13 植物の世界「植物とウイルス」
 
            植物の世界「植物とウイルス」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 植物には人間と同様,或いはそれ以上に多くの病気があります。身近な植物を注意深
く観察しますと,花や葉,茎,根などが,様々な病気に侵されていることに気付くこと
でしょう。伝染性の病気も多く,その主な原因になるものとして菌類,細菌,ウイルス,
ウイロイドがあり,また微小動物の線虫類,原虫類なども挙げられます。
 植物の生産・栽培には,これらの病原に対する知識が不可欠です。特に最小の病原で
あるウイルスは,農作物,園芸植物,牧草,緑化樹などの有用植物に広く発生し,多大
な被害を及ぼすことで,大きな問題となっています。
 しかし,遺伝子工学の目覚ましい発展は,この"毒"を"薬"に変えることを可能にしつ
つあります。本稿においては,植物ウイルスの正体を探りながら,その応用・利用の面
にも迫ってみましょう。
 
〈ウイルスによる斑入りフイリを珍重〉
 植物のウイルス病の世界最古の記載は,『万葉集』の中にあります。孝謙天皇の「こ
の里は継ぎて霜や置く夏の野にわが見し草は黄葉モミちたりけり」と云う歌で,この「黄
葉」はタバコ葉巻ウイルスによって葉脈黄化症状を生じた,ヒヨドリバナの葉のことだ
と云われています。
 ヨーロッパにおいては,花弁に斑の入ったチューリップの静物画が1576年に描かれて
います。この斑入り花弁は,チューリップモザイクウイルスに感染したことによるもの
ですが,かの有名な18世紀の"チューリップ狂時代"には,その斑入りが非常に珍重され,
投機の対象にまでなりました。そのほかにも,17〜18世紀にはヨーロッパのジャスミン
伝染性斑葉ハンヨウ,ジャガイモ萎縮イシュク,わが国のツバキ伝染性斑入り(斑葉病)などの
ウイルスについての記録があり,ジャガイモについては病気と認識されていたようです
が,それ以外は観賞用に珍重されていたようです。
 
〈植物ウイルスの探索〉
 植物ウイルスは,ウイルス学上においも多くの新知識をもたらしました。ウイルスは
19世紀後半に確立された細菌学に合致しない病原体,つまり細菌濾過ロカ器を通過する,
光学顕微鏡でなければ観察出来ない,人工培地にも分離・培養出来ないものとして,最
初にタバコモザイクウイルス(TMV)が発見されました。1898年オランダの植物学者
マルティヌス・バイエリンクの研究によるもので,これがウイルス発見の始まりです。
 
 ウイルスの正体を探る研究も,植物ウイルスの方において精力的に行われました。当
初ウイルスは,細菌より小さい微生物と推定されていました。しかし,米国の化学者ウ
ェンデル・スタンリーはTMVの研究により,ウイルスは蛋白質であると1935年に報告
しました。更に,TMVはリボヌクレオ核酸(RNA)を含む核蛋白質であることをイギリ
スのボーデン等が1937年に明らかにし,これによって,ウイルスが化学的には核酸と蛋
白質によって構成されていることが分かりました。スタンリーは,これらの研究によっ
て1946年にノーベル化学賞を受けました。
 ウイルスの遺伝情報が核酸に存在することも,1956年にTMVにおいて明らかにされ,
今日のウイルス学の基礎となりました。また,植物ウイルスの探索の過程において,R
NAだけからなり,ウイルスと同様に植物の病原となるウイロイドも,1967年に見出さ
れました。
 
〈ウイルス病による被害〉
 私共は,日常多くの植物ウイルスを食物と共に食べています。しかしヒトも含めて,
植物ウイルスが動物に何らかの影響をもたらした例は知られていません。通常は,有用
植物の収穫減と云う経済的な打撃として私共に影響を与えます。ウイルス病によって壊
滅的被害を受けた植物の例は,国内外共数多くあります。1956年ブラジルにおいてはサ
ワーオレンジがカンキツトリステザウイルス病によって壊滅的打撃を受けました。また,
アメリカ西部においては,カカオスオーレンシュートウイルス病により,1977年までに
1億4200万本のカカオノキが被害を受けたと云われています。
 わが国においても,1950年「練馬ダイコン」のカブモザイクウイルス病,1958年タバ
コのキュウリモザイクウイルス病,1958年スイカのキュウリ緑斑モザイクウイルス病な
ど被害例は多い。これまでにイネ,ムギ,ジャガイモなどの主要作物を含め,ウイルス
病は殆どの有用植物において大きな問題になっています。今日ウイルス病による被害額
は,年間1000億円以上と推定され,その対策に大きな努力が払われています。
 
〈様々な症状〉
 植物のウイルス病の症状は,外見上・肉眼的なものである外部病微と,顕微鏡などに
よって観察して初めて分かる内部病微に大別されます。外部病微は葉,茎,花,種子,
果実,個体全体などで見られ,それらの症状は様々ですが,最も一般的な症状は緑色が
濃淡になるモザイクです。これは私共の身近にある植物においてもよく見られます。な
お,観葉植物などには斑入りのものがありますが,その多くは遺伝によるものです。
 ただ一部のものにおいては,ウイルスに起因する症状を品種の特性としている場合も
あります。ウイルスによるものかどうかは,接木などによって感染するかどうかを調べ
る必要があります。
 
 内部病微は,組織や細胞内において見られる異常です。組織の異常においては,特定
組織の発達不良や壊死エシは,多くのウイルスにおいて見られます。また,腫瘍シュヨウが生
じることもあります。イネ黒条萎縮ウイルスに感染した植物に見られるような,篩部シブ
肥大などがそれです。
 細胞内の異常としては,葉緑体やミトコンドリアなどの細胞内小器官の発達不良,小
型化,変形,異常構造体(これを封入体フウニュウタイと云う)の形成の誘導などが挙げられま
す。これらの内部病微は,ウイルスの種類によって決まっています。
 従って,外部・内部病微を知ることによって,ウイルス病の診断,どのウイルスによ
るものかの推定も出来ます。
 
〈複雑な伝染経路〉
 植物ウイルスの伝染の仕方も多様です。一般的には,
 @感染した植物が次代の繁殖体になる(種子,塊茎,鱗茎,株分け,挿し木),
 A感染した植物との接触(汁液,接ぎ木,茎・葉・根の接触),
 B生物媒介による(菌類,線虫類,節足動物),
などがあります。これらの伝染の仕方は,ウイルスと植物の種類によって千差万別です。
 中でも,節足動物が媒介する植物ウイルスは非常に多く,ダニ,カイガラムシ,コナ
ジラミ,ハムシ,アブラムシ,ヨコバイ,ウンカなどが媒介します。また,イネ萎縮ウ
イルス,イネ縞葉枯シマハガレウイルス,ムギ北地モザイクウイルス,トマト黄化壊疽エソウ
イルスなど,幾つかのウイルスはそれらの媒介昆虫の体内においても増殖します。
 この場合,植物ウイルスであると共に昆虫ウイルスとも云えます。節足動物を含めて,
生物媒介のウイルスにおいては,それらの伝染環を断ち切ることが,植物ウイルスの防
除にためには極めて重要なことです。
 
〈植物ウイルスの分類〉
 植物ウイルスは,現在世界中において700種以上,わが国において220種余が知られて
います。1種の植物に10種以上のウイルスが感染することもあります。また,ウイルス
によっては寄生範囲が極めて広く,例えばキュウリモザイクウイルスは,双子葉・単子
葉植物の50科200種以上に感染します。
 ウイルスの命名と分類は現在,国際ウイルス分類委員会(ICTV)において検討さ
れます。ウイルス名は主に病微(モザイク,萎縮,黄化など病気の症状)において命名
されていますが,一部には,ウイルスの粒子の形状(球状,桿菌カンキン状,紐状など),
ウイルスの見付かった土地の現地語,記号なども用いられます。
 植物ウイルスは従来,性質の似たウイルスをグループ − サブグループ − ウイルス
として分類してきました。ウイルスの分類は,ウイルス粒子の性状,ウイルスの増殖と
複製の仕方,病微,寄生・伝染の仕方,どのように寄主の体内において広がって行くかな
どの生物的症状が主な基準となります。現在,ウイルスの分類は,生物において用いら
れているラテン二命名法に準じて,科 − 属 − 種の様式を導入する方向にあります。
 
 これに対して植物ウイルス学者は,ウイルスは寧ろ無生物的にものであり種の概念が
明確でない,とこれに反対して来ました。しかし今日,分子生物学の進展においてウイ
ルスの変異,進化が分子レベルで明らかになり,またウイルスの種の概念は一般の生物
のそれと異なっても構わない,と云う意見が多くなって来ました。そこで,1993年のI
CTVにおいては,植物ウイルスの分類も10科22属,3サブグループと未定科22属,合
計47群に分類されました。今後,更に整理されるでしょう。
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