15 植物の世界「動く植物たち」
 
            植物の世界「動く植物たち」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 植物も動きます。勿論生えている場所を移動するのではありません。葉,花弁,雄蘂
オシベ,雌蘂メシベ,茎など,特定の部分の曲がりの角度が変わるのです。とても速く動く
ものもあり,運動が伝わる範囲も様々です。植物は何のために,どんな仕組みで動くの
でしょうか。
 
 植物の運動は決して珍しいものではなく,相当多くの植物において見ることが出来ま
す。しかし,大抵は極めて遅い動きなので,長い時間を要して観察して初めて分かりま
す。例えば,昼と夜とで葉の茎に対する角度が変わったり,或いは小葉ショウヨウの葉軸ヨウジ
クに対する角度が大きく違っていたりすることによって,動いていると気付くのです。
 
〈ダーウィンも研究〉
 植物の動きの研究は,19世紀後半から20世紀初頭にかけて盛んに行われ,中でも際立
っているのは,進化論において有名なチャールズ・ダーウィン(1809〜82)の広範な研
究です。彼は器具らしいものは用いないで,三男のフランシスと一緒に詳細な観察を行
いました。そして亡くなる2年前の1880年,これを600頁程の大冊『植物の運動力』に纏
めました。ダーウィンがこの本の中において記述している植物は300種を超えています。
このように植物の動きは珍しいものではありません。
 実はダーウィンは,これより前の1865年に『よじのぼり植物 − その習性と運動』を
著しており,植物が支柱などに巻き付きながら生長して行くときに見られる茎の回旋運
動に以前から注目していたのです。『植物の運動力』においても,この運動については
詳しく研究し,葉の開閉運動も回旋運動の変形であり,"生長運動"の一種であると考え
ました。
 
〈不均等な生長が起こす運動〉
 植物の伸長生長(長さの伸び)は,植物体のある限られた部位(生長帯)を構成する
細胞群のそれぞれの細胞の長さを伸ばすことによって行われます。その伸びがその部位
の細胞によって均等に起これば,真っ直ぐ伸びますが,不均等であれば,伸びの大きい
側面を凸にして,その器官は屈曲することになります。このような不均等な生長が引き
起こす植物の運動が,生長運動です。そして,伸びの大きい側面が器官の表面の円周を
順次移動しますと,回旋運動となります。また,背と腹の両面において伸びの大きさが
交互に変わりますと,上下運動となります。葉(或いは花弁)の基部においてこのよう
なことが起きますと,葉などが開いたり閉じたりします。植物の運動の大部分がこのよ
うな絡繰カラクリによって起こっています。
 
 この屈曲運動は二つに大別されます。一つは,刺激の方向によって屈曲の方向が決ま
るもので,これを屈性クッセイと呼びます。芽生えのとき,一方だけから光を当てますと,
光源の方に屈曲すると云う光屈性ヒカリクッセイや,芽生えを水平に倒すと,茎は上へ根は下へ
屈曲すると云う重力屈性などがそれです。
 もう一つは,刺激の方向には関係なく,器官の構造によって決まっている固有の方向
に屈曲するもので,これを傾性ケイセイと云います。葉の開閉運動はこれに属しています。
昼と夜とで光量が変わることや,温度が上下することが刺激になって,この運動が起こ
っていることがあり,前者は光傾性ヒカリケイセイ,後者は温度傾性と呼ばれます。ただ,刺激
との関係がはっきりしているものは少ないので,普通は就眠運動と呼ばれます。昼間は
葉身が地面に対して水平近くに保たれているために"目覚めた状態"のように見え,夜間
においては,葉身が地面に対して垂直近くに保たれているため,"眠っている状態"(本
当に眠っている訳ではない)に見えるため,このように呼ばれています。2枚の葉或い
は小葉が対生タイセイしているとき,就眠運動は開閉運動のように見えます。
 また,クロッカスやチューリップの花弁が内外に屈曲して閉じたり開いたりする場合
も,就眠運動と呼ばれるのに相応しい。花弁は開いていても生長を続けていますので,
花弁の内側(向軸コウジク側)が大きく伸びますと花は開き,外側(背軸ハイジク側)が大き
く伸びますと花は閉じます。これらの運動は温度変化が刺激になって起こることが証明
されていますので,温度傾性です。同じ花弁の開閉運動であっても,タンポポの頭花トウカ
のそれは,主として光量の変化が刺激となる光傾性です。
 
〈就眠運動の絡繰カラクリ〉
 ここでは,葉身或いは小葉の就眠運動を主として述べましょう。ダーウィンは『植物
の運動力』の中において,彼自身が観察したもの,及び他の研究者が観察したものも含
めて,葉の就眠運動が見られる植物を属のレベルでリストアップしていますが,合計86
属もあります。これ程,広く見られるものなのです。例えば,身近な植物としてスベリ
ヒユ属,アオイ属,フヨウ属,ワタ属,カタバミ属,ツリフネソウ属,マメ科の多くの
属,マツヨイグサ属,サツマイモ属,タバコ属,オシロイバナ属などがあります。
 これらのうちの殆どの植物は,前述のような生長運動によって起こる就眠運動を行っ
ています。ところが,カタバミ科とマメ科の植物における就眠運動の絡繰は違っていて,
膨圧運動と呼ばれるものです。これはある器官を構成する細胞群のそれぞれの細胞が"可
逆的"な容積変化をすること(生長は"不可逆的"である)によって起こる屈曲です。これ
らの植物の葉又は小葉の基部には,葉枕ヨウチンと呼ばれる少し膨らんだところがあります。
中心には維管束イカンソクが集まって走り,周囲は厚く柔らかな細胞群によって囲まれている
のですが,この部分が屈曲するのです。
 
 植物細胞は細胞壁が弾力を持っているので,水を吸うと大きくなり,水を排出すれば
小さくなります。もし,葉枕の上半分の細胞群が水を吸って大きくなりますと,葉身は
葉枕の処で下方に屈曲して,対生するもう1枚の葉に近づき,眠った状態になります。
反対に昼間の開いた状態は,葉枕の下半分の細胞群が大きくなると起こります。コミヤ
マカタバミ,シロツメクサ,カッシア・プベスケンス,マイハギの就眠運動はこのような
仕組みになりますが,デンジソウにおいては葉枕の上下関係が逆になっています。
 では,運動細胞と呼ばれるこのような細胞は,どのようにして大きくなったり,小さ
くなつたりするのでしょうか。それは細胞膜の性質の変化によると考えられています。
細胞膜にはイオンを運ぶ"ポンプ"があり,このポンプが盛んに働いてイオンを細胞内に
組み入れますと,細胞内イオン濃度が増し,水が入って来て細胞の容積は大きくなりま
す。一方,細胞膜には,イオンが恒常的に漏れ出て行く性質もあり,その程度が大きく
なりますと,細胞内のイオンが少なくなり,釣られて水も外に出て,細胞は小さくなり
ます。このような細胞膜の性質の変化は,周囲の明暗の交代によって制御されていると
思われます。これが葉枕を持った植物の就眠運動の絡繰です。
 
 ところが,生長運動による就眠運動も,膨圧運動によるそれも,その運動の過程全て
が,明暗の交代だけによって制御される訳ではないことが分かっています。24時間周期
の明暗交代によって葉が開閉している植物を,光をずっと当てっ放しにするか,ずっと
暗黒の中に置いても,それでも数日間は開閉し続けるのです。周期も約24時間であり,
正常な場合と変わりません。
 このような,ほぼ一日の周期でリズミカルに繰り返される変動を概日ガイジツ性のリズ
ムと云い,生物のいろいろな性質に見ることが出来ます。例えば,海外旅行における時
差ボケ現象も,この体内の概日性リズムによるものと云われています。植物の葉の開閉
運動(就眠運動)は,運動細胞や屈曲の基になっている生長帯の細胞の性質が,概日性
のリズムに従って変わって行くのが原因の一つであると云うことです。
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