12 植物の世界「植物による鉱脈探し」
 
           植物の世界「植物による鉱脈探し」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 ヤブムラサキは,特に葉の部分に金の含有量が多いことから,金鉱脈探しの探査植物
として利用されています。
 
 植物が生きて行くためには,どんな栄養が必要なのでしょうか。
 人間が生きて行くためには,炭水化物,脂肪,ビタミンなどの六大栄養素が必要なよ
うに,植物が育つためには,窒素,リン,カリウムによって代表される三大元素が不可
欠であることが知られています。リンが不足しますと花や果実が着かなくなったり,カ
リウムが不足すると根毛が発達しなくなります。
 では,その他の栄養を植物は必要としないのでしょうか。植物の場合は,動物の場合
とは異なり,与える栄養を水耕栽培によって正確に調節(コントロール)出来るため,どの元
素がどの位の量,生育に必要かが簡単に調べられます。この方法によって調べた結果,
この三大元素以外にも鉄,マグネシウムなど10種類以上の栄養元素がないと植物は育た
ないことが分かりました。
 このような,植物が育つために不可欠な栄養素を「必須元素」と云います。必須元素
と云っても亜鉛,モリブデンなど,土壌中に100万分の1程度が入っていれば良いと云う
微量元素もあります。しかし,幾ら微量だからと云って,これらの元素のうち一つでも
必要量が満たされないと,植物は正常に育たないのです。
 
 植物の生育に必須な微量元素の種類は,動物の場合と殆ど同じですが,硼素ホウソが不可
欠である点が異なります。これは,かつてワイン,ビール,荷重などを原料とする日常
の食品類を調べたところ,全てに硼素が含まれていることが分かったため,硼素が植物
にとって必須な元素であることが発見されたのです。
 硼素は,これらの植物には多く含まれていましたが,不思議なことに,イネなどの単
子葉植物においてはあまり多く含まれていませんでした。硼素の含有量は植物によって
異なり,約50倍もの差があります。必須微量元素も多量にあれば害を及ぼしますが,硼
素を多く含む植物は,硼素が多量にないと正常に生きて行けず,また硼素が必須量以上
に多く存在していても耐えて生育して行ける傾向があります。
 
 このように,植物によって含まれる微量元素や必要な元素の量が異なることは,何を
意味するのでしょうか。それは,とりもなおさず,植物が自分の育ってきた環境の歴史
を体内に記録として留めていることを示しているのです。つまり,植物中の微量元素の
種類や量を測ることにより,植物の進化の歴史や土壌の歴史を推測出来ることを意味し
ます。
 
〈植物と土壌元素〉
 動物は進化の過程において,周囲の環境から如何に切り離され,独立するかを目標に
進化してきましたが,植物にとっては,如何に環境に適応するかが目標でした。植物が
進化して,生活の場を海から陸へと替えたとき,海においては多量のナトリウムに囲ま
れていたのに,陸においては多量の珪素ケイソに囲まれて生活することになりました。
 現在,土壌が荒廃し始めていることから,特に塩類が集積した土壌に育つことが出来
る耐塩性植物を,バイオテクノロジーを駆使して作り出すことが行われています。しか
し,植物は元々海水に接して育っていましたので,耐塩どころか必塩であった筈です。
人間は淡水を用いて農業を営んできたので,元々植物が持っていた性質を切り離す方向
において,植物に接してきたとも云えます。
 
 さて,植物が海から陸に上がり,どのように周囲の珪素を取り込み適応してきたかは,
植物中の珪素含有量を測ることにより推測されます。イネなど珪素の含有量の多い植物
は珪酸植物と呼ばれ,これら珪素を集積する植物の分布が,植物の系統とよく合致する
のです。イネのがっしりした植物体は,珪素が多く含まれていることに因ります。
 土壌を代表する元素は珪素ですが,その他の微量元素,例えばアルミニウム,マンガ
ンなどの元素は,土壌の種類によってその存在量が異なります。自生する植物にとって,
これらの微量元素を進化の過程において取り込まないと生きて行けない状況では,必ず
しもなかったでしょう。周囲の土壌中の微量元素を取り込むかどうかは,それぞれの植
物の自主判断に任されたように思われます。
 
 このように,自主植物を構成している元素は,進化の過程において必要に迫られて取
り込むようになった元素と,周囲の土壌を反映して取り込まれるようになった元素に分
かれると云えるでしょう。つまり,自生する植物中の特定の元素を調べることにより,
生育している土壌の性質・歴史をある程度推測することが可能なのです。粘土質に適応
した植物にはカルシウム濃度が高く,石膏質の砂漠土壌において生きてきた種にはマン
ガン,コバルトなどの濃度が高い。このように植物中の元素を分析することは,人間の
血液分析にように,形態上に現れない種内変異が見られるのです。
 
〈セレンを吸収する植物〉
 自生植物が特定の土壌元素のセレンを吸収して有害植物となることは,古くはマルコ
・ポールの旅行記に書かれています。彼は荷物運搬の動物が,地方によっては有害植物
を食べることにより,蹄ヒヅメが割れてしまうことを発見したのです。
 その後,1856年に米国のマディソン軍医は,家畜が蹄の異変が気になって食欲が落ち,
よろよろと歩くようになったのは,牧草が原因であることを見抜きました。
 そして,1907〜8年に米国ワイオミング州において1万5千頭のヒツジが突然死しまし
た。
 1929年米国農務省などが調査したところ,普通土壌中に微量しか存在しないセレンが,
米国の放牧地の随所に見られました。これらの牧草(ゲンゲ属やクシロリザ属)は土壌
中のセレンを吸収し,それを体内において1000倍近くに濃縮します。そして草丈も5〜
10倍高くなります。しかし,セレンが全く存在しない土壌においては自生することは出
来ないのです。
 
 セレンを含む特定の地域にしか生きることが出来ないこのような植物は,「指標植物
」とも云われます。土壌中に特定の元素が集積していることを,我々に示してくれるか
らです。また,この植物周辺の土壌はセレン濃度が高くなるため,他の植物は生きて行
けません。
 このセレンは化学的性質が硫黄と類似しており,蛋白質を構成する硫黄を含む二つの
アミノ酸中の硫黄が,セレンと置き換わってしまい,激しい中毒症状を引き起こすので
す。セレンを含む植物はニンニクのような厭な臭いを放つものが多く,餌の選り好みの
激しいウマはこれらの牧草を食べません。ウシはウマ程食べ物に拘らないので,中毒死
することがあります。しかし,ヒツジはこのゲンゲ属やクシロリザ属の牧草が大好物で
あったため,探し出して食べたのです。
 
〈他の元素を集める植物〉
 銅については,指標植物として「銅ゴケ」が知られていますが,特に東京池上本門寺
において発見されたホンモンジゴケは,銅を体内に数%も蓄積します。このコケは,た
またま焼失を免れた本門寺境内の銅葺き屋根の軒下の部分に生育していたため見付かっ
たのです。吸収された銅は細胞壁に蓄積され,細胞の中には入り込まないため,植物に
は無害となります。その後,わが国の太平洋側の各寺社において発見されていますが,
日本海側においては未だ発見されていません。
 イスラエルにおいては,藻類ソウルイを用いて海水からウランを選択的に濃縮する研究が
行われています。そのほか,クルミ科植物が超伝導やエレクトロニクスの研究において
用いられる希土キド類元素を,キク科植物がモリブデンを,アカネ科の一種がウランをそ
れぞれ蓄積していることなどが分かっています。
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