06 植物の世界「植物の左と右」
 
            植物の世界「植物の左と右」
 
                      参考:朝日新聞社発行「植物の世界」
 
 植物の体は基本的には円柱状をしており,断面で見ると茎や葉は放射相称或いは左右
相称形で,動物に比べますと左右が相称になることが多い。そのような中において,右,
左が気になるなるものに,フジやアサガオなどの蔓の巻き方,互生葉序ゴセイヨウジョの基礎
螺旋の方向,トモエソウやテイカカズラなどの花の捻れなどがあります。植物の世界に
おいては,この右と左にどんなルールがあるのでしょうか。
 
〈右卷きと左卷きの定義〉
 アサガオを見ますと,蔓は左下から右上に登っていて,これを右卷きと云うことが出
来ます。しかしこれは外側から見た場合で,支柱から見ますと,支柱の周りを蔓は右下
から左上に上がっているので左卷きと云うことになります。ですからこれらを正確に云
いますと,「外側から見ると右卷き」或いは「内側から見ると左卷き」と云うことにな
ります。
 
 本稿(週刊朝日百科『植物の世界』)においては,次に掲げる理由により,アサガオ
の蔓の巻き方と同じ方向のものを右卷きと定義することとします。そして蔓の巻き方以
外においても,これと同じ方向のものを「右」として扱うことにします。
 @観察者の視点:人間が植物を認識するのは,あくまでも「外」から観察して行いま
す。その意味において,外から見た場合の巻き方に基づいて定義するのが妥当です。
 A極性:蔓の巻く方向を根元から先端に見るのか,先端から根元に辿るのかにおいて
は,巻き方は同じですが視点が逆になります。植物は先端に向けて生長して行きますの
で,根元から先端へ時計回りに卷きながら生長して行くのを「右卷き」とします。
 B他の卷きの定義との一致:右卷き,左卷きのあるものにネジがあります。通常のネ
ジ(右ネジと云う)はドライバーを時計回り,つまり右方向に回すと前に進みます。根
元から先端へと極性も植物と一致しますので,右ネジと同じ向きを「右卷き」とすると
理解して下さい。
 この右卷き,左卷きを体得するのに,手を握って親指と人差し指を立てて覚える方法
があります。右手の親指の先が生長する方向として,人差し指を曲げた方向に蔓が巻き
付いていれば右卷き,左手の人差し指を曲げた方向ですと左卷き,と覚えます。アサガ
オの蔓は右卷きなので,蔓の巻いている支柱を実際に握ってみますと,右手と一致しま
す。
 
〈蔓の右卷き,左卷き〉
 通常,蔓植物は右卷きか,左卷きですが,シダ植物のカニクサなど極少数の植物は,
その両方が見られます。またマメ科・ヤマノイモ科・キキョウ科などには,右卷きもの
もと左卷きのものとがあります。
 
△右卷きの主な例:ヤマフジ・ナツフジ・クズ・ツルマメ・アケビ・ミツバアケビ・ム
 ベ・アサガオ・ネナシカズラ・ヒルガオ・マタタビ・キウイフルーツ・アオツヅラフ
 ジ・ハスノハカズラ・スナヅル・ヤマノイモ・ウマノスズクサ・ツルニンジン・クロ
 ヅル・クロキタカズラなど
△左卷きの主な例:フジ・スイカズラ・チョウセンゴミシ・マツブサ・ヘクソカズラ・
 カナムグラ・ホップ・カラハナソウ・ツルリンドウ・バアソブ・オニドコロなど
 
 上記の植物において,身近にある植物に右卷きが圧倒的に多いことに気付きます。
 なお,江戸時中期の貝原益軒著『大和本草ヤマトホンゾウ』の「忍冬スイカズラ」の説明に,「
諸ノカツラ皆右ニマトフ只忍冬ノカツラ左ニマク故ニ左纏藤ト云」とあります。当時も
スイカズラが左卷きと認識されていたことが分かります。
 ところで,どのようにして蔓が他の物に巻き付くのかと云いますと,このような蔓植
物においては,蔓の先端は垂直ではなく,水平に近く曲がっています。植物の茎の先端
の少し下の部分は生長が最も活発なところですが,この部分の断面を見ますと,茎の全
周に亘って同じように生長しているのではありません。普通の植物の茎においては,こ
の活発に生長する部分が,茎の全周を満遍なく移動しながら伸びて行くので,結果とし
て茎は真っ直ぐに伸びるのです。
 ところが蔓植物においては,この生長の速い部分が規則正しく移動して,不均等に生
長するため,茎の先端付近は首を振るように回旋カイセン運動をします。これに,茎の片側
だけの生長が,他方より速くなる側面重力屈性が起きて,茎の外側(になる面)の生長
が促進される結果,他の物に巻き付いて行くことになります。
 この回旋運動と側面重力屈性の起き方が種によって一定である結果,種による巻き方
の一定性がもたらされます。ですから,よく似ているフジとヤマフジの巻き方が逆であ
ることが,種の識別点に挙げられるのです。
 なお,蔓に似た形態に,マメ科やウリ科などの卷き髭があります。卷き髭は茎や葉の
一部が蔓状になったもので,これらにおいては先端が他の物に巻き付いた後,中間付近
を支点にしてその前後が卷き始めるので,結果として中間点を境にそれぞれ逆向きの螺
旋が出来ます。つまり,卷き髭では右卷き,左卷きが何時もセットになっています。出
来上がった螺旋は丁度スプリングの役目を果たし,植物体を支持することになります。
 
〈葉序の右と左〉
 葉が1節に1枚ずつ付く互生葉序においては,葉の付いている位置を順次結んで行き
ますと,それが茎を回る螺旋になります。ある葉から次の葉を結ぶのに左右両方から回
れますが,葉序の定義においては,180度より小さい(近い)方を採ることにし,この回
った角度を開度と云う言い方で表現します。この180度より小さい方を順次結んで出来る
螺旋を基礎螺旋と云いますが,その方向を見ますと,同じ植物ても様々な葉序があるの
と同時に,ほぼ半分ずつ,左右両方向の基礎螺旋があることが分かります。葉序は規則
正しい数列に表現されますが,蔓の巻き方の左右と異なって,この基礎螺旋の方向と云
うのは人間が認識しただけのものであって,植物体の内部構造を調べても,このような
螺旋が存在している訳ではありません。
 ラン科のネジバナは,花序カジョが螺旋状に捻れているのでこの名がありますが,花序
自体は葉序の一つの変形と見なせます。従ってネジバナにおいても,左右両方向に捻れ
たものがほぼ同数位見付かります。
 
〈茎の捻れ〉
 ツツジ科のネジキは,幹が屡々捻ネジれているのでこの名がありますが,その捻れの方
向は常に右です。ネジキに限らず,よく見ますと茎が捻れた植物は,スギやカラマツな
ど結構目に付きます。これは形成層の細胞が斜めに位置している結果で,形成層の内側
にある木材も捻れています。屡々数年毎に捻れの方向が複雑に変わり,そのため板材や
柱材に加工するのが難しく,また割れたり狂ったりしやすいので,これが木材としての
欠点となります。これは交錯木理コウサクモクリと呼ばれる性質で,品種や系統によって起きや
すいものとそうでないものがあることから,遺伝的なものが関与していることが分かり
ます。
 
〈花の捻れ〉
 アサガオの蕾ツボミは,綺麗に左向きに卷いています。このように蕾が螺旋状に卷いて
いるものは多くはありませんが,殆ど種によってその向きが決まっています。しかし,
バラの園芸品種の中には,蕾のときに綺麗に花弁が卷いているものがありますが,同じ
品種においても左右両方の卷きがあります。
 一方,ラン科の花の多くは,蕾のときには軸側を向いていたのが,開花時には花軸が
ほぼ180度捻れて外側を向くようになります。この捻れ方は,シンビジウムの例では,1
本の花茎カケイの花でも左右それぞれの方向に捻れていることから,開花時の花軸の傾きと
花の位置によってどちらかになることが分かります。
 これらの捻れとは異なって,オトギリソウ科のトモエソウやキョウチクトウ科のテイ
カカズラなどのように,開いた花を見ますと花弁が左右非相称なものや,アオイ科のよ
うに花弁が回旋状になっているものでは,花を右卷き,左卷きと云うことが出来ます。
これらの花の巻き方は遺伝的に決まっているのでしょうか。アサガオは常に左卷き,リ
ンドウは常に右卷きでこのように種によって右か左に決まっているものと,アオイ科,
カタバミ科,オトギリソウ科のように左右両方が丁度半々ずつあるものがある,との報
告もあります。
 一方,トモエソウのように,花自体が茎に対して捻れているものもあります。この種
類においては,観察した限りにおいては左卷きのようですが,これが遺伝的に決定され
ているのかどうかは不明確です。
 
 イネ科には,普通の植物の葉の裏面である方が表面に出ているので,ウラハグサと呼
ばれる植物があります。これは葉が捻れたもので,同様な例にヒガンバナ科のスイセン
の仲間があります。
 ウラハグサやカモジグサなどのイネ科の葉では1節毎に左右が逆になり,スイセンや
ユリズイセンは全て左卷きであるとの報告もあります。
 左右非相称な葉は,シュウカイドウ科のベゴニアの仲間,イラクサ科のウワバミソウ,
クワ科イチジク属の樹木などに見られます。これらにおいては,中央脈を挟んで片側が
大きくなりますが,1節毎に反対側が大きくなるのが普通で,結果として枝全体として
は同じ側に大きい部分が常にあることになります。
 
 また,ビャクダン科のツクバネ,スイカズラ科のツクバネウツギ,フタバガキ科,カ
エデ科などにおいては,羽を持つ果実が落下するときにくるくる回りますが,これの向
きが種や系統などによって一定なのか,或いは左右半々なのか,も興味ある問題です。
 
〈仕組みの解明へ〉
 このように,植物においては一見左右性が目立ちませんが,よく見ていますといろい
なところにそれが現れていることが分かります。しかしその大部分は現象として知られ
ているだけで,その現象の把握すら十分ではなく,その仕組みにまでにはなかなか迫れ
ません。最近の遺伝子操作技術の発展や,花形成遺伝子の解明などから,これが解き明
かされる日も,遠い未来のことではなくなってきているように思えます。

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