12a 植物の世界「植物による鉱脈探し」
 
〈植物による鉱脈探し〉
 これら特定の金属を吸収する植物が存在することは,換言しますと,植物を頼りに鉱
脈を探すことが可能であることを意味します。
 鉱脈探しの指標植物としては,金や重金属を選択的に吸収して蓄積するヘビノネゴザ
(カナクサ・カナキグサとも)が知られています。鉱山の近く植生において,このシダ植物の優占
化が報告されているからです。
 また,弘法コウボウ大師による開山の謂れのある寺の付近には,水銀の鉱脈が多いとも云
います。当時,水銀が重要な赤色顔料(丹朱タンシュ)の原料であったこと,水銀を独占的
に扱っていた丹生ニウ一族が弘法大師に経済的支援を行っていたことから,弘法大師が地
質のみならず,水銀鉱脈特有の植物に通じていたのではないかと推察されています。因
みに弘法大師は水銀中毒によって亡くなったとも云われています。地質学が発達してい
なかった頃は,鉱脈探しには,植物が唯一の頼りであったかも知れません。
 
 金脈についても,特定の植物が生育しているとか,シロアリの巣を探すと金脈が見付
かるなどと云う伝承があります。また,金脈のあるところには金属の蒸気が立ち上がっ
ているとか,特別な鳥を見掛けるなどとも云われ,とかく金脈探しは人々の夢を掻き立
ててきました。
 しかし,1900年にイギリス人植物学者のラングウィッツが,植物中の金の含有量を測
ることによって土壌中の金鉱脈の指標が得られる可能性を指摘して以来,植物を頼りと
する金脈探しが脚光を浴びるようになりました。これは,ある特定の地域に自生する植
物の金の含有量が高ければ,その近くに金脈が存在する可能性が高いことを意味します。
しかし植物中の金の分析は,その含有量が非常に微量であることから,近代的な分析手
法が発達するまでは殆ど行われて来ませんでした。
 
 金属鉱業事業団においては,1987年から植物を用いた地下探査「植物地化学探査」を
行っています。山中に自生する植物中の成分,特に金を分析することにより,地下の金
脈を探そうと云う試みです。全国各地の鉱脈の候補地において自生植物を採取し,植物
中に含まれる金を始めとする各種微量元素の分析を行っています。
 分析法としては,超微量の金属が測定出来る放射化分析法を用います。原子炉におい
て植物試験試料に中性子を照射する訳ですが,この方法によっては1兆分の1と云う超
微量の金属を測定出来ます。この分析法の感度が高いことは,金の指輪をして試料を作
成するだけで試料中の金の含有量が増加してしまうことで想像出来ると思います。
 植物の採取に当たっては,道なき道を進み,虫や蛇と戦うと云う大変な苦労がありま
す。一旦採取した植物は,現地において洗浄後,テントの中において乾燥させ,粉末に
して分析試料とします。このような試料が,毎年何百と集められ,現在も同事業団によ
って分析されています。
 宮城県細倉ホソクラ鉱山付近の試験調査においては,マンサク,コナラなどの植物に微量
元素の異常値が認められました。金の鉱床が確認されている青森県恐山においてはナナ
カマド,チシマザサが,鹿児島県菱刈ヒシカリ鉱山においてはヤブムラサキ,イヌビワ,ウ
ラジロにおいて金の含有量が高いことが分かりました。鹿児島県,島根県なでにおいて
の調査の結果,特にヤブムラサキが金を多量に集積し,金鉱脈に対する有望な探査植物
であることが分かってきています。
 
 面白いことに,土壌を分析するよりも,植物を分析する方がより広い範囲の地下の様
子が分かるのです。つまり,土壌中の金を分析しますと,金鉱脈から精々200〜300m離れ
た地点において金の含有量は低下してしまいますが,ヤブムラサキ中に蓄積される金の
含有量は,金鉱脈から0.5〜1q以上離れた処においても比較的高い値を示すため,土壌
と比較して,広範囲に金鉱脈の兆候を窺うことが出来るのです。
 
〈環境情報の遺伝子〉
 一般に,金を集積する植物には,1億分の5程の金が含まれます。ヤブムラサキ中の
金の含有量も,この値に匹敵するものです。ではヤブムラサキの何処に,何時,金が蓄
積されるのでしょうか。現在,同事業団においてはこの疑問を解決する研究を進めてい
ます。今のところ,ヤブムラサキの葉に,最も多くの金が集められることが分かってき
ており,更に季節毎の金の濃度変化を調べています。
 植物中の金の濃度の季節変化と,植物の部位別の金濃度については,米国とカナダに
おいても調査が行われています。米国においてはロッジポールマツが,カナダにおいて
はバルサムモミやカワラハンノキなどが用いられています。米国のステンドニック等は,
コロラド州のロイヤル・タイガー鉱脈において2カ月毎にサンプリングをしたところ,
小枝の部分に最も金が蓄積され,9月に含有量が高くなることが分かりました。しかし,
カナダのオンタリオ州ヘムロ鉱山地域においての調査結果においては,バルサムモミ,
カワラハンノキ,ヤマモミジの金の含有量は,何れも春の方が秋より高くなる傾向を示
しました。何れにしても,季節や植物の部位によって,金の含有量は大きく変動するた
め,植物を頼りに金脈を探す試みには,十分な下調べが必要です。
 
 どうしてこれらの植物が金を蓄積するのかは未だよく分かっていませんが,現在,ヤ
ブムラサキを用いて水耕実験が進められており,自然界において最も存在の可能性の高
い,金の化合物であるシアン化金として,根から吸収し,葉に蓄積されることが確かめ
られつつあります。
 植物中に含まれる微量の元素は何れもその植物が生きてきた歴史,特に土壌の状態を
知るための貴重なデータを,私共に提供しているのです。いわば,情報の塊カタマリとも云
える植物中の微量元素,それは生命情報を集積している遺伝子に例えますと,環境情報
の遺伝子と云えるかも知れません。

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