そして筋細胞における興奮によって引き起こされる収縮と,共通しているところ
があります。更に植物における刺激物質はホルモンの一種と見ることが出来ます。
 異なった方向に進化し,形態,機能,また生活様式に大きな相違がある動物と植物の
間にも,生物の基本単位である細胞の持っている機能には,このように共通のものが見
られるのです。

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